甘え上手な銀髪後輩ちゃんと盗聴器

 俺は放課後、後輩の勉強を見ている。

 ……のだが、今日に関しては色々とありすぎて銀髪美少女後輩である山崎シエラは俺の家に泊まることとなり、今現在、お湯にゆっくりと浸かっているのであろう。


「さて、私たちが聞きたいことは分かるわよね兄さん?」


「……全く分からないんだが」


「とぼけても無駄よ清司。山崎ちゃんがお風呂から出る前には絶対に、お母さんたちはあなたの口を割らせるわよ!」


 一方、その頃。

 俺は母と妹の家族2人にあの美少女との関係について尋問されていた。

 母に関してはすっかり彼女の事が気に入ったようで、つい先ほどまでは山崎のことをさん付けだったのに、今ではちゃん付けであった。


「なんで私がお風呂でのんびりしていた間にそんな面白そうな事が起きている訳なのよ! 羨ま……いえ、なんで私を呼んでくれなかったの兄さん!」


「おい待て歌乃うたの。てめぇまで呼んだら色々とややこしい状態になるから止めて。おまえはさっさと髪の毛を乾かせよ」


「乾かす時間さえも惜しいの。とはいえ確かにシエラちゃんは銀髪の超絶美人よ。顔立ちもえぐいぐらいに整っているし、というか私と同じクラスで1番美人なまである。同じクラスの男子でシエラちゃんを意識していないヤツはいないって言っても過言ではないわ」


 実に神妙そうな表情を浮かべてそんな事を言いやがるのは、俺の妹の首藤しゅどう歌乃うたのである。


 そう、俺が勉強を教えている山崎シエラと俺の妹は同級生であり、彼女たちの仲は意外なことによろしかったりする。


 なので、先輩にして兄でもある俺個人からしてみれば、この事はあまり妹には知られたくなかったというのが本音だったりする訳なのだ。


「兄さんが言っていた学年一の美少女っていう評価もあながち間違いじゃない……というか絶対にそうなのよね。女として悔しいけれども認めざるを得ないのよ、えぇ」


「そうか、じゃあこの話はこれで終わり――」


 そう言って、この話を無理矢理中断しようとした俺であったが、そうは問屋が卸さない。


「――でも! 私には分かる。えぇ、私は分かってしまうのよ。あのシエラちゃんは何かを隠している。でも、その何かを分かっているのはこの私だけ――そう! シエラちゃんはドSよ! ドMの私にはすっごく分かる! 魂レベルで分かるのよ! あぁ! シエラちゃんの椅子になりたいわ私! 」


「歌乃? それ、人前には出さないようにね? 流石の山崎でもそれは流石に引いちゃうからね?」


「抜群のスタイル! 切れ長の瞳! 美しい銀色の髪! あれこそ私が追い求めていた理想の女王像よ! あー調教されてー……そんな思いを胸に私はシエラちゃんと友達になったの! まぁどうしてなのか分からないけれど、たまにシエラちゃんは怖い目をしつつ、鼻息を荒くしながら私の身体を見て『女体化した先輩だぁ……! ぐへ、ぐへへ……!』ってうわ言のように言っていたけれども……多分私を調教したいに決まっているんだわ!」


「絶対にそれはない。頼むから山崎にそんな姿を見せないでくれ」


 ご覧の通り、我が妹は筋金入りの被虐体質マゾヒストであった。

 そんな彼女が相手をからかう事が大好きで大好きで仕方がないのであろう山崎とばったり会ってしまったらどうなるかだなんて想像に難くない。


 というのも、つい先ほどまで山崎は初対面の妹に対して鼻血を出してはお尻を振りながら土下座をし、当の妹はあまりの山崎の美人っぷりに白目をむいて気絶してしまい、浴室に繋がる廊下はつい先ほどまで阿鼻叫喚の酷い有り様であったのだ。


「歌乃ちゃん? 今はそんなことよりも清司がどうしてあの美少女と親しくなっているかどうかを問いただすべきよ! 天国にいるお父さんにあの清司に彼女が出来るかもって報告しなくちゃ!」


「父さんは天国じゃなくてアメリカにいるんだが⁉」


「そうだね、お母さん。あのレベルの美人は美人局つつもたせの可能性だってあるんだから、兄さんの身を守る為にも詳細を聞き出さないと!」


「山崎は美人局なんかじゃないんだが⁉」


 家族の仲がよいのは大変微笑ましいものであるのだが、その内容が自分の恋愛事情であると思うと中々に複雑な心境に陥ってしまうものである。


 現に唯一の肉親である彼女たちは実に面白いと言わんばかりの素敵な笑顔を浮かべており、山崎がいないこの瞬間に俺から彼女の事を聞き出す気満々であった。


「だーかーら。そもそも俺は今年で大学受験なの。恋愛なんかに現を抜かしている暇もないし、俺と山崎はそんな関係なんかじゃない。あくまで先輩と後輩。勉強を教える側と教えられる側。ただそれだけだって」


