第20話 王都への帰還
馬車の窓から外を見た。王城の3つの塔が見える。とうとう帰ってきた。
もう少しで王都の北門に達する。この馬車は画期的で、ソリの形に似ている。風魔法を馬車に付与して浮かせているのだ。道がどんなにガタガタでも私たち乗員はお尻を打ちつける心配をしなくていい。引いているのは魔物と間違われやすい大きな鳥のマヌテレだ。立っているだけで人間よりも大きい。大きさで魔物と間違えられることが多かったが、最近は大人しく人間の話も理解する賢い鳥というイメージがついてきた。
このマヌテレのイメージを変化させたのは、ハーミヤ領だ。このマヌテレ馬車を普及するために、宿場町でもマヌテレの置物を置いているお店が何軒かあった。
高度な魔法が使われているために、馬車として使えるのは当分の間、裕福層だけになりそうだけど、それでもすごいことだ。
マヌテレ馬車は王都には入れない。大きなマヌテレが通れる道がないためだ。ハーミヤ卿は「いずれ空を飛べるようにしたいと思っています。そうすれば、王都の中でも空を飛べばよく、道が狭いから王都への乗り入れを禁じるということも無くなるでしょう」と言っていた。空が飛べるようになるのは楽しみだけれど、それで王都への乗り入れができるようになるだろうか?現王はこの空を飛ぶ乗り物をどう考えるだろうか?私は一瞬、前世で見た特攻隊の画像を思い出す。魔物災害を起こす王がただの乗り物としてそれを考えるだろうか?
私の胸の奥に、小さな疑問が生まれ沈んで行く。私はそっとテオを見る。テオの顔は笑顔を作っていたけれど、目が笑っていなかった。リックが一人、少年の顔をしてはしゃいでいる。
王都の北門に騎士団が来ていた。
私たちがマヌテレ馬車を降りると数名の騎士団員に迎えられる。私は、騎士団員に「お出迎えありがとうございます」と挨拶をする。テオも同じように挨拶をし、リックが「出迎えご苦労」と王子らしく対応する。
勇者になると王子も平民も関係なく「勇者」という存在になるのだけれど、やはり、騎士たちにとって、王子は王子なのだ。そのことを理解して、リックは騎士たちの前で王子の役を演じている。
私は茶色の羽を持つ大きなマヌテレの横に立つ。私よりも背が高い。
「アパ、ここまでありがとう」
このマヌテレの名を呼び、羽を撫でてお礼をいう。アパが首をおり、私の頭に嘴を2回当てた。手の届く位置に顔が来た。私はアパの顔を撫でた。アパが目を細める。
「ギプソフィラ様はすごいですね。アパがこれほど懐くなんて」
ハーミヤ卿が感心したように呟く。
「フィラは生き物に好かれるんですよ」
テオがハーミヤ卿に自慢げに言う。リックが私の後ろからアパを撫でて、先を促した。
「フィラ、テオ行こう。ハーミヤ卿、世話になった」
リックが騎士団の方に足を進める。
私とテオはもう一度ハーミヤ卿の方に向き直す。
「私たちの冒険譚、また本になさるのでしょう。楽しみにしています。ハーミヤ領からここまで、本当にありがとうございました。また、必ずハーミヤ邸にも伺いますね。奥方にもお子様たちにもよろしく伝えて下さい」
丁寧に挨拶をする。
「ハーミヤ卿、今回は本当にたくさんのことを学ばさせて頂きました。ありがとうございました。僕もまたフィラと一緒にかどうか分かりませんが、そちらにお伺いしますね。勇者としてではなく、一魔法使いとして、卿のアイデアはとても興味深いですから」
テオがハーミヤ卿に向けて片目を瞑ってみせる。
「勇者様たちの冒険譚は本にさせて頂きますよ。楽しみにしているものがたくさんいますから。そして、お二人とも、丁寧な挨拶ありがとうございます。お役に立てて光栄でした」
ハーミヤ卿のずんぐりとした体から優しい雰囲気が漂っていた。ここに帰ってくる前にハーミヤ領によれて良かった。
最初は商売人である彼に警戒していた私だったけど、別れはとても優しい気持ちだ。
ーこういうのいいな。
私は軽く頭を下げて、リックが進んだ先を目指して足を動かす。テオが私の後をついてくる。テオからも優しい雰囲気が伝わってきた。
数歩進むとリックの背中が見えた。さっきまでの優しい雰囲気は霧散する。リックの前に私と同じ髪の色で髪の色と同じ血のような赤い瞳が輝く男性が見えた。ハリーだ。王位継承権第一位の王子の顔をしたハリーがそこに立っていた。
私は彼に王との謁見を申し込まなければならない。娘の私に弱いハリーではあったが、次代の王だ。血縁関係ではなく、勇者と王として対峙する時、私は王としてのハリーに時々恐怖を覚えることがある。そう、全部自分の権限でことが運ぶ権力者の顔をすることがあるから。それは前世の父親の顔とも被る。暴力的な顔だ。
私は一度顔を下に向け、一瞬目を瞑る。そして、また頭を上げた。
私とハリーの目があった。私は王族に対する挨拶を行なおうとゆっくりと膝を折る。私の動作を見て、テオもリックも同じように膝を折ろうとした。
ハリーが王子の顔を崩して、慌てたように腕を振る。
「やめやめ、私と君たちは対等だ。私が王になれば公の場では膝を折ってもらう必要があるかもしれないが、今はまだ王子であり、勇者に膝を折ってもらうことはないよ」
「ヘンリー殿下」
後ろに仕えるハリーの腹心の従者のスティーブ・メイヤーが騎士の前で王子の仮面が外れたハリーに愛称ではない正式な名前で呼びかける。
ハリーはスティーブに手をあげ、私たちに向けて改めて笑顔になる。
「おかえり、フィラ」
私たちが対峙すると親子なのがよく分かる。それでも、公然の事実であって、私は、公式にはハリーの子ではない。それは私が望んだことだ。それでいい。
「ただいま帰りました。ヘンリー王子殿下」
私はハリーの正式な名前で殿下をつけて呼ぶ。ハリーが少しだけ右の眉を上げた。不快を表している。弟のリックも知らないハリーの癖を私は見逃さなかった。
「ヘンリー王子殿下、王城に着きましたら少し私に時間をいただけますか?」
私が続けて言うと、パッと顔が明るくなる。
「プライベートな時間でも良いだろうか」
ハリーの声が弾んでいる。
「もちろんです」
私はにっこりと笑った。心の中で王への謁見を申し込む時のハリーを想像して、緊張する。プライベートな空間で次期王の顔をされるのが私は嫌だった。
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