第43話 現王の思惑
王は首を横に振った。そして、とても安堵した顔で笑った。
「その顔は何ですか?あなたが転生者ではないというのに、なぜこんな料理が、しかもコーヒーまで……」
テオが暴走一歩手前だ。私はテオの服を引っ張っる。
「何?フィラ」
テオの顔が怖い。私はテオに「深呼吸して」と冷静に伝える。
私の態度にテオがブチギレた。
「フィラ、何をそんな呑気なことを言ってるの!!これはすごく重要なことだし、大変なことなんじゃないのか?転生者だとすれば、もしかしたら、神から何か言われてるかもしれないんだ!!」
テオの態度に結界の外がざわついてる。王が手を上げて外を制する。
「勇者テオバルトよ、この王家には様々な書物が伝わっている。個人の日記から後世の特定の誰かに伝えたいと入念な仕掛けをされた書物まで。
その中にあったのだよ。赤い髪の勇者が現れた時にこの料理を出して確かめよとな」
テオは、納得したような、納得のいかないような複雑な顔をして椅子に再び腰掛けた。
「私には公の部分しかないのだよ。私的な部分がない。王子たちに接する時でさえね」
そう言いながらリックの方を見て少し目尻を下げる。それは優しさのようにも寂しさのようにも見えた。
「なぜ?なぜ私的な部分がないと言えるのですか?」
私は思わず聞いていた。
「君たちは知っているのだろう。王の最大の秘密を。それを確認しにきたのだろう?それを知っているのなら、私に私的な部分がないとわかるだろう?」
私たち勇者は魔物災害のことを言っているのだとわかる。リックが項垂れ、「では、本当に父上が、フィラの母上を手にかけられたのですね」と小さく呟いた。
「言い訳はせん。王の勤めだ。王は鬼にもなる」
王が私たちを見回して、ハッキリとそう口にした。
リックがますます項垂れ、テオが頭を抱える。
私はといえば、真っ直ぐに王の瞳を見返した。悲しくもないし、恨みとかも湧いてこない。母と育ててくれた父を自分が殺したのだとこの目の前の初老の男が言った。事実だと分かった時、私はもっと彼を憎むだとろうと思ったのに、私の心は何も動かなかった。むしろ、この王に同情してしまった。
スケールは違うけれど、自分を殺して生きてきた転生の前の自分と重なる。この男はなぜ私的な部分を隠しているのか。
「ギプソフィラよ。その瞳でそんなに私を見ないでくれないか」
王が私の視線に負けた。苦しげな声を出す。
「鬼にもなるのでしょう。それならこれくらい耐えたらどうですか」テオが言う。
「ちょっと、フィラ、やめてやってくれ、父上は本当は優しい方なんだ」リックが言う。
「は?優しい?違うだろ、フィラのこの瞳を向けられてそんなことを言うのは弱さだよ」
テオの辛辣ないいように、王の瞳が復活する。
「そうだ、私は弱い」
「甘えるな!!あんたは弱い。でもそんなあんたにどんだけの人間が殺されたと思ってるんだ!!あんたは何も知らないんだ。知ろうともしなかったんだろう?王家に伝わる書物が真実かどうか。人間がかいたものを鵜呑みにして、魔王っていう悪を作って隠れ蓑にして、あんたたち王家がしてきたことをもっと真剣に考えろよ!」
テオが止まらない。テオが言ってることは正しい。王と直接話をする機会なんてないから、もうこの際、言いたいことはしっかり伝えればいい。
王が真っ直ぐにテオを見る。テオも真っ直ぐに王を見ていた。二人の視線が絡む。二人とも真剣にこの世界のことを考えている者同士だ。どことなく似てる気がした。
「ねぇ」
熱くなっているテオの横で、私の声は何だかのんびりと聞こえるような気がする。
テオが勢いよく私を見る。王もリックも私に注目する。
「大事なことを王に伝えてないよ」
リックがあからさまにホッとする。
「そうだよ、テオ!父上に伝えてないよ、大事なこと」
テオが頷いた。
「王よ、書物にどのように魔物災害のことが書かれていたか、僕たちは見ていないから分からないけれど、間違っている可能性が高い。魔物災害は元々、森の奥に魔物を集めるためのものだったんだ。それを何代か前の王が私欲のために街を襲わせ、その自分の罪を隠すために魔物災害を引き起こすのは王のつとめだと書物に残している可能性が高い。だから、魔物で町を襲わせる必要は全くないんだ。時々、森の奥に魔物を呼び寄せる必要はあるのかもしれないけれど」
王は目を見開く。テオの目を見て微動だにしない。
「それは誰から聞いた話だ」
王の掠れた声が聞こえる。顔は上げたまま。目には何も写していないように見える。
「魔王からよ」
私が答える。リックもテオも目を見張る。言っていいのかとその目が言っていたけれど、ここで隠す必要はないと思う。
王は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「魔王にあったのか?出会えたのか?」
相変わらず、掠れた声が続く。驚きすぎたのかもしれない。
私たちは同時に頷いた。
王は私たちの返答になぜか涙を流した。
今度は私たちが驚く番だ。
「父上、どうされたのですか?どこか痛いですか?」
テオは一瞬驚いた顔をしたけれど、その目は静かに王を見ていた。私も驚いたけれど、王の顔が安堵の色を孕んでいることに疑問を抱く。
「魔王が悪ではないとご存知だったのですか」
テオの冷めた声が聞こえる。私たちは魔王討伐を王から命じられた存在だ。勇者とはそういう存在だから。でも、王は魔王が悪の存在ではないと初めから知っていたということになる。ではなぜ魔王討伐と銘打っているのか。それも王家に伝わる書物のせいか。
「すまない」
王が一言呟く。そして、私たち三人に頭を下げた。
「もういいよ。王よ、謝るなら、僕たちにじゃなくて、魔物災害で亡くなった人たちにだし、今まで頑張って魔王討伐に行って亡くなってきた勇者たちにだよ」
テオがグーンと伸びをした。
「なんかこの人に怒っても無駄な気がしてきたよ。この諸悪の根源て一体何なんだろうね」
テオが王に向く。
「もう、魔物災害は起こさないって約束してくれる?」
「あぁ、ハリーに伝えておこう」
「え?ハリーにって、今はハリーが魔物災害を起こしているの?」
私が叫ぶ。
ーそれを防ぎたかったのに。
「アレは、魔物災害を本当に引き起こさなければならないのかと詰め寄ってきてな。そして、絶対にする必要があるなら、どうにか被害を最小限に抑えることができないかと研究をしているようだ。最近の魔物災害が予想に反してなかったり、小さかったりしていたのはそのせいだ」
私はハリーの疲れた顔を思い出す。あの人は本当に母のことを愛していたのだ。自分の父が母を殺したと知り苦しんだに違いない。魔物災害を引き起こす必要がある、それが王の勤めと知って尚、それに抗おうとしているのだ。
私は自分の心が温かくなるのを感じた。
ハリーの娘で良かったと心から思えた瞬間だった。
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