第38話 ハリーの自室にて

 ハリーとの会食に先日ザックとの会食に着たのと同じピンクのドレスを着て行った。城内を移動するだけなので歩いて移動する。

 日はもう沈んでいる。月が東の空を照らしていた。白い城の壁がうっすらと暗がりに浮かんでいる。城の中は月の明かりに照らされ真っ暗にはならない。この城の壁はわずかな光も吸収して反射する。

 今日の月は細い三日月型だ。

ー後三日で月の欠ける期間は終わるなぁ。

 この世界は月の満ち欠けで日付を確認しているところがある。体幹に月の大きさが染み付いている。

 私の後ろをリリーが歩く。私の真っ赤な髪はリリーが綺麗に結い上げてくれている。もちろん、リリーの栗色の髪も綺麗に後ろで束ねてある。メイドという人は本当になんでもできる人がなるものなんだろうな、リリーは料理も裁縫も化粧も礼儀作法も全て完璧だ。なんなら大工仕事もできる。万能メイド。そんな万能メイドでさえ、王族との会食の給仕は緊張するものらしい。いつも、ハリーとの会食の時は少し緊張しているのが分かるから。

 多分、それを指摘するとリリーは「そんな自分の緊張を主人に気取られるなんてメイド失格です」とか言い出すだろうから、あえて口にはしない。

 ハリーの住む第三の塔の入り口に着く。騎士団の制服を着た門番が二人立っていた。彼らは私を認めると姿勢を正す。

「勇者ギプソフィラ様、ヘンリー殿下から仰せつかっております。お通りください」

 彼らは私たちに門を開けてくれる。私たちが通り過ぎるとすぐに門は締められた。門の向こうから大きな声が聞こえてくる。

「はぁ、あんなに間近にギプソフィラ様を拝見したのは初めてですが、ヘンリー殿下と本当に親子で居られるのですね。そっくりで……」

 門番の一人はとても若かった。確か。

 ただ、久しぶりだった。この話題に触れる人の声を聞くのは。リリーを振り返る。表情が……怖い。

「いまだにあのような事を大きな声で発言する騎士団員がいるとは、教育がなっていませんね。しかも、王の子の住まう塔の門番など」

 私はリリーを振り返り笑いかける。

「リリー、事実なのだし、人の噂には戸を建てられないものよ。無理に抑え込むと余計に広がるし。まぁ、この国にいて私が王家の血を継いだものだと知らないものはいないのだから、あれくらいいいんじゃない?」

