第34話 ギプソフィラの花の中で
目の前に最後の一口がある。デザートのフルーツを少しだけにして欲しいと給仕をしてくれるリリーにお願いしたにも関わらずもうお腹がいっぱいだ。実はお肉も半分残してしまった。冷めてしまっていて固かったのもあったかもしれないけれど、胸がいっぱいで量が食べれそうになかった。
ザックはいつもと変わらず食事を楽しんでいるように思う。さっき真っ赤になっていたのに年の功なのかすごく落ち着いて見える。私はそれが気に入らない。
ー私ばっかり熱くなってるみたい。
私は少し不満顔だ。ザックがその顔にクスクスと笑っている。
「フィラだな。うん、フィラだ」
「私はずっとフィラだけど?」
ザックのよく分からない呟きにぶっきらぼうに返す。
「いや、ずっと勇者塔で勇者としてしっかりしたところを見ていただろう。昔から感情の起伏が激しいような子供ではなかったし、どちらかといえば大人びていたけれど、感情がないわけではなくて、感情が動けばそのまま顔に出していた。それが、勇者としてのフィラは感情もしっかりコントロールしているように見えていたんだ。それが、今、なんというか、コントロールされてない生のフィラを感じているというか」
そこでザックが口を閉じて優しくこちらを見た。私はちょうどデザートの最後の一口を口に入れたところだった。なんとなく食べるところを見られるのが恥ずかしくなる。ザックの優しい瞳は私をホッとさせてくれるけど、今日は私をざわつかせる。
私はザックに見られながら最後の一口を飲み込んだ。
ザックが先に席を立つ。
私の横に立ち「いいか?」と問う。私が頷くとザックが椅子を引いてくれた。私も立ち上がる。
「はい」
そう言ってザックがまた左腕も軽く曲げた。私は迷わずその間に右手を差し入れる。
「じゃあ、行こうか」
そう言って部屋を移動する。
私たちはザックの誘導でザック邸のサロンにやってきた。いろとりどりの花が咲いている。その多くはギプソフィラだ。小さな花がたくさん揺れていた。私の名前はこのギプソフィラから取られていた。前世で一番似ている花はかすみ草。私は白いかすみ草しか知らなかったけれど、こちらでは色とりどりだ。そしてこの花はウィルス王国で開発した人工の花だったりする。癒しの力が宿っていて、咲く花の近くにいると少しずつだけど、体も心も癒される。
このギプソフィラを私を引き取った後にこのサロンにたくさん入れたのだとキックリが昔こっそりと教えてくれた。
花と花の間にテーブルと椅子が用意されていて、お茶が二つ置かれていた。湯気が立っている。こちらに移動するのに合わせて準備されたものだと分かる。
ザックは真っ直ぐにそのテーブルに案内してくれる。花の香りに混じってハーブティの良い香りが漂っている。
椅子を引かれ私が先に座る。その横に、本当に手を少し伸ばせば触れる位置にザックが座った。
「「…………」」
二人とも何も言わない。ザックが右手で自分の頭を掻き混ぜる。私はザックのこの癖が好きだった。
フッと体の力が抜ける。自然にふふふと笑いが漏れた。
ザックがこちらを向く。
「私、ザックのその癖好きよ」
ザックが私の言葉に少しだけ顔を赤くする。
「フィラは本当に私と恋人でいいのか?」
唐突だった。
ーさっき私が唐突に聞いたからお返しだろうか?なんてね、ザックはそんなこと考えてもないんだろうな。
私は躊躇いもなく、頷く。勢い余って何回も頷いて、少し恥ずかしい。
「私と、その……、肌を重ねることになるんだ。本当にそれでもいいのか?」
ザックがテーブルの下で両手をグッと握っているのが感じられた。こんな自分よりも25歳も年上の大きな男性が可愛くて仕方ない。
「はい」
私ははっきりと返事をした。そして、ザックの握りしめていた手にそっと自分の右手を乗せる。ザックがビクッと体を揺らしたけれど、今度は手を引っ込めたりしなかった。
「ねぇ、ザックは今まで恋人いた?」
こんな時にそんなこと聞くべきじゃないことは私もわかっている。でも、こんなの恋愛初心者の私でも分かるくらいに女の人になれてない。今まで、とってもスマートにエスコートしてくれて、「きれいだ」とか「君が一番だ」とか言っていたのに、恋人という関係になるとこんなに変わってしまうものか。ザックの初恋は私の母だと思っていたけれど、母一筋で本当に誰とも恋人関係になったことはないのだろうか?
