第31話 恋人かどうか
結局、私たち五人はロビンを置いてテントに帰った。
突然、「魔物災害の危機は去った」と言われた騎士団の面々は面食らっていたようだったけれど、ホッとしていたのも事実だ。魔物災害に遭えば、いくら沢山の騎士たちがいても町の住民を半分守れればいいだろうし、自分たちも無事では済まない。
以前は魔物災害だと聞きつけ、騎士団が到着するのは魔物が去った後と言うことがほとんどで、ただの襲われた町や村の片付けをしていることが多かった。本当に最近のことなのだ、なんとなく魔物がまだいる時間帯に騎士団が間に合うと言うのは。
そして、ここ最近の魔物災害は起こる前に魔物災害が起こりそうという研究者の声のもと、そこに赴き、あまり多くない魔物を相手にすることが続いていた。今までの魔物災害とは本当に違う。規模が小さい魔物災害が続いた矢先の今回のキリキ山麓の魔物災害の予想。キリキ山には魔物が多く潜んでいるため、久しぶりに大きな魔物災害が起こると予想されていた。それが、白いキトに導かれた騎士団長と副団長、若い勇者たちが帰ってきたら魔物災害の危機が去っていた。この出来事は騎士団の中で密やかに白いキトの奇跡として噂が流れ始めた。
城にくるキトは本当は神の使いで魔物災害から人類を守ってくれるのではないかと。
王城に帰還する頃には今回の遠征に行った騎士たちの間でそんウワサは噂以上の存在感を持って騎士たちの心に残ったようだ。でも、みんなそれを口にしてはいけないと分かっているようで、公の場でそれを口にする騎士は一人もいなかった。神の使いは王なのだから。王以外が神の使いであっていいはずがない。
みな不敬罪を恐れて口をつぐんだ。
私とザックといえば、王都に帰るまで、いつもと同じだった。テントに帰るまではドキドキして、どうすればいいのか分からなかったけれど、ザックが今までと同じように接してくれていたから、私も特に意識することなく王都まで帰ってきた。
王都に帰ったその日、ザックと共に夕食をとることとなった。王都のアイザック・ライリー・クラーク邸に招待される。私はリリーに少しだけ報告する。
「リリー、私、ザックに改めて君の騎士になる。心臓を捧げると言われたの。でも、私守られるだけは嫌っで、私も同じようにザックを守りたい。あなたの騎士になりますって言って手の甲に口付けしたの」
そこまで、一気に話終える。リリーが目を丸くして聞いてくれた。そして、顔をくしゃくしゃにして破顔した。
「良かったです。フィラ様。フィラ様が思ったことをザック様にお伝えになって、それに勝ることはありません。ザック様はきっとフィラ様を守ってくださいます。そして、ご自分のことも守られるはずです。そうでなければ、フィラ様に守られることになるわけですから」
リリーはそこで一旦口を閉じた。そして、涙を流しながら続けた。
「フィラ様が幸せになってくださることが私の最大の幸せです。ザック様と恋人になられた今、フィラ様は幸せですか?」
リリーは決して決めつけたりしない。だから、必ず気持ちを確認してくれる。それは、とても自分を尊重してもらっているようで安心する。
ただ、一つ聞き捨てならない言葉があった。「恋人」とリリーは言った。
ーザックと私が恋人?
「愛」とか「恋」とか「好き」とか言わなかった。大事な存在だと伝えただけだ。それなのに、「恋人」?
私は俯いた。笑顔はない。顔の筋肉が緊張している。一瞬にして空気が変わった。
リリーがすぐにその変化に気づく。
「フィラ様?何かお気に召さないことを言いましたでしょうか?」
「恋人なの?」
蚊の鳴くような声で聞く。恋人という言葉に過剰に反応している自分がいる。恋をしたことがないから、何が恋なのか分からないのだ。
「そうですね。恋人かどうかは、やはりお二人の間のことですので、私が先走ってしまったと思います。でも、フィラ様はザック様と恋人になるのは嫌ですか?」
「恋人がよく分からないの。恋人って何するの?リリーは私の知らないだけで恋人がいる?」
私は今までリリーの恋愛事情を聞いたことがない。出会った時からリリーは「フィラ様、フィラ様」と私のことばかりだった。リリー自身のことも話てくれることもあるけれど恋愛に関しては聞いたことがない。
「フィラ様が一番です。それでもいいという相手と恋人になることはありますね。実は今マッケンローと恋人関係です」
私は一瞬意味が分からなかった。
ーえ?うそ!!マッケンローとリリーが恋人?
私は目を見開いてリリーを見る。
「驚かれましたよね。隠していたわけでなく言いそびれていただけなんです。フィラ様たちみたいにお互いに守り守られという関係ではないですし、私にとって一番はフィラ様なので……」
私の目を見ながら段々と声が小さくなっていくリリー。一度目を伏せ、私の目を見た彼女は私の目を真っ直ぐに見つめて、はっきりとした声で確認する。
「フィラ様、私がマッケンローと恋人でもよろしいですか?」
きっと私がダメって言えばきっとマッケンローと別れるのだろう。それも私のことは一言も出さずに。
私は大きく頷く。マッケンローとリリー。お似合いな気がする。
「ねぇ、恋人ってなにするの?結婚とは違うの?」
私は疑問を口にする。夫婦の在り方も私にはよく分からないのに、恋人の在り方なんて分からない。
「こればかりは二人の問題ですから、今日お食事の時に聞かれてみてはどうでしょうか」
「リリー!!私、ザックに恋人って言われてないよ。それなのに、恋人の在り方なんて聞けないよ」
リリーが今日着ていくドレスを用意しながら、「本当にフィラ様はお可愛らしい」と呟く。そして、ピンクのドレスを出してきて、私の体にあてる。
「急いで仕立てた甲斐があります。よくお似合いになってます。
それで、恋人と言われてないっていう話ですよね?フィラ様、それこそ、聞いて下さい。ザック様に『私たちは恋人ですか』と。それが一番良い解決方法ですよ」
リリーは時に貴族女性らしからぬことをいう。私自身は貴族女性というわけではないけれど、ザックに引き取られザックに恥をかかせないためにもと淑女になるため頑張ってきた。その甲斐あって、社交界に出てもとりあえず貴族女性として振る舞うことができる。通常の貴族女性がどういう思考性を持っていて、どのような行動をするのか、一応把握している。リリーが言う確認は私が知る貴族女性の常識ではない。
ーまぁ、貴族女性の常識に囚われる必要はないものね。
今日の晩餐の準備、外見だけじゃなく心の準備も必要となった。
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