甘え上手な銀髪後輩ちゃんとクレイジー大和撫子お母さん

 私の名前は山崎シエラ。

 ご存知の通り、超がつくほどの天才である。


「しゅ、しゅ、しゅ……しゅびばぜんでしたぁ……!」


「あら~? いきなり全裸で正座して泣き出しちゃってどうしたの? 山崎ちゃん何か悪いことでもしちゃったのかしら?」


「だっでぇ……! だっでええええ!!!」


 私はとても頭がいいので、ガチ泣きしていた。

 こうもみっともなく泣くだなんて、幼いあの日の頃を思い出してしまうのだが……私は素晴らしいほどに頭がいいので、分かってしまうのである。


 目の前でニコニコと女神のような微笑みを浮かべては割烹着を着ておられる素敵なお義母様は、なんか、こう、ヤバいのだと。


「まぁでもバレちゃうような盗聴器を作っちゃうのは駄目よね。どうせならお守りの中に仕込んだりとかプレゼントとの合わせ技が好感度稼ぎ的な意味合いでも一番効率的よ? でもアプリは便利だからそっちの方面でも頑張ってね?」


「べんぎょゔになりまずゔゔゔ……!」


 こわいよおおおおおお……!

 この人なんかこわいいよおおおおおおお……!

 だずげでぇぜんばぁい……!


 今まで生きてきて自分よりも頭の良い人なんかに会った事はただの一度たりともなかったのだけれども、この人絶対に私なんかよりも頭良いよぉ……⁉ なんでそんな人材がこんな辺鄙な日本みたいなところにいるのよお義母様ぁ……!?


「清司の盗聴と盗撮は別にいいのよ? 私もお父さんでやってしまったからとやかく言えないわ。だけど、歌乃ちゃんと私の生活もあるから盗聴器とかそういうのは、ね? 一応、ね? 分かってくれたわ、ね? 山崎ちゃんは賢いから分かってくれるわよ、ね?」


「ひ、ひゃい……! わかりましたぁ……! ずみまぜんでしたぁ!」


「はい、よろしい」


 そう口にするとお義母様は手をこちらに近づけてきたので、私はその行動に対して反射的に眼球を守る為に瞼をぎゅうと思い切り瞑る。


 ――ぶたれる。

 ――なぐられる。

 ――いたいのが、くる。

 ――がまん、しないと。

 ――いたいのがきたら、すぐにあやまらないと。

 ――だって、わるいことをしたんだから。

 ――じぶんがすべて、わるい。

 ――じぶんだけが、わるい。

 

 ただひたすら、念仏でも唱えるように頭の中でそう思い続けて、私に来るのであろう痛みをやり過ごす準備をするのだが、いつまで経っても痛みは全く来なかった。


 やってきたのは、私の頭を大切なものを扱うかのように撫でてくれている感触だけであった。


「――え?」


 私は信じられないと言わんばかりに目の前にいるお義母様の表情を探るべく、恐る恐る顔を少しずつ上げると、上げようとしている私の頭に合わせて、撫で続けてくれているお義母様の姿がそこにあった。


 濡れている浴場の床だというのにも関わらず、彼女は自身の膝を床につけては座り込んで私の汚いであろう頭を撫で続けていたのであった。 


「どうしたの山崎ちゃん? 最初に言ったじゃないの、絶対に怒らないから大丈夫って……にしても山崎ちゃんの髪はやっぱり触り心地が最高ねぇ」


 よしよーし、と気が抜けてしまうような柔らかい口調で撫でてくれている彼女の手を払いのけるだなんていう発想は出てこなくて、私は黙って彼女に触られるがまま自分の頭を触らせ続けていた……というよりも、どうすればいいのか困惑していて何も出来なかったというのが実のところである訳なのだが。


「随分とまぁ、山崎ちゃんは甘えるのが下手だわねぇ。もうちょっと人に甘えたらどうなのかしら……って、人様の教育方針に口を出すのもアレだわね」


 まぁ軽く調べてみたら山崎ちゃんのお母さんは今年の4月に1年中海外出張に行っているから別にいいのかしら、だなんて歌うように私の家庭事情を口にしていたので、私は戸惑いを隠せなかった。


「……な、なんで知って……?」


「んー? そう言われても私、意外とこう見えても情報通なのよ? スーパーの特売日とか抑える主婦ですし。というか主婦なら誰でもこれぐらい余裕よ余裕。でも強いて言うのなら……そうね、ハーバード大学でママ友との付き合いを勉強しちゃったからかしら。あそこ、意外とそういうのが面倒くさくて」


「そう、言えば……お義母様がハーバード大学の出って、その……本当なんですか……?」


「うん、ほんとほんと。本場のアメリカのハンバーガーを食べたくなっちゃったからつい受験しちゃった。現地の友人からは『クレイジー大和撫子』なんて言われてて、ちょっとした有名人だったのよ? 銃を合法的に持てる場所だったとはいえ……おっと失言失言!」