「うっそだぁ」


「兄さん、嘘つくの下手過ぎない? 大丈夫? 面接に落ちるよ?」


「本当だって言ってるじゃん⁉ 何⁉ 母さんと歌乃は大学受験真っ只中の俺が恋愛にかまけて失敗に終わっても良いのか⁉」


「1回ぐらい浪人してもいいじゃないの、ねぇ歌乃」


「うん。来年は私と一緒に大学受験しようね兄さん」


「どいつもこいつも俺が受験失敗をする前提の発言じゃねぇか⁉︎ 俺は一発で通るわ! 通ってやるわ!」


「でも、清司の受験先って東大なんでしょ? 先生方は東大生を輩出したって実績が欲しいだけでしょ? お母さん、清司には山崎ちゃんの彼氏になりつつ東大生になって欲しいなって思ってるだけなのよ」


「すげぇ欲張りだな母さんは⁉︎」


「欲張りで何が悪いのかしら。どうせなら全部手に入れてしまえばいいじゃない。お母さん、今までそうして生きてきたわよ?」


 ニコニコと微笑む母を視界に収めつつ、俺は何度目になるか分からない嘆息を吐き出した。


 どうしてこうも女性という生き物は他人の恋愛事情に興味津々になるのかが全く理解できない……だなんて、頭を悩ませていると俺の妹は何かを思い出したかのような表情を浮かべては、あ、と小さく声に漏らした。

 

「そう言えば兄さん、さっき兄さんの学ランの中に何か入っていたから勝手に取ったけれども……これ何?」


 そう言って我が妹が寝着のポケットから取り出したのは……何だろう、これ。

 女物のアクセサリーのようだが、俺は男性なのでこういうものに見覚えはなかったし、妹が知らないというのに俺が知っている訳がない。


「ん? 何だこれ?」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



『ん? 何だこれ?』


「ごぼっ⁉ ごぼぼぼぼぼぼッッッ⁉」


 それは先輩の家にお邪魔した私は浅ましくも先輩と妹様がお入りになられた風呂に入りながらスマホを弄りつつ、自分の身の元を清廉潔白のものにしようとしている最中の事であった。


 なんか先輩の学ランに10個は仕込んでいた盗聴器の1つが偶々発見され、それを媒介に自分のスマホから先輩の声が聞こえてしまったので、その驚きの余り、私は入浴中であるのにも関わらず盛大に溺れてしまっていたのだである。


「えぇ⁉ なんでぇ⁉ 私はさっきちゃんとお母様の目の前で自作アプリのデータは消したわよ⁉ なのにどうして先輩の声が私のスマホから聞こえてしまう訳なのよ⁉」


 正気を取り戻した私はお湯の中から這い出て、余りにも動揺していたが為に心のままに叫んでしまう。

 だが、思いのほか浴室内で自分の声が反射して大きく聞こえてしまったので、私は余りにも大きすぎた自分の声に対して逆に驚く形になってしまった。


「……ぐ。思い出した……思い出してしまったわ……。そうね、確かあの盗聴アプリが第三者の手で消されても大丈夫なように改造したわね。消されても目に見えない形で自動的にあるいは半暴走的に作動し続けるように仕組んだったんだわ。ふっ、流石の天才ぶりね私――じゃないのよ私の馬鹿⁉」


 ごぼぼぼぼぼっ、と自分の頭を思い切りお湯の中に沈めながらも、頭が余りにも良いが為にまだまだ余力があったりする私はどうしようもない自責の念に駆られてしまう。


 もし、私が先輩の学ランに盗聴器を仕込むような変態で性格もクソ女だとバレてしまえばどうなる?


絶対に嫌われるに決まっているじゃないのよごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぼっっっ――⁉」」


 取り敢えず、私の叫び声で先輩のお家族が心配にならないように私は盛大に水中の中で叫んだ。

 目と鼻と口の中に熱いお湯が入ってめちゃくちゃ痛かった。


「熱ゥ⁉ お湯の中で叫ぶってそんなの馬鹿でもやらないわよ⁉ ……私は馬鹿じゃないわよ⁉ 盗聴器を作れる時点で馬鹿じゃないんですけどぉ! 作る時点で人道的にも大馬鹿者なのよこのボケナスゥ!」


 けほけほ、と器官の中にまで入ってしまったお湯を口の中から吐き出しつつ、私は完全防水機能を自己改造で備えつけたスマホを手にとりつつ、必死になって盗聴器アプリの強制接続を終了……は出来なかったので、次善策として強制稼働システムの有効時間を10分程度に縮める事を決意した。

 

