第37話 久しぶりの三人会議

 結局、昨夜は明け方近くまでロビンを相手にザックのかっこよさとかザックの可愛さとか、ずっとザックの話をしていた。ロビンは嫌な顔もせず、ずっと優しい顔で相槌を打ってくれた。

 私が「退屈じゃない?」と聞くと「いや、とても楽しいよ」と言ってくれる。それが社交辞令でないことはその顔が物語っていた。

 私は一頻り話て満足するとロビンの隣で寝落ちした。


 リリーにカーテンを開けられる。太陽の光が部屋に広がり、私は目を覚ます。私のベッドには私しかいない。ロビンはもういなくなっていた。

ーロビンは結局何をしに来たんだろう?

 私には私の話を聞くためだけにロビンが来るとは思えなかった。話した内容と言えばザックのことだけだ。私は少しの疑問を胸に抱きつつ、今日のことを考える。もうそろそろ、太陽が空の上に登る頃だ。みんな広場に集まっているだろうか?

 私はフと気づく。みんなには言ってもいいのだろうか、ザックとのこと。ザックは「ハリーには私から言う」と言っていた。だから、他の人には私から報告をしてもいいはずだ。

 私は朝の支度を終え、広場に向かう。

 リリーは朝食をと言ってサンドウィッチを持ってきてくれたけれど、今はお腹が空いていない。私はそれを包んでもらって階段を降りる。

 広場にはもうテオとリックの姿があった。今日はハリーとの会食の日。どうやって王と謁見させてもらうのか作戦会議だ。

 私たちは丸い机を囲んで座る。いつもはここにマッケンローがいるが、今日は私たちだけだ。この場所でマッケンローなしの話合いをするのは初めてかもしれない。マッケンローには何も伝えていない。今日この場で作戦会議することは。でも、彼はバカではない。しかも察しもいい。何かあることは気づいているのだろう。ただ、そっとしておいてくれている。それがとても有難い。

「で、フィラはなんて言ってヘンリー殿下に王との謁見を依頼するつもりかな」

 テオがいきなり本題にグイッと舵をとる。

 私は二人の顔を見る。二人とも顔が硬い。理由は全く違うだろうけど、同じような顔をしている。

「普通にお願いするつもりだよ。王と大事な話があるから、私たち勇者と王を秘密裏に謁見させて欲しいって」

「それで本当に謁見できるか、難しいように思うんだけど。それに早くしなくちゃいけないのに、すごく時間がかかりそうじゃないか。明日にでも話がしたいのに」

 王との謁見には時間がかかる。王と謁見を希望している人間も多く、順番を待っていたら数ヶ月先になる可能性もある。

「いや、普通に王に謁見も申し込みしたら時間かかるし、難しいからハリーに頼むんだよね?ハリーが私に甘いから」

「いや、でもあの人も王太子で、公務に関しては厳しいと思うんだけど、だから、どうやってお願いするかがすごく重要なんじゃないか!」

 私とテオの話を黙って聞いていたリックが、私とリックの間に腕をニュッと差し込んだ。

「俺の意見聞いてくれ」

 私もテオも口をつぐみ、リックを見る。

「明後日の夜、俺と母上と父上で会食の予定なんだ。プライベートで。その場に二人も来て話をしないか?母上に言うと多分父上に伝わるから、当日母上に事情を話して席を譲ってもらおう」

 私もテオも目を丸くした。リックは父親を尊敬していたし、今までプライベートな空間に私たちを招くことなどしたことがなかった。父親とのプライベートなことも話を聞いたことがない。「公私混同はしない」がこの国の王族のモットーだからだ。ただ、このモットーはハリーには当てはまらない。あの人は公私混同しまくっているように思う。それでも王太子の座にいるのはカリスマ性とあの赤い髪が王の象徴だからだ。

ーまぁつまりは私も王の象徴を持っているんだよね……。

 私の髪が母に似て新緑のような緑なら大きな問題にはならなかっただろう。でも私の髪は赤い。王家の赤。ずっと目を背けている問題。王は代々あの髪色をもつ人間。ハリーの他にこの髪色を持つのは私だけ。

 ため息が出た。

「え?嫌なのか?」

 リックの声が響く。

 ちょっと頭の中がだいぶ飛躍していた。私は慌てて首を横に振る。

「違う違う。ごめんね、ちょっと別のこと考えてたの」

 テオがフッと力を抜いた。自分の顔を包み込む。

「はぁ……。フィラはちょっと緊張感が足りないよね。反対に僕は緊張しすぎだよね」

 そう言って、テオはリックの方に向いた。

「リックがこんな風にプライベートな時間をこの問題に当てようとしてくれてるのすごい嬉しいんだ。嬉しいんだけどプライベートな空間に僕たちが現れたら、王はどうなるだろう。ちょっと怖いよ」