「フィラ様はお優しいです」

「ううん、だってさっきの声には悪意も嫌悪もなかったから。私も悪意や嫌悪を持って言われたら仕返しするわよ」

 私の言葉にリリーは妙に納得した。


 ハリーの部屋の前、私たち勇者塔の部屋のドアとは明らかに違う。高価な彫り物がされ、金泊で縁取られたドアの前に立ち止まる。

 ススッとリリーが私の前に進み出てドラゴンの形をしたノッカーを3度叩く。リリーがそのまま続けて声を上げた。大きくはないけれど、よく響く声だ。

「勇者ギプソフィラ様でございます」

 中からドアが内側に向かって開いていく。ドアの先にハリーが立っていた。

 私が部屋に入り、続いてリリーが入る。すると中にいたスティーブ・メイヤーが扉を閉めた。

 ハリーが勢いよくやってくる。顔がちょっと怖い。

「フィラ、聞いたんだけど!ザックと……、ザックと恋人になったというのは本当なのか?」

 ハリーは私の肩を掴んでいる。少し痛い。私は顔を歪めながら、頷く。ハリーの握っている肩に痛みを感じながらもザックが早くも今日伝えてくれていたことに感謝する。

 だんだん肩の痛みが耐えられない。でも、痛い顔をしてるのはハリーの方のように思えた。

「ハリー、ギプソフィラの肩が壊れる」

 スティーブがハリーを嗜めてくれる。リリーは絶対にできないから、ハリーを嗜めるのは私かスティーブということになる。

 スティーブとは勇者塔に移り住み、時々ハリーとの会食をするの中で話をする仲になった。

 スティーブの声にハリーの手の力が抜ける。でも、私の肩から手をどかすことはない。

「フィラ、ザックは僕よりも年上だ。自分の父親よりも年上なんだ。それでいいのか?ザックに何か弱みを握られてるのか?」

 また肩に置いた手に力が入り初めている。私は一歩後ろに後退する。

「ハリー、ザックが私の恋人だとイヤ?」

「当たり前だ!!」

 勢いよく答えが返ってきた。ザックだから嫌なのか、それとも、誰が相手でも嫌なのか……。

 私はハリーの顔を覗き込む。私の背が伸びたから、ハリーの顔との距離が近い。ジッと覗き込みながら聞いてみる。

「ザックだから嫌なの?」

 ハリーが苦虫を噛み潰したような顔をしている。私は続けて呼びかける。

「ねぇ、お父さん。ザックが恋人だとイヤ?」

「そうだ、僕は君の父親なんだ。娘に恋人ができるなんて嫌に決まっているだろう」

 苦しそうに私を上目遣いで見るハリー。ハリーの方が背も高く私の父親なのに、甘えた目をしてる。

ー母さんはこういうのを突き放せなかったんだろうな。

 私は思わず大きなため息が出る。私のため息と同時にため息を吐くスティーブと目が合った。

「大変ですね」

 私がスティーブに向かって呟くとハリーが私を抱きしめて私の肩に顔を埋める。

 スティーブが難しい顔をして、「あぁ」と返事をしながら、私にひっついていたハリーを引き剥がした。

「君も、こんな父親だと苦労するな」

 スティーブの声はすごく低い。ハリーの隣にいるせいか、とても落ち着いて見えた。いや、実際落ち着いてる。ハリーの手綱を引いてるのはスティーブだ。ハリーが一番信頼しているのもスティーブだろう。

 スティーブが私からハリーを引き剥がしてくれる。

「ねぇ、ハリー、ザックのこと殴ったりしてないよね?」

 私はこんなに嫌がると思っていなかったから、私とのことを報告したザックが心配になる。

 ハリーがそれには答えず、「とりあえず食事をしようか」と素知らぬ顔で答えたから、あぁ殴ったのだと確信する。

ーこの人は嘘が下手だな。

 私は奥のテーブルにハリーのエスコートによって誘導される。お皿が並べられているだけだ。私たちが座れば、温かいものは温かいうちに冷たいものは冷たいうちに料理が運ばれてくるのだろう。王族であれば当たり前のこと。かなりゆっくりと食事をする。私はもう一度心の中でため息を吐く。食べ終えるのはきっと月が空の真上に登る頃だろう。

ーこの状態のハリーを相手にするのはめんどくさいな。

 心とは裏腹に笑顔を作ってみる。この血の繋がった父親には少しだけ気を使っているのだ。

「ギプソフィラ、心の声が顔に出てる」

 スティーブがそっと寄ってきて、そんな事を呟いた。

ーいや、これでも精一杯愛想良くしてるんだけどな。

 もう一度心の中で大きなため息をついてもう少し口の端を上げてみる。

「フィラ……」

 ハリーが弱々しく私の事を呼んだ。私はハリーに目をやる。ハリーはそのまま思っても見ないことを口にした。

「フィラはこの三年で愛想笑いが下手になったね。全然笑えてないし、怖いから作り笑いしなくていいよ」

 肩を落としたままのハリーが弱々しい声のまま呟いた。

 私は顔から火が出るんじゃないかというくらい恥ずかしくなる。出来ていると思っていた愛想笑いが相手を不快にしていたこと、ハリーには愛想笑いが愛想笑いなのだと見抜かれたイタコと。私が「はいはい」と聞いてあげていると思っていたのに、それ全部バレていたことに恥ずかしくなる。

 私の顔は多分真っ赤だ。

 ハリーが私をみる。顔がどんどん崩れていく。崩れた顔で一生懸命に笑いを堪えている。

「フィラは可愛いなぁ。こんな可愛い子をザックにやりたくないなぁ。でも他の男なんてもっと嫌だから仕方ないなぁ」

 ブツブツと呟くハリーにスティーブが「とりあえず食事を始めたらどうだ?」とすすてくれる。

 ハリーがそれに頷き、私たちの食事会は始まった。

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