第5話

 架空の人物の誕生日プレゼントを探すという不思議な使命のもと、アマーリエはバーナードを行きつけの雑貨店に案内した。


 ガラス玉や一般市民でも手が出せる輝石でできた耳飾りや首飾りを一緒に眺めたり、ガラスでできた香水入れにうっとりしたり。


 魔法関連の書店はこっちがおすすめだとか、文房具店ならグロース通り三番地のお店がイチオシだとか、取り留めなく話しながら街を散策した。


 文具店のショウケースを眺めるさなか、何も考えずに先日新調したペンを指さすと、隣から『アマーリエとお揃い……いや、色違いでいいから買いたい。引かれるだろうか。見つからなければアリなのでは?』という心の声が聞こえてきた。


 団長と色違いと思い浮かべれば、何かむずがゆくなる。別にそういう意味で口にしたわけではないのだけれど。


 でも、そわそわしながら店に一人入るバーナードを想像すると、どうしてだか胸の奥がきゅんとしてしまった。


「そ、そろそろお昼にしましょうか」

 気がつけば正午はとっくに回っていたどころか、お昼時のピークも終わりに差しかかっていた。


「そうだな。今日の礼だ。何でも好きなものを言ってほしい。私のおごりだ」

「いいのですか?」

「私は団長だ。部下に奢るくらいの甲斐性くらい持ち合わせている」


「ふふ。団員全員だと百人以上いますよ?」

「どんとこい」

「頼もしいですね。では、せっかくなので甘えさせていただきます」


 ここで固辞して上司に恥をかかせるのも本意ではない。

 でも、貴族の舌に合う店に予約もなしで入れるのだろうか。ドレスコードも心配である。


「私は野営の経験もある。兎やら鹿やらを仕留めて団員たちで囲むこともある。だからそう気負わなくていい」

「はい!」


 どうやらこちらの考えごとはお見通しであったようだ。

 では、と案内した食堂で、そのきれいな食事風景にこっそりドキッとしてみたり、伏せた瞳の白銀の睫毛の長さにちょっぴりジェラシーを感じてみたり。


 今日一日で随分とたくさんのバーナードを知った気がする。


「ええと、結局何を買うことにしましたか?」

「そうだな……」


 食堂を出たアマーリエはバーナードに尋ねてみた。

 一応今日のお出かけの名目ではあるが、又従兄の義理のお姉様の以下略は元々はアマーリエの創作上の人物である。


「一応……目星はつけてあるのだが」


 そう言ってバーナードはちらちらとアマーリエの方を窺ってくる。

 もしかしたら。


「あ、ちゃんと商品購入までお付き合いしますよ。男性一人では入りにくい場合もありますよね!」

「……いや、そういうわけでは」


 何か要領を得ないバーナードではあるが、もしかしたら商店での買い物自体がはじめてなのかもしれない。貴族は確かお金を持ち歩くことはなく、後ほど家に請求書が回り小切手で払うのだそうだ。


(あれ? でもさっきの食堂ではお会計時お金を出していたわよね。……金貨だったけど)


 食堂のおばちゃんの顔がぴしりと固まり、お釣りを用意してくると言い裏口から慌てて出て行ったことを思い出す。

 会話をしながら街中を流れる運河に差しかかった時。


「あんなところに子供がいるぞ」

「そういえば昨日もいたな」

「捨て子か?」


 通りすがりの人々の会話が耳に流れ込んできた。

 低い位置を流れる運河の両岸は煉瓦道で舗装されている。橋の麓に子供が一人うずくまっているのが見てとれた。


「あの。昨日からって本当ですか?」


 気になったアマーリエが尋ねると、先ほど件の子供について話していた男は「あ、ああ。目立つ髪色だからな。確かにあの子だった」と頷いた。


 うずくまった子供の髪は薔薇色で、あのくらいはっきりした色味は確かに珍しいし目立つ。


「置き去りか迷子か、どのみち保護しないと」

「そうだな。何か食べさせてやる必要もあるかもしれない」


 アマーリエの呟きに即座に返答があった。

 バーナードを見上げると、彼はすっかり騎士団長の顔へ戻っていた。おそらく自分も同じだろう。

 二人で近くの階段から運河に降り、子供に近寄った。


「こんにちは。どうして一人でいるの? お母さんは? はぐれてしまったの?」


 アマーリエがゆっくり話しかけると、子供がぱっと顔を上げた。

 驚くほどに整った顔立ちをしている。男の子だろうか、女の子だろうか。

 衣服を見る限り、男の子のようだ。


 これは早急に保護しなければ、どこぞの悪党に目をつけられたら攫われてどこかに売られてしまう未来もあり得る。


 薔薇色の髪に濃い緑色の瞳の少年は、まずアマーリエを見つめ、それから焦点を後ろへやった直後、ビエェェェと泣き始めた。


 思わず振り返ると、無表情で固まったままのバーナードがそこにいた。


(な、なるほど……)


 騎士団の人間ですら吹雪の騎士団長と呼ぶほどの冷徹顔面の持ち主である。

 それを子供の前に出せばどうなるか。

 こうなるのだというのを目の前の少年が体現していた。


「怖くないわよ~。一見すると表情筋が固まって常に不機嫌に見えるけれど、実は優しいのよ。大丈夫。お姉ちゃんがついているから。ほら、ここにいたらお母さんが見つけられないかもしれないし、まずは騎士団の建物に行こうか? ごはんもあるわよ~」


 少年を宥めたい一心で本人を目の前にさりげなく失礼なことを口走るアマーリエである。

 一方の彼はえぐえぐ泣いていたけれど、ごはんという単語にぴくりと耳を動かした。


「お腹……すいた」

「よし。じゃあ行こうか」


 顔を上げた少年はぎゅぅっとアマーリエに抱きついた。膝を地面に着けた状態のため、位置的に少年がアマーリエの胸に顔を埋める格好となる。


「なっ――!」


 上から恐ろしいうめき声が落ちてきた。


「うわぁぁん!」


 どこぞの悪魔も逃げ出すほど、瞳の中に殺気が混じっている。お願いだから子供相手に止めてほしい。泣いてしまったではないか。


(あれ?)


 ふと違和感に包まれたが、まずは再び泣き出した少年を宥めるのに必死になって忘れてしまった。

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