第48話 神の性質

 私の頭に黒に金の縁取りの綺麗な本が思い浮かぶ。テオとリックの反応は正反対だった。

 リックは嬉しそうでテオは苦しそうだ。

「父上は書物に書かれたことをしてただけってことだろう。父上に罪はないし、魔物災害のことももう起こさないと了承してくれた」

 明るい声のリックが私とテオの浮かない表情に気づく。

「何か問題なのか?」

 私はボソリと私の頭にある言葉を口にする。

「神の掌の上」

 テオの血の気が引いていく。リックは訳のわからないことを言っているという顔をする。

 私はリックと向き合った。

「あの書物は何代も前から受け継がれてきたものだよね?だとすれば、何百年も前からこの時代に私が生まれてくるって分かっていたということでしょう?」

「ん?」

 リックが「何?」って言う顔をして小首を傾げる。私は大きな体をして、可愛らしい仕草だなと思いながら、もう少し丁寧に説明する。

「リック、私は転生者だよね?私はこの世界に送られてきた人間なんだよ、神に。神は私をこの時代に送り出した。でも、王は知っていたと言うこと。私がハリーと母さんの間に生まれることを。だから、王は禁忌と言われる近親相姦を見逃していたの。知っていたから、私が生まれることを」

「王が直接神と話をしたわけではないことは、気配とあの書物でよくわかる。つまり、過去の王が神と何らかの方法でコンタクトをとりあの書物を書いたと言うことだ。王もまた神の使いっていうことだ」

 テオが私の言葉に補足する。

「すごいじゃないか!やっぱり王はすごいし、父上は悪人ではなかった!」

 リックは王が悪人ではなかったことを喜ぶ気持ちが強すぎて、ことの深刻さを分かろうとはしてくれない。

 テオが大きなため息を吐く。

「王が悪人でなかったことは、まぁそうなんだよ。けどね、何が問題か分かってる?神が魔物災害を黙認していたと言うことだ。始まりは私欲だったとしても神がこの世界に介入することができるなら魔物災害だってもっと早くやめさせることもできたはずなんだよ。それを神はしなかったし、魔物災害でフィラの母親を襲わせる指示さえ出してる。多くの人が巻き込まれることは分かっているのに……」

 テオの言葉にやっとリックがことの重大さに顔を青ざめる。

「え?じゃあ、神は何がしたいんだ?我々人類を救ってくれるのではないのか?」

 小さな声だった。

 私はお腹に力を入れて声を出す。

「神は気まぐれだって言ってたよ、ロビンが」

 思った以上に大きな声が自分の口から出て、自分でもびっくりする。私の言葉にテオが頭を抱えた。

「ロビンと話がしたい」

 ボソリとリックが声を出す。テオが言い出すと思ったセリフをリックが言葉にする。不思議だ。

 テオが頭をあげ、頷きながら「そうだな」と小さく呟く。

 二人が私を見る。

「私も自由にロビンと会えるわけじゃないの。ただ、いつもタイミングよく現れるから、今日もきっと来てくれるって信じてたんだけど……来ないね」

 私は広間の窓に目をやる。そんなに都合よくロビンが現れるわけがないのに。

 

「みんな揃ってるんだね」

 突然ロビンの可愛い声が聞こえてきた。

 え?と思っていると私たちが囲む机の下からロビンが顔を出す。

 私も、テオもリックも目を見開いた。

ー都合よく来てくれた!やっぱりロビンも神の一人で、なんでも見えてなんでも聞こえるのかな。

「都合良すぎない?」

 テオが真顔でロビンを見る。ロビンがキトの姿のまま、笑った。キトの姿なのに笑ったのが分かった。それくらいハッキリと笑った。

「私は魔王だから、都合よくできてるんだよ」

 笑いながらロビンが勝手なことを言う。

「でも、魔王は神ではないのでしょう」

 テオの問いにロビンは「そうだよ神じゃない」と真剣に頷いた。

「神じゃないけど、見ることはできるし、こうやって特定の人間とはコミュニケーションが取れるんだ。誰でも私と話ができると思ったら大間違いだよ。君たちと騎士団の二人くらいだね。王とは無理かな。彼らは神と直接繋がってるから」