「な、そんなこと聞くもんじゃないだろう」
「うん、そうだよね。で、どうなの?」
私の予想に反してザックは首を縦に振った。
「何人かの女性と恋人と言われる関係にはなったことがある。だが、いつも向こうからさりげなくアプローチをしてこられ、なんとなく関係が始まり、気づいたら終わっていたというのがいつものパターンで……」
最後の方は小声すぎて聞き取れない。
ーそりゃ、モテるもんね、ザック。
私は心の中で悪態をつく。そんな関係の人は誰もいないのだと思っていたから、ショックだった。それに、いつ付き合っていたんだろう?なぜ教えてくれなかったのか?
モヤモヤしたものが心に広がっていく。
ザックが突然立ち上がった。
「フィラは特別なんだ。二十五歳年下であることを除いても、すべてが特別なんだ」
そう言って私の横に跪き私の手を取る。
「他の女性と関係があったことを許してくれるか」
ザックが下から覗き込んでくる。こんなザック知らない。必死なザックの顔。私は思わずふふふふふと笑いが漏れた。
「許すも許さないも仕方ないじゃない。その頃はまだ私は子供だったんだし。まぁ、ちょっとショックだったけど。
とにかく、ザックお願い、椅子に座って」
ザックは椅子に座ってくれたけど、私の手は離さなかった。
ザックが私の手の甲に軽く口付けする。私の頭に急激に血が上る。私の手を握っているザックの手が燃えるように熱い。ザックの唇が触れた私の右手の甲は火傷したみたいだ。
多分私は今ゆでだこみたいになっている。
「フィラ、かわいいね」
今度は私が言われる番だ。ザックが落ち着きを取り戻していた。
「私にはあまり時間がないけれど、焦らないよ。ゆっくりと恋人になっていこう」
手を繋いでいない方の手でゆっくりと頭を撫でられる。
この世界の平均寿命は55歳くらい。だから、そのことを言っているのだと検討をつける。
「ザック、ザックは長生きして下さい。そうすれば、ゆっくりでも大丈夫でしょう」
ザックが「あぁそうだな」と私の頭を引きよえて自分の腕の中に私を引き寄せる。予期せぬことで、私の体は思わず硬くなってしまった。そんな背をゆっくりとなで下ろすザック。
「長生きするためにも鍛錬を頑張らないとな」
「大丈夫。私が守るから」
ザックの私を抱きしめる手に力が入る。「あぁ、ありがとう」と小さく呟いたけど納得していない声。この世界ではどんな場合でも年上が年下を守る義務を負う。魔物に襲われたとき、必ず前に立つのは年長者だった。例外は王と王子だけだ。だからこその平均寿命の短さだ。そんな中で騎士団の団長を十年以上勤めているザックはすごい存在だったりする。魔物と対峙しても生きている確率が異常に高い人間だ。
またザックの腕に力が入った。
「フィラ、君が強いことは知っている。でも、やっぱり君を危険に晒すのは嫌なんだ。絶対に死なない。だから私の前に来るのだけはやめてくれないかい?もし同じ戦場に立つことになったらお互いの背中を守るつもりで戦おう。これが私の精一杯だ」
私は頷く。異論はない。ザックは腕の力を弱めた。恋人になって、こんなに大きくなって初めてのザックの腕の中。昔抱き上げられたことは何度もあるけれど、今、この瞬間のザックの腕の中は特別なものだった。
ードキドキしてるのに、安心感も半端ないなぁ。複雑だけど嫌じゃない感覚。
私が心地よさに酔っていたら、体をゆっくり離された。アレ?って思った時には空気が変わっていた。
真剣で探るようなザックの顔。私に甘々なザックの顔ではない、騎士団長のザックの顔がそこにあった。
「それで、あの白いキトは何なんだ?私たちを結びつけてくれたことは感謝するが、謎が多過ぎる。勇者であるフィラは知っているのだろう?」
ーあぁ、でも、本当のことは言えないよ。
私はザックの目を見ながらなんと答えるべきか考えた。
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