第21話 変化の予兆

 王都に帰り着いた日、私たちはすぐに勇者塔へと帰宅した。勇者塔は王城の敷地内にある勇者が住む塔だ。王城には四つの塔があった。一つは王の塔、その横に立つ王妃の塔、そして王子と王女の塔、その三つは同じ建物になる。もう一つの塔は私たちの勇者塔で、王城の庭と騎士の詰め所を挟んで少し離れた場所に立つ。

 勇者塔の入り口の前に四人の人影が見える。遠目からでも、アイザックとリリーパルファ、それから、リックの専属従者のハロルドと私たちの指導をしてくれた勇者のマッケンローだと分かった。一番に目に入ったのはアイザックの黒い髪だった。その横には頭一つ分低いところにオレンジの髪があり、その横にはオレンジより低い位置にある栗色の髪が見えた。そして、アイザックの黒色よりも高い位置にある茶色の髪が見える。

 私の専属メイドのリリーパルファは実のところ、ザックのところのメイドだ。ザックに引き取られた時に専属メイドとなったのだ。あれから九年が経つ。私について勇者塔で生活を共にしているし、私たちが留守の間も、この勇者塔住んでいる。私が旅に出ている間はザックのお屋敷に帰っていてもいいと言ったこともあるのだけど、「クラーク領に行ってしまうと帰還の際に出迎えられないのでここでフィラ様の帰りを待たせて欲しい」と懇願された。

 私たちが旅をしている間、この勇者塔に残っているのはマッケンローとリリーパルファだ。勇者塔には食事を作ってくれる部署と掃除をしてくれる部署、それから経理部とある。支出は勇者の食事・衣類・武器・防具を必要なだけとそれから余暇のために一定金額が払われる。その中から、過去の勇者の中には親に仕送りをしていた人もいた。勿論だけど、そのお金は国の予算に組み込まれている。言ってみれば、税金で生活していると言うことだ。ちなみに、リリーパルファやハロルドへの給与は勇者の家族が支払っている。つまり、ハロルドの雇用主はリックではなく彼の母親である第三王妃であり、リリーパルファの雇用主はアイザックということだ。

 勇者になると勇者塔を出ることは難しい。結婚をした勇者は家族と共にこの勇者塔に住んでいたことがあると聞いている。ただ、勇者は過酷で、マッケンローのように三十代後半まで命がある方が珍しい職業でもあった。そのため、結婚し、子供を残す勇者は極々わずかだ。現に、マッケンローと共にパーティーを組んでいた他の勇者は皆命を落としている。

 以前、アイザックに勇者の家族も勇者と同じように国が養ってくれるのか聞いたことがある。アイザックは当然の顔をして「勿論」と言った。勇者の子は勇者であることが多い。そのため、勇者を獲得したい国はそこにも税金をかけることを厭わないのだと聞いた。

 マッケンローが昔「国は勇者を使い捨ての駒だと思っているんだ」と言っていた。勇者石の儀式を受けて皆が皆勇者として認められるわけではない。それでも、勇者になれば一生食いっぱぐれることがないと平民の冒険者の挑戦が後を経たない。そのため、勇者を過酷な魔物討伐に向かわせることになんら抵抗がないのだという。「代わりはいくらでもいると思っている」とぼやいていた。マッケンローの話を聞いているとやはり王族であるリックがいたり、私のような王子の庶子、いや王女の庶子?がいる今の状態がとても珍しいようだ。それでもこの九年で多くの魔物狩りをしてきた。国からの要請も幾度もあった。

 魔物災害が王の起こした人災だと聞いた今、マッケンローの意見が重みをます。私は帰ってきたことの安心感を感じると共に、王に対する不信感が大きくなっていくのを感じた。

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