第44話 秘密の書物

「ねぇ、王様、今度はハリーも合わせて四人で話をすることは出来ないかな?」

 私の提案にテオもリックも驚く。

「父上、それはいいことです。兄上も一緒にこのことを話ましょう」

 リックが嬉々として同意した。

「リック、そんなに興奮して……。ただ、まぁ今の実行者がヘンリー殿下なら、ヘンリー殿下とも話をした方がいいだろうね」

 テオも納得の顔をする。ただ、王だけが渋い顔をした。

「アレは公私混同も甚だしい。それでも、しっかり公務を行おうと頑張っているが、私は王の仕事をアレに託すことに不安がある」

 私たち三人は目を剥いた。そんな話聞いたこともないし、そんなことを私たちに聞かせていいのだろうか?

「突然こんなことを……。すまないね。この不安はダニーしか知らない。君たちは魔王にもあっているし、このことを外に漏らすとも思えない。これからハリーも交えて話をするなら知っておいてもらった方がいいだろう」

 そう言ってチラッとアドラム公爵を見る。

「ねぇ、そんなに不安なのにどうしてハリーを野放しにしてるの?どうしてハリーと母さんのこと見過ごしたの?分かってたんじゃないの?私は今の生を大切に思ってるけど、母にとってはそれは幸せだったのかな?王様は気づいてたよね?母とハリーのこと。なんで?その上、母さんを魔物災害に巻き込んだの。大勢の町の人と一緒に」

 王は厳しい顔をしている。何となく分かってきた。これは心を閉ざしている時の顔なのだ。この人は弱い。心の弱い人なのだ。王という役割に逃げて、自分の心と向き合うことをやめている。

 私と王のやり取りを隣でテオとリックが見守る。きっと結界の外からアドラム公爵がこちらを心配そうに見ていることだろう。

 王は宙をしばらく見つめた。そして、私の方を向く。初めて真っ直ぐに見られたように思う。

「瞳は本当にフローラルティアにそっくりだな」

 愛しむような顔。父親の顔になる。

「これは極秘中の極秘だ」

 怖い顔をしたまま、自分の腰に下げた収納バックから一冊の本を取り出した。黒に金の縁取りのされた美しい本。

「この本を開いてごらん」

 そう言ってテーブルの上に載せる。私たち三人は顔を見合わせた。王の私物だ。リックが頷いた。私たちも頷く。

 リックが手を出し、開く。

 本の中身は真っ白だ。

 私たちは顔を見合わせる。

「王、これは?真っ白です」

 テオが王に声をかける。静かな声だった。

「そうだろう。これは特殊な魔法がかけてあるようでな。赤い髪と黒い瞳を持った王の血液を吸い字が浮かび上がる仕組みになっている。そうだな、黒い瞳の王にだけ伝わる書物だ」

 そんな魔法は聞いたことがなかった。私はテオを見る。魔法については詳しいであろうテオも首を傾げている。

「これは神が記したとされている。そこに魔王のこととこれから起きることが記されていた。この本の中に書かれていたのだ。赤い髪と瞳の王子とピンクの瞳を持った王女が愛し合うだろうと。それを止めてはならぬとな」

 私は震えた。

ーなんだそれ!!どういうこと??

 王は私の震えに気づいた。そして、白いページを捲り、あるページを開く。小さな短剣、きっとペーパーナイフだと思われるそれで指を傷つけ血液をその上に垂らす。すると字が浮かび上がってくる。不思議な光景だった。血液が文字になったかのようだ。

 テオの興奮が伝わってくる。小さな声で「すごい」と何度も呟いている。

「このページにだけ文字が浮き上がるのですか?それともあの血液量で全ページに?」

 テオが内容よりもこの仕組みの方に興味を惹かれている。

「これは神の御技なのですか?」

「ちょっと落ち着いて、人間の魔法でもできるかもしれないでしょう。今度テオが密かに研究したらいいじゃない」

 私は宥めながら、目は字を追った。この世界の文字で書かれた書物。と言っても、誰かが書いたものだ。印刷技術が進んだのはこの100年ほどだから、この本はもっと古いだろう。私はその本に目を通す。

 

 赤い髪と瞳をもつ王子とピンクの瞳を持つ王女の間に赤い髪とピンクの瞳をもつ子供が生まれるだろう。六歳になる年、母と子を引き離せ。魔物災害を起こすのが一番良い方法だろう。

 ピンクの瞳と赤い髪を持つ子は特別な存在だ。王の血をひき、勇者となるだろう。

 ピンクの瞳と赤い髪の勇者と共に食事をとることがあれば以下の料理を出すこと。

・サガリのカツ

 サガリの肉を1センチ幅にカットし、小麦粉・卵・パン粉(パンを粉にしたもの)を順につけ、180度に熱した油に投入する。肉の塊が全て浸かる量の油を用意すること。

 茶色になれば引き上げる。

 サクッとした食感で、中から肉汁が溢れれば成功と言えるだろう。

・ボアとカウのハンバーグ

 ボアの肉とカウの肉を同量用意しミンチにする。塩と胡椒と卵とパン粉(パンを小さくちぎったもの)とカウの乳を入れよく混ぜる。糸が引くまで混ぜる。

 コインの形に整え両面を焼く。焼き上がりはコインの真ん中が膨らむので焼く前にコイン型の真ん中を少し凹ませておくと良い。

 焼き上がりは棒を真ん中に刺し、透明な肉汁が溢れれば成功と言える。ソースはデミグラスソースでもいいし、ホワイトソースでもいい。

 どちらの料理も門外不出とする。もし、出回っていたら取り締まるように。ピンクの瞳と赤い髪の勇者が現れるまでは市井に広めてはならない。もし、市井で見つけた場合はこっそりと自分たちだけで楽しむように進言し、それでも広めようとする場合は町ごと消す必要があるだろう。

 尚、この料理はどちらもパンに挟んでも美味しく食べられるため、正式なディナーではなくともサンドウィッチとして提供しても良い。

 この料理に反応したものは地球からの転生者である。この世界の宝である。ピンクの瞳と赤い髪の勇者が反応すれば、そのものはこの世界を救う者となるだろう。


ーは?何この本?

 私は怒りに震える。誰か、いや、こんなのかけるのはこの世界を知り尽くしているものだけだ。それは何者だ。そんなの、私をこの世界に送ったものに決まっている。

 人の人生を操っているのか?自由にしているつもりで全部、そいつの手の中なのか。

 私は次にページをめくろうとしてその手を止められる。

 シワの入った大きな手だ。

「すまないが、見せるのはこのページだけだ」

 大きな目だ。真っ黒の目がロビンの目を思い出させる。王の顔をよく見るとたくさんのシワが刻まれている。

ーこの人は私の祖父なんだ。

 そのシワの刻まれた顔が自分と血のつながった祖父のものなのだと実感する。そして、この書物を持つ意味。書かれた通りに人生が進んでいくこのと恐ろしさ。誰かに操られているように感じるだろう。

ーあぁ、自分は公の存在で私的な部分はないというこの人はこの書物のせいなのかもしれない。弱い人だなんてとんでもない。逃げてるなんてとんでもない。これを持ちながら、自我を保っていられることがこの人の強さなんだ。

 私の瞳から、涙が流れる。大きな大きな存在に押しつぶされそうだ。

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