第19話 「いい人」なんていない!!

 結局、ハーミヤ夫妻との会食はとても楽しいものに終わった。

 会食時、ハーミヤ夫人はとても可愛らしいワンピースを着ていた。ハーミヤ卿が許せるぎりぎりのラインだったようだ。会食時は終始、私たち勇者の冒険の話をした。しかし、食後のティータイムでは、ハーミヤ卿が、産後の女性に向けてドレスでも普段着でもない、夫も納得するような服を考えると言っていた。

 私はついでに妊娠中も人前に出れるようなドレスを考えてはどうかと提案する。

 ウィルス王国の貴族女性は妊娠のためにお腹が出てくると社交界には出席しない。コルセットをつけない女性を社交界では受け入れない風潮になっていた。

 以前、妊娠している女性を見たことがないと私専属のメイドのリリーパルファに尋ねたことがある。リリーは少し難しい顔をして答えてくれた。

「お気づきになられましたか。そうですね。この国の社交界には女性はコルセット着用の不文律があります。生の体の線を見せることは破廉恥なことなんです。ですので、お腹が出て、コルセットを閉められない妊娠中の女性は社交界に出席出来ないんです。でも、この処置は妊娠中の女性にとって良いこともあって、社交界ってすごく面倒なところじゃないですか?そこに出席しなくていいっていうのは精神的にもいいですし、社交界ではずっと立っていないといけないのですから、多分肉体的にも出席しない方がいいんです」

 リリーは革新的で自由な精神の持ち主だ。その彼女がいうことは、他の女性には当てはまらないかもしれない。

 そう考えると、女性に選ぶ権利がないことに多いに憤りを感じる。本当にこの世界は女性に対して尊重の気持ちに欠けているように思う。リリーから話を聞いた時は、リリーの「いいこともあるんです」に引っ張られて、そうかと納得してしまったけれど、やっぱり、私にはその考えが「おかしい」と感じるのだ。

 ちなみに、現在私は勇者ギプソフィラだ。そのため、この社交界のルールは適用されない。コルセットなんかつけてないし、ドレスも着ていない。ウィルス王国の一般的貴族の十五歳少女では考えられない。

 

「私が妊娠・出産する時までに商品を開発しておいて下さい。誰かが初めに袖を通さなければなりませんよね?その格好で社交界に出席しなければ、貴族社会に浸透しないですよね?その誰かに私がなりますよ」

 私の唐突な申し出にその場が固まった。直ぐにハーミヤ夫人、ハンナが顔をあからめながら笑顔になる。

「ギプソフィラ様にはもういい人がいらっしゃるのですね」

「え?フィラ、誰?誰と?いつの間に!」

 はにかんだ様子でハンナが私に「いい人がいる」と言えば、リックが直ぐに反応した。テオとハーミヤ卿がなぜか頭を抱えている。

「爆弾発言すぎるよ、フィラ」

 重いテオの声。

「重大発表ですね。情報としては大変貴重ですが、あなた様の結婚、出産は国を揺るがす一大事ですので……」

 ハーミヤ卿は短い手足をもっと短くして縮こまりながら小さな声を発する。

 私はビックリした。いい人なんていない。ただ私も結婚して出産して普通に幸せになりたいと考えていただけだ。その相手なんて誰も思い浮かばない。だいたい、恋なんてしてこなかった。前世も含めてずっと。

 私は右手を思いっきり振った。

「いやいや、いないです、いい人なんて。ただ、今後、きっと私も結婚して子供を作ると勝手に思っていて、それでその時のことを言ったまでで、誰かなんて、誰もいないです!」

 そう、誰もいない。

 突然、ザックの声が聞こえた。「君が輝いて見える」そう優しい声で言われたことがある。なんだか、ザックはいないのに、その言葉を直接言われたように感じ頬が熱くなる。ザックは家族。ザックも娘のように私を思ってあの言葉を言ったはず。

 私の頬がみるみる真っ赤になっていく。頬が熱い。私は熱くなった頬を隠すように下をむく。

 頭の上から大きなため息が二つと色っぽいため息が一つ、そして、喉を鳴らして唾を飲み込む音が聞こえた。


 そこから、私はもう顔を上げることができなくなった。こんなの恋でもないし、ザックはいい人でもない。そう思い、今度は心の奥がギューとなる。私は必死で頭を振った。

 私の様子に、ハンナが背中をポンポンと優しく叩いてくれる。

「ギプソフィラ様、デリケートなところに踏み込んでしまって申し訳なかったです。大丈夫です。新商品が出来たら必ずギプソフィラ様のところに一番にお持ちしますね。今日した話はそれだけです。私たちはギプソフィラ様のいい人の話は何も聞いてませんから。なので、大丈夫です」

 ハンナの薄いピンク色のフワフワした髪が私の目の端に揺れている。ハンナが子供をあやすように私に言い聞かせている。私は少しずつ落ち着いてきた。

 一度深呼吸をする。

 私は頭を上げた。皆、思い思いにお茶を飲み、明日どのように王都に戻るかの話をしている。

 私はホッと胸を撫で下ろし、ハンナに頭を少し下げる。ハンナが口の端を持ち上げ、目尻を下げ、私の小さな会釈に返事をくれる。

 私は立ち上がる。

「もう部屋に戻ろうと思うのだけど、明日はいつ出発になる?」

 私が何にもなかったように言う。ハーミヤ卿が答えてくれた。

「明日は太陽が上り東の空に太陽があるうちに出発したいと思います。私も付き添わせて頂きますね。朝食は食べられても、馬車に持ち込まれてもどちらでも大丈夫です」

「王都まで2日で行けるらしいんだ。すごくないか」

 リックが満面の笑みで付け加える。魔法の改良によって、馬車の速度が上がったらしい。テオがその魔法について考えているようだ。一生懸命に机に向かって何かを書いている。

 私は「すごい」と一言付け加えて、「それでは、良い眠りを」と挨拶をしてハーミヤ邸で借りている部屋に戻った。

 どうやら明後日には王都に戻ることになるらしい。ザックは王都にいるだろうか?私は頭を横に振り、ザックの顔を頭から追い出す。とにかく、もう休もう。

 私は用意してもらったお風呂に入り、体をほぐした後、眠りについた。

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