第42話 地球の食べ物

私たちの座るテーブルにサンドウィッチが運ばれてくる。もっと豪華なものが来るのかと思えば、庶民が食べているのとあまり変わりばえのしないサンドウィッチだ。

「遠慮なく食べてくれ。君達もまだ食べてはいないのだろう?」

 王が私たちに薦めながら、自分も一つ手に取った。見える限り、卵焼きの挟まったサンドウィッチだ。

 私たちもそれぞれ手に取る。私は中身を確認する余裕なんかなかった。多分、テオも。リックが一人パンとパンの間の具を確認してサンドウィッチを選んでいる。

 テオは魔物災害の件を聞いてから、王に対して嫌悪感が強い。それでも、王は王。とても緊張しているのが隣にいて伝わってくる。

 私も手に取ったサンドウィッチを両手で握り締める。パンから中身がでてきそうになって慌てて手の力を抜いた。私が手に取ったものはお肉が入っているようだった。口に入れる。口一杯に懐かしい味が広がった。

ーハンバーグだ。

 この世界にきて初めて食べたハンバーグ。ミンチ肉を作るのが大変な作業だから、平民の食卓にハンバーグが並ぶことはない。

 食事というのは不思議なもので、美味しいと心がフワって軽くなる。私はチラリと隣のテオを見る。テオも目を見開いている。彼もハンバーグだったのだろうか?

「ちょっと、フィラ、カツサンドなんだけど、どういうこと?こっちの世界にカツサンドなんてない。そもそもフライが難しいんだ。僕、好きだったけど、油を大量に使うし、パン粉だって貴重だからこっちの世界だと作るの大変で、諦めてたんだ」

 テオが興奮気味に小声で喋る。

「父上、私も食べたことのないものがパンの間に挟まっていますね。今日は勇者たちの集まりだから特別に用意してくださったのですか?」

 リックの言葉に私とテオが固まる。

ーどういうこと?この食事は私たちに特別に提供?この前世の食べ物が?

 王がこちらを見てニヤリと笑った。

「皆、下がれ。ダニーすまぬが、外で私たちのこの一体だけ結界を張ってくれ、心配なら見えるようにしておいて大丈夫だ。音は絶対に漏らすな。そして口元は隠せ」

 口元だけ隠すなんてそんな結界が貼れるのか?テオが反応する。アドラム公爵が一礼して、皆をこの部屋のドアの前に集める。アドラム公爵の口元が少しだけ動いた。

 私たちは何も変わらない。結界が張られたことだけは気配で分かった。

「彼は優秀なのですね」

 私は初めて、王に言葉を発する。

 王が得意げに笑う。

「私の部下の中でも優秀だ。魔法は結界魔法しか使えないが、執務能力が高く、気も聞く。最高の侍従だ。

 そして、そんな彼が私のためにしっかりと結界をかけてくれた。口元も隠してくれているだろう。何を話ても大丈夫だ」

 テオは手にしていたカツサンドを全部たいらげ、陶器でできた白いコップを持ち上げる。中には黒い液体。私は先ほどからこの黒い液体の匂いに懐かしさを感じていた。

「王様、これはどういうことですか?今日この場で話をする内容はきっと心当たりがおありでしょう。でも、この食事とコーヒー。これは一体どういうことですか?この世界にコーヒーなんて存在しない。嫌存在してるのかもしれないけれど、今まで飲んだことがない」

ーえ?コーヒー?

 私は前世、コーヒーを飲む機会がほとんどなかった。ファミレスのバイト時代に運んでいたくらいだ。だから香りは嗅いだことがあったけれど、飲んだことはない。

 私はソッとその白い陶器のコップを口につけ、ゆっくりと傾ける。異世界で初めて、大人の味を試す。

ーにがっ。でも、香りはいいな。

 私が百面相をしている横で王がテオの質問をゆっくりと咀嚼しているようだった。

「これはコーヒーというのだな?」

「は?それはどういう意味だ?」

 テオの敬語が取れる。バカにされているとでも思ったのかもしれない。私はその白いコップをテーブルに置き、テオを見る。

ーあ、めちゃ怒ってる。

 テオの顔が怖い。私は残っているサンドウィッチの中から自分が食べたハンバーグのサンドウィッチを探してテオに渡す。

「テオ、これにはハンバーグが挟まってるよ。美味しかったから食べてみて」

 私の言葉にますます顔を歪め、それでも出されたサンドウィッチを一口食べた。大きな口で、サンドウィッチの三分の一が亡くなった。

 テオは目を大きく見開いた。少し顔の筋肉が緩む。

「ね?」

 私が得意げに微笑むと、テオはますます苦い顔になった。

「フィラ、分かってるの?これを出すってことは王も仲間かもしれないってことだよ。その仲間が……」

 途中、口ごもり、結局サンドウィッチを全部食べて、コーヒーを一気に飲み、王の方に向いた。

「王様、あなたも転生者なの?」

 テオにしては直球な問い。私も王を見る。リックが驚いた顔をしているのが目の端に映る。私とテオの焦点は赤い髪の王、一点に集まっていた。

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