第22話 守りたいもの

 私たちが勇者塔の入り口に着くと、四人が同時に「おかえり」「おかえりなさいませ」と声をかけてくれる。私たちは三人で「ただいま」と答えた。

 私がザックを見るとザックと目があった。

「しばらく見ないうちにまた一段と美しくなったな」

 私は顔がみるみる熱くなるのを感じる。リリーとハロルドの視線が生暖かい。私はかろうじて頭を上げたままの状態を保っている。視線をどこに定めたらいいのか分からず、ピンクの瞳をあちこちに動かした。

「おい、部屋に帰ってからそういうことは言えよ」

 マッケンローの太い声が呆れ気味だ。

「こういう賛辞は思った時に伝えた方がいいんだ、たぶん」

「違うだろ?心の声が漏れただけだろ」

 マッケンローがすかさず突っ込みを入れる。

「二人で何、漫才みたいなことしてるんですか」

 テオはこうやっていつも前世の記憶をこちらの世界に持ち込んでくる。もう誰も何も言わない。みんなの認識としてテオは「変なことを言う人」という認識だ。バカにしているわけではない。

「漫才ってなんだ?」

 リックが今度はテオに聞く。テオの言った前世知識を知りたがるのはリックとザックとマッケンローだ。ただ、みんなそれぞれ興味の矛先が違うから、決まってこの三人のうち誰かが「それってなに?」と聞いている。

「今のマッケンローと団長のやりとり面白かったよね?なんか団長がボケって感じで、それにすかさずマッケンローが指摘して、あれはマッケンローがすごいんだよ。こう言う、ボケた発言にすかさず突っ込みを入れて面白く場をわかせる行為?話だけで人を笑わせること?まぁ、そう言うのを漫才って言うんだ」

「ふ〜ん」

 よく分からないって顔をして、テオが頷く。

「皆様方、何はともあれ、お部屋に帰りませんか?旅の疲れを癒してからまたお集まりになられたらよろしいかと思います」

 ハロルドが低くもなく高くもない聞きやすい声音で呼びかけた。それは大きな声ではないのによく通る声だ。魔法ではなく、リックの従者として、大き過ぎず高圧的にもならず、それでもその提案に乗ろうかなと思えるような話し方を身につけている。

 私たちはハロルドに促されて各々自分の部屋に帰ることにした。

 アイザックがエスコートしてくれる。一応、淑女としての教育も一通り受けたので、淑女としての立ち居振る舞いはできる。ただ、勇者になって九年、淑女として生活したのはほんの数ヶ月だ。

ーうまくエスコートに合わせることができるかな?

 不安が生まれる。失敗してザックに失望されないだろうか?

 私はザックの左手にそっと自分の右手を乗せる。そのままザックの半歩後ろを歩いた。歩くスピードは通常のエスコートのスピードの倍はあったと思う。私はドレスではないし、通常のお嬢様たちとは違い勇者だ。ザックは全てを考慮してエスコートしてくれる。

 私はただただザックの手の温かさを感じながら、真っ直ぐに前を向いて歩いた。リリーが私の後ろを歩いているのを感じる。リリーは足音を立てたりしない。でも、気配を消すこともない。だから感じることができた。

 帰ってきてやっと感じる安心感。右手に感じるザックの温もり。後ろを歩くリリーの気配。私の方が多分二人よりも随分強いのだけど、なんだか守られている感覚がする。

 私は目を閉じる。目を閉じても決して何かにぶつかることはない。二人がいるから。なぜか、涙が一筋流れた。私はその涙を左手で拭う。

ー私の帰ってくる場所はここなんだ。

 絶対に守りたいものがここにある。王がザックを魔物災害で亡き者することはないと思う。でも、自分の子供でさえ魔物災害で襲わせた。国のため、必要とあればなんだってする人なんだろう。国のためだろうが、それがどんな理由でもザックやリリーに災いが起こるのは絶対にいや。

 私はこの王都ですべき事を強く意識した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る