第23話 安心感

 私の部屋の前、アイザックの足が止まる。すぐにリリーがドアの前に進み出てドアを開けた。

「ギプソフィラ、私は騎士団の方に戻るよ」

 私と向き合いアイザックが残念そうにいう。私はその顔を少し可愛いと思いながらハリーに時間をとってもらったことを伝える。

「実はハリーに時間をとってもらっています。ザックも同席しませんか?」

 私の申し出に、ザックは困った顔をした。

「ハリーが嫌がるだろうな。今回はハリーに譲るよ。今度時間を作るから一度領地に行かないか?」

 逆に領地へと誘われる。私の領地ではない、私の故郷でもない。それでもアイザックのやしきがある。多分、アイザック自身が王都よりも実家の領地よりもずっと伸び伸びと過ごせるのだろう。

「長いこと休暇が必要になるでしょう?」

 王都からハーミヤ領よりもアイザックの領地は遠い。行って帰るだけで十日。今ならまだ雪が降っていないからいいけれど、雪が降る季節になると倍の日数がかかる。

ーでも一緒にクラーク領に行きたいなぁ。それに、ちょっとだけでも父さんと母さんのお墓にも行きたいなぁ。

 育ての両親の墓はウィルス王国ではなく、アレキーサ王国の外れの村にある。母は私をみごもった状態で魔の森をぬけ、他国へと逃げていた。それでも、殺されてしまったのだけど……。

「そうだなぁ。ちょっと仕事もあるから、私の方は問題ない。フィラの方が大丈夫なのかい?」

 私は今後の勇者としての仕事を考える。王と謁見してから、それから王の出方次第で動きが変わってくる。

 私はしばらく突っ立ったまま、答えを出せずにいた。

 私が止まって動かず、自分の質問にも返事がすぐに返ってこない状態を見てザックがもの言いたげに口を動かした。声にはなっていない。私はアイザックの口元を視界の端に感じながら、まだ思案していた。

 リリーが見かねて声を出す。

「差し出がましいかと存じ上げますが、口を挟ませて頂きます。

 お二人ともしばらく王都にいらっしゃいますから、またお二人で話合いなされたらよろしいのではないでしょうか」

 その通りだ。

 私はアイザックを見上げる。

「リリーもああ言ってますし、私もすぐに答えを出せません。ザック、また時間の都合をつけてこちらにきて頂けますか?」

「もちろんだ」

 ザックは大きくゆっくりと頷いた。

 私の手を取り、恭しく膝をつく。

「ギプソフィラが健やかに過ごせるよう祈りを捧げる」

 私の手の甲に口付け、サッと立ち上がり踵を返して騎士団に帰っていくザック。私はボーとその背中が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。


「フィラ様、お部屋に入りましょう」

 リリーの優しい声が自分の頭のすぐ後ろから聞こえる。リリーと私は同じくらいの身長になっていた。三年前旅に出る前は、見上げていたリリーも今では真っ直ぐに向いた先に顔がある。自分が成長したことを実感させられた。

 私はリリーの呼びかけにただ頷くだけで、声は出さず、部屋に入る。

 部屋は綺麗に整えられ、旅に出る前と何も変わっていなかった。リリーが掃除し、風を入れ、主人の不在を感じさせないように保ってくれていたことが分かる。

「リリー、ありがとう」

 私が労いの言葉をかけるとリリーの目にうっすらと涙が浮かぶ。

「この度も無事にご帰還くださいまして、私こそ感謝しかありません。毎日、フィラ様が無事であることを祈っておりました」

 リリーの目から涙が溢れる。私はその涙を拭う。リリーの両頬を自分の手で包み、額を合わせた。旅に出る前は、大きく感じたリリーの顔も、すっかり自分と変わらない。

 私のこの行為にリリーが一歩足を引いた。

「フィラ様、もう立派なレディです。家族以外の方とこのように近しい距離を持つのは控えられた方が良いと思われます。私は嬉しいですが……」

 リリーは私の手を振り払うことはしなかった。私はリリーが下がった分一歩前による。また同じ距離だ。額が暖かい。

「リリー、私にとってあなたは家族同然です。今まで通りではだめ?」

 自分でもびっくりするほど甘えた声だった。リリーは絶対に私を裏切らない。どこからくるのか、その自信が私を解放してくれる。

 両脇にあった腕がソッと私の背中に回される。リリーの優しい手が私の背中をゆっくりさする。私はリリーの肩に額を移した。ゆっくりと自分の体の中から力が抜けていくのが分かる。私は自分の体重をリリーに預けながら、目を閉じる。絶対的な安心感。

 私は幼子が自分の母親の腕の中で眠るように、リリーの腕の中で眠りについた。

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