第45話 夢の中で
王との会食を終え、自室に戻る。部屋の前にはリリーが立っていた。
「お手伝いさせた下さい」
もう月は空の頂点を越え西の空に落ちていっている。
王との会食ははっきり言って、とても疲れた。だから、リリーの申し出はとても有難い。王との会食では頭の中にいきなり多くの知識が入り込んだ。あの書物は大きな爆弾だった。
この塔に帰ってくるまでの間、テオも何も喋らなかった。多分、何も喋れなかったのだ。自分の中で消化しきれない情報の山。言葉にはならない感情。テオはきっと私と同じことを考えているはずだ。彼にとっては私よりもずっと苦しい思いをしているのかもしれない。
神を疑うのだから。
今まで信じてきた神、私は最初からそれほど思い入れはなかったけれど、テオは違う。テオは神を信じ、神から使命を与えられてきたと得意げに話をしてくれた。
ーちょっと待って、テオはもしかしたら、それが正しいことだと思う?あの本の存在を善とするかもしれない?
私は自分の考えに恐怖を覚えた。自分の人生が決められたもので、自分の意思でさえ神の掌の上だなんてそんなの私には納得いかない。けれど、テオはそれが良いことのなのだと思うかもしれないのだ。
湯船に浸かった自分の体がブルっと震える。
「フィラ様、温度をお上げいたしましょうか?」
リリーの申し出は頭を横に振って断る。
フと蘇ってくるロビンの可愛い声。
「この世界があるかぎり、神の気まぐれは続く」ロビンはそう言ったのだ。そして、「神の箱庭は他にもある」とも言っていた。つまり、人間は神のおもちゃにされているってことではないのか。
ーこの魔物災害も何代か前の王を私欲に走らせたのも神の意思ってこと?
あまりのことにまた身震いがする。
リリーが私のところに駆け寄ってくる。
「本日は大変お疲れのご様子です。もう上がってベッドに横になってくださいませ」
私を浴槽から上がらせ、大きなタオルで全身を包む。私はされるがままに寝巻きを着て、ベッドに横になった。
もう何も考えたくない。
私は目を瞑った。
その日、久しぶりに転生前の夢を見た。
かおるがいた。私が死んだ後、かおるは父と母を捨て家をでた。可愛かったかおるは頼もしく成長していた。でも、彼はずっと悲しそうな目をしていた。
私は夢の中で、かおるにお姉ちゃんは死んでも生まれ変わって幸せに暮らしてるんだと頭の上から伝え続けた。
夢だとわかっている。事実がどうかは分からない。夢であっても私が死んでしまったことで弟が苦しんでいるのは嫌だった。
目を覚ます直前、ずっと上から見ていた弟と目が合った。
黒い目、悲しみがその黒い奥の奥に見えているようだった。
「姉ちゃん、幸せか?」
私は夢の中で頷いた。その瞬間、かおるが猫に、真っ白い猫になった。
ーえ?
疑問が浮かんだ瞬間に目が覚めた。
目が覚めた瞬間にその夢の記憶は霧散した。
私は小さな声で「かおる」と呼びかける。どんな夢を見ていたのか忘れているのに、そこにかおるがいたことだけは覚えていた。
背中が暖かい。私は寝返りをうって背中を確認するとロビンが静かに丸まっていた。私と目があう。
ーえ?
既視感を覚える。
ーさっきもこの目を見た。夢の中にいたのはかおるだけど、この目をしてた。そんな気がする。
私はロビンを引き寄せる。思わず「かおる」と呼びかけていた。
ロビンは何も返事をしない。声を発することなく私にされるがまま。私は今度は「ロビン」と呼びながら白いキトを抱き寄せる。彼は私の頬に小さな自分の頬をよせ押し付ける。
私は少しの安堵を覚えて、もう一度目を瞑る。太陽は東の空の端からこの世界全体を照らしていたけれど、私はもう一度眠った。
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