第46話 ザックが癒し

 窓から入る強い太陽の光に、私は目を瞬かせた。そして、大きく伸びをする。ベッドの頭側にある壁に手が触れる。

 横に寝ていたはずのロビンを探すと、もう彼はいなかった。

ー夢だったのかな?

 私はボーとした頭で昨日のことを思い出す。

 王との対峙。

 明かされた真実。

 王も運命に翻弄されていた。

 

 私はボーと時間を過ごす。旅から帰ってきて初めてだ。もしかするとこんな風に布団にくるまってボーとするのは人生で初めてかもしれない。

 何かを考えようとすると昨日のことが頭を支配する。

 今は何も考えたくない。


 何時間そうしていただろうか。すでに太陽は天の頂点を超えて西に傾いている。時々リリーが様子を見にくるけれど、何も言わないし、何もしない。そっと私を見て去っていく。私はそれが心地いい。

 そっとしておいて欲しい時にそっとしてくれる。でも決して離れてはいかない彼女の思いやりに心が少しだけ軽くなる。


 結局その日は太陽が西に沈み始めるまで、布団にくるまり過ごした。何も考えない。でも、寝ているわけでもない。それなのに、その日は時間があっという間に過ぎていった。

ー普通、何もしない日なんて時間がすごくあるイメージだけど、私の時間はメチャクチャ早く過ぎて行くんだなぁ。

 夕焼けが部屋を赤く染めた時、私はやっと起き上がった。

 ベッドの上で伸びをする。

 何も為さなかった一日が終わる。私はザックに無性に会いたくなる。私は自分で支度をして、騎士団の施設に向かった。

 ザックがそこにいるかどうかはわからない。

 でも、もしかしたらいるかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

ーザックに会いたい。

 私の空っぽだった頭にザックへの想いが押し寄せてくる。

 この想いももしかしたら神の手のひらの上なのかと思うと反吐が出そうになる。それでも、会いたいくて仕方ない。

 私は足を早めた。貴族令嬢は走っては礼儀に背く。でも、私は勇者だ。心の中で走る自分に言い訳をする。いつだって、勇者であるということが免罪符だった。それも全部仕組まれたこと。

 私の目から勝手に涙が流れてくる。走りながら、泣いていた。

 

 騎士団の施設に着く。入り口に門番が二人立っていたけれど、私は無視して入ろうとした。

 スッと何かが扉の前に現れ、私は通れない。ぶつかったのは門番のうちの一人だった。

「勇者ギプソフィラ様、勇者様であろうとも、こちらの門は許可証がないと通れません」

 私よりも二回りほど大きな体をした騎士が体に似合わず高めの声で警告する。もう、当たりは暗くなっていた。門の上にぶら下がる灯りの受けて、屈強そうな騎士の顔は怒っているようにも見えた。

 もう一人いたはずの門番はなぜか消えていた。

 私はその屈強そうな男と対峙する。彼は鎧兜の間から銀色の瞳をこちらに向けていた。珍しい色の瞳だった。

 優秀な門番である。勇者であろうと決りを守らないものは門を通さないという。彼は決して権威に屈したりしないのだろう。

「ごめんなさい。どうしても氣志團長とお会いしたくて、急いでいたから許可証は発行してもらってないのだけど、今、氣志團長とお会いするにはどうしたらいい?」

 私は早口でその騎士に捲し立てた。きっと余裕のない顔をしていることだろう。許可証の発行には数日かかる。今、会いたいのにそんなに待っていられないし、それならザックの邸でザックの帰りを待っていた方が会える確率は高い。

 その銀色の瞳の彼は、一瞬困った瞳をした。けれど、体をどかす気はないようだ。

 門の奥が俄に騒がしくなる。

「団長、早くお願いします」

 その声には聞き覚えがあった。でもそんなことはどうでもいい。

 奥からザックが顔を出したからだ。ザックは驚いた顔をして、そして、ゆっくりと顔の筋肉を緩める。優しい顔のザックがそこに立っている。

 私はなぜか、涙がブワッと湧き上がる。

 私の道を塞いでいた門番を振り切って、ザックに駆け寄った。私の顔を見て、涙に気づいたザックが私を抱きしめたくれた。

 私はザックの胸の中で安心感を覚える。頭を撫でられながら、ザックの怖い声が飛んで行くの聞く。

「フィラを泣かせたのはお前か」

 私はその飛んでいった声の方に首を捻る。銀色の目を恐怖に染めている門番が立っている。私は彼が可哀想になる。きちんと自分の仕事をしただけの人間なのに、どちらかというと優秀な人なのに、私の涙のせいで怒られている。

ーザックの方が職権濫用だ。

 私は泣きながら、笑って「その人は悪くないよ」とザックに囁いた。ザックはすぐに彼に謝罪する。私はもう一度門番を見た。彼の瞳に恐怖の色はない。私も胸をなでおろす。

「なんで私がきたって分かったの?なんでここにきてくれたの?」

 私の質問に、ザックがもう一人の門番を指差した。

「ステッド・ナリスが走ってきて教えてくれたんだ」

 私はザックの指の先を見る。聞き覚えのある声はキーリオで出会った騎士団に入りたてのステッド・ナリスの声だったようだ。私が尋常じゃない様子で駆けてきたからすぐに騎士団長を呼びに行ってくれたようだ。

「ステッド、ありがとう」

 私はザックの腕の中で首だけひねってお礼を述べる。ステッドはきちんとした礼ではなかったのに満足気に頷いた。

 私はザックの体に手を回し、両手でぎゅーとザックを抱きしめた。ザックは執務の最中だったようで鎧は着ていない。暖かいザックの体温が伝わってくる。

 私はその温もりに心がほっこりとする。そのままザックの胸に顔を埋めてザックの香りを嗅ぐ。

ーいい匂い。

 私がザックを堪能していたら、ザックの困った声が聞こえてきた。

「フィラ、ここはとても目立つ。奥の部屋に行かないか?」

 私は首を振った。

 ザックにあってぎゅーっとしたら満足してしまった。勇者塔に帰って、テオとリックと今後のことを話したい。

「ザック、ありがとう。これで元気出たから、もう帰る」

 私は周囲をぐるりと見回した。そこかしらから騎士たちがこちらをチラチラと見ている。思いの他たくさんの人がいた。有象無象の騎士たちは放っておいて、私は銀色の目をした門番に目をやった。そして、そっとザックの耳元に唇を近づける。

「彼は優秀な騎士だよ。権力に屈しない。守るべきものを何者からも守ろうとする意志を感じるよ。だから、怒らないであげてね」

 ザックが複雑な顔をして頷いた。私は首を傾げる。

 ザックが察して小さな声で耳打ちする。

「部下が褒められるのは嬉しいけれど、フィラが他の男を褒めるのはちょっと気に入らない」

 私はやきもちを焼いているザックに頬が熱くなる。

ーあぁ、ザックが可愛い。

 私はもう一度ザックを抱きしめて、踵を返した。

 ザックが去る私を見ていてくれる。

 神のこと、魔王のこと、王とハリーのこと。考えなければならないことが押し寄せてくる。でも、なんだかどうとでもなる気がしてきた。何も考えたくなくてボーとして過ごした昼間が嘘のように思考が働き始める。

 勇者塔に帰る途中、今日何も食べてないことを思い出す。

 思い出すとお腹がなった。

ーさぁ、帰って、腹ごしらえをしたら、テオとリックと話をするぞ!

 私は拳を握り、頭上に突き上げ、気合を入れた。

 

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