「……ふっ、流石は私ね……めちゃくちゃ怖かったけれども何とかなるものね……」


 見事、稼働時間の短縮に成功した私は安堵のため息を吐きながら、再びお湯に肩まで浸かる事にした。


 いけないことではあるというのは重々承知ではあるのだが、このスマホから聞こえてくるであろう先輩の家族のお話に耳を傾ける事にした。


 盗聴器が見つかってしまったと言えども、私自家製の盗聴器は一見すれば何ともないような女物のアクセサリーにしか見えないようにデザインされている。


 後でそれとなく、それは私のアクセサリーだと口にして回収してしまえば何の問題にもならない――。


『あ! 分かっちゃったわコレ!』


『お母さん?』


『これ盗聴器だわ!』


「――なんでバレるのおおおおおおッッッごぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぉぉぉっっっ⁉」


 なんでお義母かあ様にバレるのよおおおおおおおおおおおおおおおお⁉ 

 これでも私は天才なんだけれども⁉

 常人には理解できないぐらいには天才の自負があるんだけれどもぉ⁉


『いやいや母さん。これ、どうみても普通のアクセサリーだよ? 多分、これ山崎のアクセサリーだと思うよ。というのもこの間、山崎にこの学ランを貸しっぱなしにした事があって』


 ナイスアシストですよ先輩!

 流石、私の先輩!

 私にしてほしい援護をここぞというタイミングで無意識にしてくれるの好き!


『んー。でもお母さん、こう見えてもなのよ? 懐かしいわぁ。大学生の時のお母さんはお父さんを嵌める為に盗聴器を作ったのよねぇ。同じ日本人がいたからついつい気になって……結局、在学中に子供を作っちゃって! それが清司だったりするのよ?』


「ハァァァァァバァァァァァァドォォォォォォォ⁉」

 

 ハーバード大学!

 それはアメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジに所在する私立大学であり……世界トップクラスレベルの超難関名門大学に、あのお優しそうなお義母様が⁉ 


 人は見かけによらないとは言うけれども、流石にそれはどうなんでしょうかお義母様⁉


 でも、好きな人の為に盗聴器を作るっていうのは私も同じですよお義母様!

 分かります! だって、愛だもの!

 出来る技術があったらっちゃいますよね! 

 分かります! だって、愛だもの!

 あの人の弱味を自分だけが知りたいっていう乙女心がウキウキしちゃうんですよね! 

 分かります! だって、愛だもの!

 

「――いや、分かったらすっごく私が困るんだけどぉ⁉」


『へー、なるほどなるほど。面白い作りね、コレ。なるほど、そういう仕組みになってるのねぇ。ほうほう……ほーう? すっごい良く考えられているわねぇ、面白いわねぇ。なるほど、だからスマホと連動できて……あ、そっか。そうすればいいだけなのね。これなら私にも出来そうね。今度作ってみようかしら』

 

「あわ、あわわ、あわわわ……⁉」


 不味い。

 声音だけで普通に分かってしまう。

 この声は……完全に理解わかっている人の声色だ……!


『いやいや、面白くない冗談はそれぐらいにしろって母さん』


『……………………。えー? 清司は私の冗談が面白くなかったって言うの? ひどーい! 清司が反抗期になっちゃった! ふふっ、ふふふ……」


 その一瞬の沈黙は何なんですかお義母様⁉

 その誤魔化すような、可愛らしい不気味な笑い声を発するのは止めてくれませんかお義母様ぁ⁉


『清司の言う通り、これは山崎ちゃんのアクセサリーだろうから、着替えを届けるついでに私が一緒に届けてくるわね! ちょっと待っててね!』


「ひぃ……⁉」


 待ってて、って何⁉

 文面上では先輩と妹様に言ったのだろうけれども、これ絶対に盗聴器越しの私に向かって言っているわよこれぇ⁉


 お、お、お、怒られるぅ……⁉

 これ絶対に怒られるわよぉ……⁉

 ニコニコとした笑顔を浮かんだお義母様にめちゃくちゃ怒られて嫌われて死ぬよりも酷い目にあっちゃうんだわ私ぃ……⁉

 この湯舟に頭を沈められて溺死させられたり、電源付けぱなっしのドライヤーを中に入れて感電死させられるんだわ私ぃ……⁉


「ど、ど、ど、どうしましょう⁉ 今からでも逃げ……どこに逃げるのよ私ぃ⁉」


 湯舟の中であたふたと騒ぎながらどうするべきなのか思案していると、浴室の間にある脱衣室のドアからコンコンとノックの音が聞こえてきて、それと同時に私の背筋に凄まじいほどの悪寒が走った。


「はゥあッッッ!? ごめなさっ!? 許してぇ!? す、す、す……しゅ! しゅびばぜんでしたあああああああ!!!」


『山崎ちゃん、湯加減は大丈夫ー? 着替えを置きにきたから失礼しちゃうわよー? あ、それから逃げなくても大丈夫よー? 何もしないし怒らないから安心してねー? 大丈夫大丈夫怒らない怒らない』


 スマホから、しっかりと、返事なんて聞こえないだろうに、明るい声色のお義母様がまるで返事を求めるように話しかけてきた。

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