2章 ウィルス王国への帰還

第10話 気づけば森の中

 緑の木々に囲まれた私たち三人の足元には白いキトが一匹いる。

「ギプソフィラ、今日のところはここまでにしよう。またこの姿で会いに行くよ。いつも君のこと見てるからね」

 キトの姿のロビンはそう伝え終わると姿を消した。

 私たちは暮れゆく魔の森の中に放り出された。

ーロビン、こんなところに放り出さないで!

 私たち三人は顔を見合わせ、大きなため息を同時についた。

「とりあえず、今日はここで野宿だね」

 テオが収納バックから野宿セットを取り出し始める。

「え、こんな森の中で野宿するのか?大丈夫なのか?」

 リックが不安そうに答えた。旅をする中で何度も森の中で野宿はしてきたけれど、魔物の多いとされるこの魔の森での野宿は初めてだ。

「ちょっと、分かりにくいけど、魔王の結界が張られてるんだ。これがいつまで持つのか分からないけど、今晩は大丈夫そうだよ。だから、大丈夫。とりあえず、晩御飯だけどどうしようか?」

 私はマジマジと自分の手を見た。しっかり見ないと分からないレベルで体の周りに結界が張られている。魔物よけの効果もあるようだ。私たちパーティーの近くに魔物の気配を感じない。

「ロビンが私たちを守ってくれてるってことだね」

 私が笑顔を向けると、テオはキラキラとした笑顔で頷き、リックは何とも言えない顔をした。洞窟での話は確かにショックだった。それでも、私は理解できた。もちろん、王たちを許すとは言えない。私欲で始まった魔物災害。天災ではなく人災だった。リックが受け入れることが難しいことも分かる。ただ、王も人間だったと言うことだ。醜さや汚さを合わせ持っている。誇りやプライドよりも国の安寧よりも私欲を優先する王。歴史の中にはそんな王様はたくさん出てくる。珍しいことではない。それでも、リックにとっては遠い世界の話ではないのだ。

ー私にとっても遠い世界の話じゃない。ハリーも王になれば魔物災害を引き起こすのだろうか?王家に伝わる人口調整を信じて。それはちょっと嫌だ。

 ハリーは私の実の父だ。王位継承権第一位の王太子。もう立太子も済み、次の王になるべく教育を受けている。

ー魔物災害を王が引き起こすこと知ってるのかな?自分の愛する人を殺したのが実は父王であったかもしれないと気づいたのかな?

 私は自分と同じ髪の色をもつ、血のつながった父親を思った。

 彼は私の母を忘れられず、王としてはあり得ないけれど、28歳まで独身だった。私と再会し、私が妃を取るように進言した。

 血のつながりはある、明白に。その髪色がさし示していたから。

 でも、それは公然の事実であって、正式な子として認められていない。私自身も認められることを望んではいないから。ハリーは自分の子として王家に迎え入れたかったみたいだけど、断って勇者となった。

 この世界では勇者は「勇者」という地位となる。儀式もあり、勇者石という石に血液を垂らし石が光れば正式な勇者となる。そうなれば、死ぬまで勇者だ。勇者は死ぬまで国民と国に仕え、魔王討伐を目指して戦う。老いて戦えなくなれば、後進の教育に心血を注ぐことになっている。その代り衣食住は国に保証される。勇者と王族は兼任することは出来ない。

 だから、リックは王子ではあるけれど、もう王家の義務を果たすことはない。リックに掛かる経済的な支出は王家支出から現在は勇者支出に変わっている。

「それにしてもこれからどうしようか?もう魔王討伐は終わりでしょう」

 私が真剣な顔で二人を見ると、リックの動きがフリーズした。リックが混乱している証拠だ。そんなリックの背中をテオが軽く小突く。

「フィラ、その話はご飯食べてからだよ。朝食べてから何も食べてないんだ。食べないと思考力も落ちるから、食べてから考えよう!」

 そう言いながら、テオは収納バックから調理器具を出していく。持ち主の魔力に比例して収納スペースの増える収納バック、今のところパーティーメンバーでは魔法使いのテオのバックが一番収納力がある。パーティー共有の持ち物のほとんどはテオが持ってくれている。