「は、はぁ……」


「まぁ、私の身の上話なんて全然面白くないからいいわよ。そんな事よりも今は山崎ちゃんについてだわね!」


 そう口にした彼女は立ち上がっては脱衣所のタオルを取り出し、私に向かってこちらに来るようにと手招きしてくる。

 反射的に身構えてしまった私なのだが今の立場上で彼女に逆らえる筈もなく、私は彼女に誘われるがままに彼女の元に近づくと、お義母様は手に持ったタオルで私の身体に付いている水滴を拭い取ってくれた。


「いや本当にごめんなさいね、湯冷めとかしてない? お詫びと言っちゃなんだけれども身体だけは拭かせて頂戴ね!」


「え、いや、その……自分で出来ますので……!?」


「いいから、いいから!」


 彼女にされるがままに、まるで揉みくちゃにされるように私は彼女に身体を拭かれていく。

 

「はい、着替え! それとも私が着替えさせてあげよっか?」


「じ、自分で出来ます……!」


 ありゃ残念、と本当に残念そうな声を出してくる彼女を横目に見つつ、私はお義母様が用意してくれた衣服に袖を通す。


 衣服のサイズは当然、他人のモノを借りているので合わない。

 恐らく服のサイズから逆算するに、これは妹様の衣服であるのだろう。

 腕や脚、首などは私の方が長いので、どうしてもサイズは合わないのだが……それでも何とも言えないような気持ちに包まれてしまう。


「さーて、お次はドライヤーね。はい、そこの椅子に座って座って!」


 私は彼女に言われるがままに椅子へ座り、彼女は私の髪の毛を手に持つとドライヤーの電源を入れて、暖かい熱風をやけどしない程度の丁度いい温度で私の髪を乾かしてくれたのであった。


 ドライヤーの稼働音だけが聞こえて、偶に外からは虫の声が聞こえて、すぐ後ろから人の音がするという環境は、想像が出来ないほどに心に充足感を与えてくれた。


「――あの!」


 私の髪を乾かしてくれただけでなく、私が人として最低な事をしてきたのにそれを見て見ぬふりをしようとしてくれている彼女に対して、ドライヤーの風にも負けないぐらの大声を出した。


「なーに?」


 彼女には余りにも質問したい事があったから、私は脳内に準備しておいたマニュアルを捨てて、彼女と本心から会話すべく自分から声を出した。


「なんで……どうして……私を非難しないんですか? 私のやっている事はどうしようもないぐらいに犯罪です。それに私は先輩に嘘をついてしまっている。それなのに、何故……」


「かわいいから、いいんじゃない?」


 即答だった。

 まるで何も考えていないかのような即答だったのに、彼女が言う内容は目を逸らしてしまうほどに綺麗に輝いていた気がした。


「その理屈で言っちゃったらお化粧も駄目じゃない? だけど、そうありたい自分を誰かに見せたいから背伸びして頑張っている訳でしょう? なのに、その背伸び自体が悪いことだって言うのならどうすりゃいいのよって話」


 聞いていてまるで意味が分からない。

 だけど、私は黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。

 もしかすると、彼女が言おうとしている内容に私が追い求めているようなモノがあるのではないかと、藁にも縋るような気持ちで彼女が紡ぐ言の葉を聞いていた。


「見た感じ、山崎ちゃんは昔の私にすっごく似てるのよね。だから老婆心ろうばしんってヤツで1つアドバイス。いい? 嘘には良いと悪いがあるけれど、あれは言葉足らず。本当のは頭の良い嘘と頭の悪い嘘の2つ。で、世間的に悪いとされている嘘はバレてしまった嘘。要するにバレなきゃいいのよバレなきゃ」


「……」


「だからね。かわいい女の子っていうのは、えげつないほどに嘘をつくのが上手い子の事を言うのよ。つまり、山崎ちゃんはすっごくかわいいの! その調子で清司の事を騙し続けて『あぁ騙されたけどそれを許しちゃうぐらい好き!』ってさせれば山崎ちゃんの勝利って訳」


 それは本当にそうに違いない、と。

 私は鏡越しに写っている素敵な彼女の姿を見ながらそう思った。


「後、個人的な育成方針にしてワガママな話になるんだけれども、私は子供を良い大学に行かせるよりも、大学から出た後にどんなに嫌な事があっても頑張れるような素敵な思い出を親として作ってあげたいだけなのよね――はい、おしまい! よっし! 今日も山崎ちゃんはかわいいわね!」


 ドライヤーで私の髪の毛を乾かしてくれて実に満足げな笑みを浮かべる彼女と、今にも泣きそうになっている私の姿を、洗面台の鏡は見せたくもないのに見せてくる。


 まるでバレるような嘘をつくのはいけないと言わんばかりに、鏡は私の表情を見せてくれていた。


「――ふへ、ふへへ……う、ぅ……ぅぅぅ……うぅ、うわぁぁぁん――!」


 私は噓をつこうとして必死になって笑おうとしたけれども、やっぱりどうしても涙を出してしまっていて。

 そんな私に対して、いつまでも彼女は困ったような笑みを浮かべていて。

 けれども、すぐ離れることなんてせずに、黙ったまま私の傍を泣き止むまで、ずっといてくれたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る