 リックがテオの不安な顔を受け止める。

「実は俺も怖い。でも、一番いいと思ったんだ。ハリー兄上にお願いするよりも。父上は割といい父親だと思うんだ。その……もしかしたら父上がフィラの母上を亡き者にしたって言うのが信じられないくらい。だから、これは家族の問題でもあると思うんだ!」

 リックが目を見開き、拳を握り締めている。王を信じようとしているのだと思った。

「リックは王のことが好きなんだね」

 私の口から思わず飛び出した言葉。二人の視線が飛んでくる。

 リックは勢いよく頷き、テオは少し困った顔をした。


「じゃあ、私からハリーには何も伝えなくていいの?」

 テオが少し難しい顔をした。

「ヘンリー殿下との会食を延期することはできないかな?それか、今日会食をしてその後また時間をとってもらうようにお願いするとか」

 私が首を傾げるとテオが続けた。

「明後日、王との話が実際にできるかどうかわからないよね?もし話が出来なかったら?その時の保険はかけておきたい。ヘンリー殿下から王に繋げる道は確保しておいた方がいいんじゃないかな」

 私は妙に納得する。テオは確実に王と話がしたいのだろう。私は頷いた。今日の会食を延期することはできないけれど、また7日後に会食するようにお願いしておこうと思う。私はテオに頷いた。

 と、言うことは今日のハリーとの会食での大きな私の仕事は無くなってしまった。本当に親子の触れ合いの場になるのだ。

 私はハリーの嬉しそうな顔が思い浮かぶ。それと同時ザックの顔も。ぼんやりとザックはもう話をしたのかなって考える。


「ちょっと!!フィラ、今日ボーとしすぎだよ!!」

 テオの大きな声と共に背中を叩かれた。

 テオの顔とその後ろにリックの顔が見える。思いのほか近くてびっくりした。

「ごめん、ごめん、ちょっと考え事」

「は?魔物災害よりも重要な考えごとって何?」

 テオの怒りの声。

ーあ、本気で怒ってる。

「ごめんなさい」

 私が項垂れると、「で、何?」と追求される。

「えっと、ザックと恋人になったんだけど、その事をハリーはもう聞いたかなって、会食の時には知ってるかなって、考えてた」

 リックが「へ?」と言いながら立ち上がる。大きな音を立てて椅子が倒れた。

 テオが片手を額に当てて、大きなため息を吐いた。

「なるほど、それはフィラにとっては一大事だね。ロビンがくっつけたようなものだから、僕もとりあえず祝福するよ。でも、やっぱりそれよりも魔物災害でしょ!勇者の自覚は無くさないでよ」

 テオの大きな声。

 私は気圧されるように頷いた。

「で、もうキスとかした?」

 今度はテオがニヤけた顔をして聞いてくる。リックが後ろで「キスって?」と聞いている。テオがニヤけ顔のまま「口付け」と答えた。私はそのやりとりを真っ赤になりながら見ていた。

「ねぇ?」

 テオのニヤけ顔に私は固まってしまう。

 テオが私の顔をジッと見て「まだか」と呟いた。

「へ?なんでまだって分かるの?」

 私は小さな声で呟く。

「そりゃあ、もしキスしてたら、恥ずかしそうにしながらでもフィラはきっと頷いてたよ。それがなかったから、まだなんだと思って」

 なんだか悔しくなってきた。

「口と口で口付けはしてないけど、手の甲には口付けしてもらったもん。それに抱きしめてもらったし、今度口付けくらいするんだから!!」

 私は大声で叫んでしまう。

 リックがこっちを見て項垂れ、テオは大笑いした。

「フィラ、なんかありがとう。魔物災害のことは大事だけど、君の幸せも大事だよ。うん、なんか、笑うって大事だね」

 テオがリラックスした顔をして優しく感謝してくる。リックは何も言わないけど、なぜかテオがリックの背中を撫でている。

「リックはどうかしたの?」

 私の問いにリックの頭がますます下がった気がした。テオが気の毒そうにリックを見て「リックのことは放っておいてやって」と呟いた。私は首を捻る。

「ヘンリー殿下はザックのこと受け入れられるかな?今まで通りの関係が続けばいいね」

 テオが優しく呟く。

ーいつものテオだ。

 ロビンと出会ってから少しトゲトゲしていたテオがいつもの優しいテオの顔になっている。それが嬉しい。私は自分に向かって「きっとうまくいくはず」と呟いた。

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