第47話 テオの秘密

 テオの部屋の前、私はなぜか突っ立ったままでいる。

 何度かノックはした。なんの反応もない。でも中に気配はあるのだ。分かってはいる。結界が貼られている。しかも、結構強力な結界がはってある。こんな結界をこの部屋に貼る理由ってなんだ?わからないけれど、中にテオがいるのに、せっかくやる気になっているのに、このまま自室に帰る気がしなくて突っ立ったままなのだ。

 窓の外はもうどっぷりと暗い。廊下にかかる小さなランプがこの廊下の灯りだ。王族の住む塔には特殊な石が使われていて、月明かりだけでも十分に室内が見えるのだけど、勇者塔の石は普通の石で、月明かりだけでは灯りが心許ない。だから、魔石を仕込んだランプが数十メートルおきにぶら下げてあった。

 廊下の暗がりから人がやってくるのが見える。シルエットでリックだと分かった。大きな体だけど、引き締まっていて、マッケンローとは少し違っていた。

 リックもこちらに気づく。

「フィラ?こんな時間にテオに用があるのか?」

 リックの怪訝な顔。そんなに遅い時間ではないはずなのに、なぜだろう。

「そんなに遅い時間じゃないでしょ?さっきからノックしてるけど全然反応がないの」

 リックが「あー」と声をあげながら上を見上げる。

「フィラがさぁ、こんな時間からこっちにくることないだろ。だkらびっくりしたし、テオもこんな時間にフィラが来ると思ってないからさぁ、きっと女の子だと思うんだよね。時々連れ込んでるから」

ーえ?初耳だけど?女の子?

「いつも同じ女性だから恋人なんだと思うんだけど、恋人か聞くと違うっていうんだよな」

 そう小さく呟いて、リックは大声を張り上げ、力強い力でノックをする。私にはドアが壊れそうに見えたけれど、リックは気にせず、思いっきりドアを叩く。

「テオ!テオバルト!フィラがきてる。出てこいよ」

 リックは何度かドアを叩き、同じ言葉を3度繰り返した。

「多分、聞こえたはずだから」

 続けてリックがいう前にテオの部屋のドアが開いた。中から華奢な女性が出てくる。ふわふわしたピンクの髪と黄色の瞳をした小さな顔の女性は小さく私たち二人に頭を下げて廊下を駆けていった。ベージュのワンピースを着ていたから、きっと下町の人間なのだろう。

 テオがその後にムスッとした顔をして出てくる。

「ちゃんと連絡してからきて欲しいんだけどなぁ」

 珍しく不機嫌な顔を見て、大切な時間を邪魔してしまったのだと気づく。

「ごめんなさい。でもどうしても昨日のことで話がしたくて」

 私はテオに頭をさげ、今度はリックにも見上げる。

「リックも一緒にいい?」

 リックはすぐに頷き、テオはため息を吐きながら「じゃあ、上の広場で話をしよう」と言った。

「でも、僕まだご飯食べてないから、なんか食べたいんだよね」

 私のお腹からぐーと大きな音がなる。ザックのところからすぐにここにきたから、私も何も食べてない。

 二人が私のお腹の音に吹き出した。

「珍しいね、フィラがお腹で返事するなんて」

「フィラ、まだ何も食べてないのか?」

 私はお腹は空いているのに、その笑い声に心が満たされるのを感じた。

「そうなの、まだ食べてないから、リックも一緒に食べながら話をしよう。私、ちょっとリリーにサンドウィッチ作ってもらうようにお願いしてくるね」

 そう言って私は四階に繋がる階段に向かって駆け出した。


 私たち三人はいつもの広間のいつもの椅子に腰を下ろしている。今回は誰にも聞かれてはならない話だから、しっかりと結界を張る。机の上にはサンドウィッチとハーブティーが置かれていた。

 私は先に手を合わせ「いただきます」と小さく呟きサンドウィッチを口に入れる。テオはそんな私を見てから、自分も同じように手を合わせサンドウィッチを食べ始めた。

「昨日はしてなかったな、それ」

 リックがスッと手を伸ばしてサンドウィッチを取りながら私たち二人に言った。

ー昨日は二人とも緊張してたからなぁ。

 テオがリックの言葉にため息をつく。ため息をついた瞬間に左手で口を押さえた。

「昨日、あれからため息が止まらないんだよ。本当にびっくりしたし、なんか昨日のあれは衝撃すぎたよ」

 テオは手に持っていたサンドウィッチを一気に口に押し込めた。

 私は口に入っていたものを飲み込んで言葉を発する。

「分かる。私も夕方まで布団から出れなくて、初めて許可も取らずに騎士団のところまで行っちゃったよ」

 私は笑い話のように言ったのに、二人は笑いもせず、目を見開いて驚いていた。

 リックは目を見開いたまま頭を下げる。黒い髪のつむじが見えた。テオはゆっくりと目を細め、私の頭に手をおいて撫でる。

「良かったね、フィラ。ザックに会って元気になって僕のところに来たんでしょう」

 私は軽く頷く。

「うん、本当に良かったよ。心を元気にしてくれる人ができたっていうのは本当に素晴らしいことだよ」

 テオの優しい瞳が私の心の変化を喜んでくれていることを教えてくれていた。私もなんだか優しい気持ちになる。自然に笑顔になった。

 頭に「神の掌の上」という言葉が浮かぶ。

 私は笑顔のまま固まる。

 私の変化にテオもリックも気付いた。

「どうした?」

 リックの声。

 私は二人を見る。二人とも心配そうにこちらを向いていた。

「ねぇ、二人はあの本のことどう思った?」

 真剣な私の態度に二人も態度を改める。

 私は二人の答えを待った。

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