 料理も一番上手なのがテオだ。私は基本的に栄養をとるという観点から食事をとっていた。こちらの世界に来て、初めて食事の楽しさを知ったし、「美味しい」という感覚を味わうことが出来た。「美味しい」は病みつきになるけれど、基本的に味気ないものでも味が多少まずくても栄養になるのならそれで良しと思う節があり、料理が上手くならない。リックは凝ったものを作ろうとして失敗することが多い。その点で、テオは美味しくて栄養があって、しかもお手軽に作ってくれる。前世は料理人だったに違いない。

 私は自分の前世を話たくない。だから、テオにも聞けない。もし聞いて、「フィラは?」と逆に質問されたら?私は聞いておいて「話したくない」とは言えない。

「フィラ、ボーとしてないで晩御飯作るよ。ほら、こっちおいで」

 テオが笑顔で手招きする。私はその手の動きに引き込まれるように移動した。

「フィラ、先に体綺麗にして」

 私は水魔法で自分の全身を洗い、風魔法と火魔法を使って体を乾燥させる。その間十秒ほど。

 私は剣士だけど、魔法使いの母の血を継いでるせいか魔法もかなり使える。水魔法で体を洗う人は多くいても、その後、風魔法と火魔法の複合魔法でドライヤーのように体と服を丸ごと乾燥させる人は多分私を含めて世界に十人ぐらいしかいないんじゃないだろうか。もちろん、テオも出来る。つまり、リックは自分で出来ないので、私かテオがリックの体を清潔に保っている。

「よし、じゃあ、お肉を切ってフライパンで焼いててくれる?」

「了解」

「リックはテントの用意が出来たら、お皿を並べて」

「ん、わかった」

 この場はテオが仕切る。一番の年長者でもあり、頼りになる。テオはパーティーをくんだ当初から、生活についてリーダーシップを発揮してくれている。

「今晩のメニューは何?」

 リックがテントを立てながら、テオに聞く。肉の焼ける匂いに涎が出ていいるようだ。目がキラキラしている。

「今晩は簡単にサガリのステーキと野菜スープとパンだよ」

 サガリは鴨のような鳥のお肉だ。この世界の一般的なお肉になる。サガリは焼いても硬くならない。柔らかく味も濃くこの世界でサガリのお肉を嫌いという人にあったことがない。

 私は目の前のサガリの少し赤みがかった肉に目をやる。見た目は牛肉のようだ。ジューと焼ける音が耳に心地よい。鼻をくすぐる匂いは鶏肉だ。

 パチパチと音が微妙に変わってきた。

「フィラ、裏を見て焦げ目がついてたらひっくり返して」

 私はテオの指示に従う。リックが私の後ろに立っていた。

「腹へった」

「そうだろう。食べることは大事だよ。もう少しでできるから、リックはパンを並べて。フィラももういいよ。飲み物とか用意してて」

 私はテオに言われるがまま、フライパンの前を離れた。焚き火ではなく、卓上にコンロのような形で火が出ている。テオの火魔法だ。火加減も全部テオが調整してるから、私は楽なものだ。

 三人で食事を囲む。小さなテーブルに三人分の料理が並び、私たちはそれぞれ小さな自分の椅子を出してそれぞれで座った。

 こちらには「いただきます」という習慣はない。このパーティーを結成した時にテオが「いただきます」と手を合わせていた。思わず私も「いただきます」と手を合わせた。その時、テオの目が丸くなっていた。きっと薄々転生者であると気づいていたと思う。それでも自分から言わない私をそっとしてくれていた。

 リックが「いただきますって何?」と聞いた時、テオは涼しい顔をして答えていた。

「僕の故郷でね、食事をする前に命を頂きますと言って感謝して食べてたんだ。あの習慣好きでね。やめれないんだよ」

 私は静かにその説明を聞いた。何も言わないけど、それから私も食事の前に手を合わせるようになって、もう9年、ずっと続けている。テオも私もするからリックも一緒に手を合わせて声に出してから食事をするようになった。

「頂きます」

 私たち三人の声が揃った。

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