第9話-閑話- この世界に来る前の記憶

 私は転生者だ。だから、リックを弟のように感じてしまう。

 リックと出会ったのは7歳の時だった。彼は10歳の少年。その頃の私はまだはっきりと転生前の記憶を持っていたと思う。

 

 先に勇者石の儀式をしていた第六王子であるセドリックとは勇者塔の大広間で出会った。綺麗な剣筋を見せられ、ボーと魅入ってしまった。魔法もそこそこ使えたから、両親が死んだ後に引き取ってくれたアイザック・ライリー・クラークは私に魔法使いになって欲しかったようだ。自分は騎士団長でありながら、私には剣の稽古はつけてくれなかった。アイザックは私の母であるフローラルのことが好きだったのではないかと思う。彼女に似た私に剣の稽古をつけることができなかったのかもしれない。

ーまぁ、これは私の憶測だけど。

 私は剣士として冒険者になるつもりだったから、育ての親である父親のゲオに学んだ稽古を続けていた。

 ゲオも私が生まれた時には冒険者をしていたけれど、実は他国の騎士でとても剣の腕が立つ人だった。だから、剣筋については六歳の時には、はっきりと良し悪しがわかるようになっていた。勇者になって出会ったセドリックの剣は、舞を舞うようで美しかった。

 勇者塔では身分差は考慮されない。皆「勇者」だからだ。塔でリックと一緒に過ごすうちに第六王子として、とても努力をしていることを知った。リックは、本来とても素直で人に愛される性格だ。そんなところが前世の弟かおると重なった。

 

 転生前の私は日本の高校生だった。酷い家庭だったと思う。愛された記憶がないから。毎日生きることに必死だった。文明は進んでいたのに、生きることへの必死さはこの世界以上だった。そんな中でギリギリ頑張って生きてこれたのは母と弟の存在が大きかった。私は母と弟を守るために生きていたから。

 愛された記憶がないとは言ったものの、その頃はまだ私は母親には愛されているのだと信じていた。愛されていると思い込んでいたからこそ、生きることが出来ていた。だけど、暴力的で搾取するだけの父親と母は別れなかった。それは、私たち子供に対する愛情がないに等しいと物語っているのではないだろうか?

 こちらの世界に転生し、こちらの父母の愛情に接して転生前の母が子供のことを思っていなかったのだと気づいたのだ。なぜあんな男と別れずに居たのか。今でもそれは分からない。好きだったからなのかもしれない。それでも、私と弟を大切に思うなら別れてくれれば良かったのだ。それが出来なかったあの時の母親は母ではなく女だったのだ。だって、こちらの母フローラルは王女の地位を捨て、愛した男も捨て、お腹の中にいた私のために愛情を注いでくれる男と暮らすことを選んだのだ。王城での暮らしから、いきなり小さな町の小屋へ移り住むことの難しさを考えると頭が下がる。

 いつも笑っていた母フローラル。父のゲオが本当の父親だと思っていた私には、私を育てるために父親になってくれた血の繋がらない他人だという事実がひどくショックだった。母が王城を逃げ出したのは私のためだった。私を産んで育てるため。王城にいれば、王に子供を奪われることも考えられたし、半分血の繋がった弟との子供は「呪われた子」として生きていくことさえ出来なかったかもしれない。

 子供の私のために必死に行動してくれた母フローラルのこと考えた時、転生前の母の愛情が一瞬にして霧散してしまった。愛情だと思っていたものは別の何かだった。

 一方で、私にとって弟は守るべき存在だった。必死で私や母のために小さな手を伸ばしてきた。優しくて明るい性格だった。私は根暗で人付き合いが苦手だったけれど、弟のかおるは違っていた。だから、普通に学生生活を送らせてやりたかった。部活したり、友達と映画を見たり、夏祭りに行ったり……。私には縁遠いものだったから。

 一生懸命働いた。高校に通いながら出来ることなんて大したことはなかったけど。それでも、高校に掛かるお金、かおるの中学生活や部活にかかるお金、時々は生活費が足らなくて、徹夜で働いたこともある。楽しみは高校の授業の時間。知らないことを知ることはとても楽しかった。父は中学を卒業したら働けと言っていたけれど、母が珍しく父に反抗した。父が私を高校に進学させた理由は「中卒よりも高卒の方が、沢山稼げますから、高校に行かせてあげましょう」という母の言葉に利益を感じたから。私が働いたお金は全て自分のものだとでも思っていたのだろうか。

 父は本当にクズだった。

 私の死因は弟を庇って車に轢かれたことだけど。それも、父親が珍しく夜に家にいたからだ。父親が家にいる時、私たち姉弟は家を出て過ごした。幸い近くに二十四時間営業のスーパーがあったからそこで時間を潰していた。

 あの日、私が第一の生を終えた日も近所のスーパーに二人で向かっていた。

 スーパーと自宅アパートの間にある小道を渡ろうとした時、遠くからすごい勢いでこちらに近づいてくる車を発見した。小さな車のヘッドライトがすごい勢いで大きくなっていく。それほど車通りの多い道ではなく、特にガードレールもない。危険な匂いがしてもまさか歩道の方に突っ込んでくるとは思いもしなかった。

 暴走した車が歩道に突っ込んできた瞬間に身体が勝手に動いて弟を突き飛ばした。自分が逃げるという選択肢もあったのかもしれない。でもその時はそんなこと考えることも出来なかった。

 弟を突き飛ばしたところで記憶が終わっているから、そこで車に轢かれたんだろうと思う。もちろん、弟が無事だったかどうかも確認できてない。最悪、二人とも死んでしまったのかもしれない。

 まぁ、実際のことは何も分からない。ただ、あの意識のなくなる一瞬前。妙な安心感に包まれてしまった。

ーもう頑張らなくていいんだ。

 その時の気持ちはそれに尽きる。

 開放感が凄かった。

 心残りがあるとすれば、少しだけ仲良くなったバイト先の先輩のことだったかもしれない。でも、頑張らなくて良いという解放感には何も敵わなかった。死を目の前にして、恐怖よりも幸福感が勝っていた。その時、初めて「生きることが苦しかった」という事実に気がついた。

 弟はそんな私にいつもほんの少しの幸せを運んでくれる存在だった。自分のなけなしのお小遣いでバースデープレゼントをくれたりした。母でさえ「ごめんね」と言って私を抱きしめるだけだったのに。

 セドリックの笑顔はかおるの笑顔に似ている。屈託なく笑うその顔に私は今も癒されている。


 テオもまた、リックを弟のように感じているのだと思う。私のことは妹だろうか?テオの前世の人生がどんなものであったかは気になるけれど、私から聞くつもりはない。きっとテオのことだ、自分から話してくるだろうと思う。

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