第24話 夜明け前
私は久しぶりに勇者塔の自室で目を覚ました。そういえば、リリーにもたれてそのまま眠ってしまったのだ。
私は布団をめくってベッドから足を下ろす。リリーが部屋着に着替えさせてくれたようで、旅の服とは違うゆっくりとしたワンピースになっていた。窓の外には月が浮かぶ。部屋の中は月明かりに照らされ、どこに何があるのかは見える。
私は夜中だと言うのにスッキリとした頭で当たりを見回した。今は何時くらいだろう。窓際まで行き月を見る。この世界では月も太陽と同じように大体決まった時間に上り大体決まった時間に沈んでいく。満ち欠けはあるけれど、完全に丸になったり、完全に消えたりはしない。今日の月はまん丸に近い、この世界で一番満ちている月だ。もう西の空に月がある。もう少しで夜が明ける。
窓の外、白い影が横切ったように思った。私は咄嗟に目を向ける。猫の姿をしたロビンだ。真っ白い猫はこの世界にはいない。必ず何かの模様が入っている。真っ黒は数は少ないけれどいる。真っ白はロビンだけだ。
私は窓を開ける。
「ロビン」
猫の姿をしたロビンはするっと私の部屋に入ってきた。
「ギプソフィラ、久しぶりだね。次の魔王のこと考えてくれた?」
「ねぇ、ロビン。そのことだけど、私に拒否権ってあるの?」
テオが言っていたことを聞いてみる。
「私に選択権なんてないんじゃないかと思って」
ロビンが私の足に擦り寄ってくる。私は猫のロビンを抱き上げ、ベッドの端に腰掛けた。膝に乗るロビンの体をゆっくり撫でる。ロビンが気持ちよさそうな顔をする。
「テオバルトかな、そんなことを言うのは」
「そう、テオが言ってた。私には選択権がなくて、魔王になるまでの人間としての生を目一杯楽しめってことなんじゃないかって」
「うぅん。別に拒否してもいいんだよ。拒否権はある。無理にとは言わないんだ」
私は驚いた。私もテオにその考えを聞いて、そうなんだと思っていたから。私の手が止まり、ロビンが小さく笑う。
「拒否できないと思っていたんだね。違うよ。私はギプソフィラが適任だと思っているけれど、自分の生は自分で決めていいんだ。それは神にも決められない。大体神なんていい加減だよ。気まぐれだしね。私も、もうその部類に入ってきているのかもしれないな」
ロビンは少し声を落として拒否権はあるのだと語ってくれる。
「ねぇロビン、その話ぶりだとロビンは神にあったことがあるの?」
「会うって言うのとは違う気がするよ。気配を感じたり声を聞いたりね、時々異世界の輪廻転生に干渉して、テオバルトやギプソフィラみたいな転生者を連れてきたり、何でもありの気まぐれ屋だね」
「じゃぁ、私が魔王になったら私も神と交流を持つことになるの?」
「そうだよ」
私は神という存在に対して思い入れがない。思い入れがないとはいえ、神と聞くと少しテンションが上がるように思う。
ーあぁ、確かにテオではなれないなぁ。神と聞くと人が変わってしまうような彼には魔王は難しいのかもしれない。
外が明るくなり始めた。まだ太陽は登っていないけれど、もうすぐ夜が明ける。
ロビンが私の膝から抜け出し床の上で伸びをする。前足をグッと前に伸ばしお尻を天高く突き出した。私はその様子が愛おしい。相手が魔王であることを忘れてしまう。
「まだまだ時間はあるから、ゆっくり考えたらいいよ。そうだな、あと二十年くらいかな」
ーへ?二十年?
「そんなに考えていいの?」
「ギプソフィラ、よく考えて、私の寿命はとりあえず後二百年くらいあるから。二十年くらいは大丈夫だよ」
白猫が私の足の間をスッと通り抜ける。脛に滑らかな猫の毛の感触が残る。私は二十年もあるのなら、その後、魔王になるくらいいいかなって思う。二十年後は三十五歳だ。ザックは六十歳。
ー後二十年だと、ザックを看取るのは無理かな。
この世界の寿命は大体七十歳くらいだ。
「ねぇ、後十年足してもらえないかな?そしたらザックがいなくなった後に魔王になれる」
「本当にギプソフィラは彼が好きだよね」
以前ロビンは「彼のこと大事だよね」と言った。今は「好き」という。私はロビンのその言葉に自然に頷いていた。
「彼は両親が亡くなった後、私を引き取ってくれたから。それに私のこと大切にしてくれるし。家族みたいなものなんだから、好きに決まってるわ」
言いながら、家族だから好きって言うのはおかしいのだと頭の隅で囁く声がする。自分でも分かっている。家族だから好きなんてありえない。私は前世の父親も母親も好きではない。何なら、父親は憎しみの対象だった。だからこそ、家族だから好きはありえないことを知っている。それでも、恋愛なんてしてこなかった私には「好き」の種類が分からない。ザックへの好きがリリーに対する好きと違うとは言い切れない。リリーもザックも大切だ。二人の何が違うのか。
「フフフフ。ギプソフィラは真面目だよね」
ロビンが笑いながら私の膝の上に飛び乗った。
「あまり深く考えなくていいと思うよ。好きは好きでいいと思うけどなぁ。家族の好きとか友達の好きとか恋人の好きとか分けて考えなきゃダメかな」
「ダメじゃない」
私は即座に反応する。そう、好きの種類なんて考えるから混乱するんだ。今はただ好きでいいじゃない。リリーもザックもテオもリックも皆好き。それでいい。
「ギプソフィラはなんでもすぐに顔にでるから見ていて飽きないね」
ロビンがのんびりとそんなことを言う。でもそれは貴族としては生きて行くのが難しいということだ。リリーの話だと貴族は本心を隠して自分に有利になるように人を動かせる人が優秀とされている。高位の貴族や王族はそれを叩き込まれるらしい。私には優しいハリーも王位継承権1位の人間として切り替えが早く、他の人間には感情をあまり見せない。それが私に時々怖いと思わせるのだけど……。
気づけばもうすっかり部屋が明るくなっている。東の空には太陽が輝いていた。ロビンが「じゃあ、また来るね」そう言ってポンと姿を消した。私は窓の外に見える王の住む白い塔と青空を眺めていた。
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