 聞き捨てならないことを今サラッとロビンが口にした。

 私とテオは顔を見合わせる。リックは口も手も挟まず、ジッと私たちのやりとりを聞いている。

「今、王は神と直接繋がっているって言った?」

 ロビンは頷く。

「王は神よりの人間なんだ。神に逆らえない。逆らおうとすると大きな禍がもたらされて思い知ることになる、神は絶対なのだと」

「王は神の僕ってこと?神に逆らえない?」

「そう、神に逆らえない。まぁ、私もそうなのだけどね」

「え?ロビンも神に逆らえないの?」

 私がロビンを抱き上げ顔を近づけて問いかける。ロビンは澄ました顔をして頷いた。

「と、言っても、私はそれほど制約がないのだけどね」

 ロビンが可愛い声でコロコロと笑った。

 テオの硬い声が広場に響いた。

「神は……、神は人類を幸せにするものではないの?」

 テオの顔が苦痛に歪んでいた。

「神は……、神は一体何?」

 テオの声は最後掠れて聞き取るのがやっとだ。顔が真っ白になっている。

「神は、何もしてくれない。神は救いにはならないんだよ、テオバルト」

「神は人で遊んでいるのか?」

 リックが割って入る。聞きようによっては酷い言葉だ。

「神には倫理観は存在しないし、時間の観念もない。つまり、800年前も今も同時に存在してるんだ。800年後もね。そして、生と死の概念も薄い。人は輪廻転生しているから、生を終えるのは服を脱ぐのと同じような感覚かな。だから、特に人が死ぬことを厭わない。人にとって良いと思うことが神にとって良いとは限らないし、神にとって悪は存在しないんだ。いや、一つだけ、自分の思い通りにならないことが悪かな?神も一人じゃないからね、一柱ひとばしらの神の意向ともう一柱ひとばしらの神の意向が食い違う時、人を使って争わせたりもする」

 私はロビンの話に寒気がした。その神の意向を汲んだ人間が王なのだ。王を殺すことも厭わないのだろう。

 神のいう輪廻転生は魂のことだ。私たちの自我は残らない。それはやはり死で、服を脱ぐのとは違う。私は頭を抱えたくなる。でも、頭を抱えてる暇はない。

「魔王は?ロビン、あなたはどんな存在なの?」

 ロビンの体がビクンと揺れた。私の問いに、リックとテオもロビンを見つめる。

「私は人間に近いんだ。人の倫理観を持ち合わせているし、死があるからね。それに記憶は鮮明に残っているけれど、時の概念もある。死もあるしね」

「ロビン、魔王の君の魂も人と同じように輪廻転生するのかな?」

 テオの声だった。

「フィラが次の魔王になるかもしれないんだろ?それって大事なことだな。フィラの魂も輪廻転生するのか」

 リックが付け加える。

 二人の真剣な顔にびっくりする。私は自分の自我がなくなればそれでもう終わりだと考えていたのに、二人は輪廻転生を信じ、魂の再会を求めていると言うことなのだろう。

 ロビンが顔を歪めた。キトの顔はこんなに表情豊かになるのだ。

「輪廻転生しない。私の魂はこの生で消滅する。多分、ギプソフィラも魔王になれば同じだろうと思う」

 私自身は別段、何も感じない。私ではない誰かの自我を持ち、魂が同じだから同じ人間だと言われても、納得はいかないから。

 でも、今この場にいる私以外の人間は大きな痛手を負っているようだ。みんなの顔が厳しい表情をしている。

「フィラが魔王になることは決まっているのか?」

 リックの硬い声がロビンに問う。ロビンは首を縦に振った。

「選べるって言ってなかったか?」

 ロビンの答えにリックの顔が険しくなる。

「私が魔王の交代をしなければ魔王は不在となる。それだけだ。嫌なら、ならなくていいと思うんだ。これは神の意思ではなく、私の意思だ。ギプソフィラの犠牲の上に成り立つ世界は滅んでもいいとさえ思っている。私も倫理観のない神と似たようなものだよ」

 ロビンの優しい声が物騒な言葉を紡ぐ。

 テオとリックの目が見開き驚きを示していた。

「フィラは?フィラはどうしたい?」

 テオの柔らかな声。ロビンの話を聞いて少し冷静さを取り戻したようだ。

「私は嫌よ。この世界がなくなるの。この世界に生まれて、愛されることも愛することも教えてもらったし、友達もできた」

 そう言って、二人を見る。そう、初めての友達。血ではない繋がり。恋でもない関係。こんな関係を築くことができた。この世界は私にとって大切な宝物だ。

「だからね、私はもう魔王になる事は決心してるの。私は輪廻転生になんて興味がない。今のこの生を精一杯生きれれば魂が消滅したって構わないわ」

 ロビンの顔が悲しそうに歪む。リックとテオも一瞬悲しい顔をした。けれど、二人は知っているからだろう。私が決めたことは必ず実行することを。二人の顔はすぐに笑顔になり、私の肩を叩いた。

「「フィラが決めたなら、応援するよ」」

 二人の声が揃う。私たちは笑った。ロビンはそんな私たちを優しい瞳で見ていた。

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