甘え上手な銀髪後輩ちゃんは寒がり屋さん

 俺は放課後、後輩の勉強を見ている。


「今日はいつもよりも冷えるな……」


 昨日の気温は4月にしては異常気象のように暑かったのだが、そんな昨日とは打って変わって今日はかなり寒い。


 まるで昨日の温度を前借りしたかのような気温差であり、昨日の時点で冬服を脱ぎ捨てて合服で1日を過ごしていた生徒たちの大半が今日は冬服で登校していたので、それぐらいに今日は寒いという証左という訳でもある。


 とは言えども、それはあくまで朝だけの話であり、昼ぐらいになると学ランを脱ぎだした男子高校生で溢れかえっており、かくいう俺も4月の程よい暑さに思わず学ランを脱いだ。


 しかし、日が落ちかかっている夕方になると流石に冷え込むらしく、また寒さがぶり返してきて、風を凌げる学ランが恋しくなってきた。


「……にしても、山崎遅いな」


 俺は昨日……いや、勉強を見ている毎日である訳なのだが……ともあれ、後輩に襲われそうになったのだが、間一髪逃げ出した後、彼女の学力向上に付き合った。


 一応、彼女の勉強は見れたことは見れたのだが、やはりそれでも彼女の勉強にあてる時間を少なくしてしまったというお詫びも兼ねて、今日はとことん彼女の勉強に付き合ってあげようとは思った訳なのだが……肝心の彼女が空き教室にいないのである。


「……サボりかぁ……?」


 思わずそんな事を口にして、すぐさま俺は頭を振る。


 確かに彼女の成績は悪いのだが、彼女は典型的な勉強のやり方が分かっていないタイプの成績不良者であり、横で勉強を教えている俺でも分かるくらいには地頭自体はとても良い。


 それに彼女は俺に対して、色々と悪ふざけはするものの勉強会自体をサボるだなんて事はただの一度たりともなかったではないか。


 であるのなら、俺は彼女を探すべく空き教室から出て彼女が所属するクラスの教室に向かうべきか、あるいはこのまま待機しているべきか──と、物思いに耽っていると、俺はとある違和感を覚えた。


 その違和感の正体を突き止めるべく、数秒の間考える。

 答えはすぐに出た。


「……そこの椅子にかけてあった俺の学ランが無い……?」


 そうなのだ。

 俺の脱ぎ捨てた学ランが無いのである。


 俺が学ランを脱いだのはこの空き教室に入ってすぐの事だ。

 俺は学ランを脱いだ後、椅子に適当にかけて、用を足しにトイレに行った訳なのだが……。


「おやー? 何かお探しですかー? せんぱーい」


 いきなり後ろから胸が襲いかかってきた。

 違う。ただの胸じゃない。山崎シエラの胸であった。

 どうやら、考え事をしている俺の真後ろから彼女が抱きついてきたらしかった。


「ちょ、ちょっと……!? いきなり後ろから襲いかかってくんな……!」


「いいじゃないですか、そんな事」


「そう言えば、山崎。お前、俺の学ランがどこにあるか知ら──な……い……?」


 彼女に自分の学ランがどこにあるのかどうかを問いただそうとして、後ろから襲いかかってきた彼女を真正面から見据えると、そこには女子がまず着る機会が滅多にないであろう学ランを羽織った山崎シエラの姿がそこにあった。


「えへへー。寒かったから着ちゃいましたー」


 黒い学ランと、彼女の銀髪と、男子が羽織る学ランであれば現れる筈がないのだろう僅かに丸い膨らみが、余りにも刺激的すぎた。


「お、お、お──!? お前何やってんの──!?」

 

「えへへ、山崎シエラ改め、首藤シエラでーす」


 キラキラと輝く学ランに彫られた『首藤』という苗字。

 そりゃあ当然だ。

 だって今の山崎シエラは俺の学ランを身にまとっている訳なのだから、彼女の苗字が俺の苗字に一緒になるのは何もおかしいことは――おかしい事だらけじゃい!


「嫁入り前の女の子がそんな事言っちゃいけません!」


 俺はそんな事を言いながら、彼女から距離を取るように後ずさる。

 銀髪美少女の髪色と、黒い学ランの色という相反する色の組み合わせはとても魅力的で、自分の心臓が痛いぐらいバクバクと高鳴っており、そして『首藤』という自分の苗字が縫い付けられた俺だけの学ランを彼女が羽織っているという事実に俺は思わずたじろいでいた。


「じゃあ、私はいつ首藤って、言えばいいんですかねー?」


「……ノーコメントだ!」


 しかし、体育祭の応援団で目にするような格好をしている彼女は余りにも魅力的すぎた。


 女性にはサイズが合わな過ぎてぶかぶかの学ランに、その学ランからはみ出るように見えてしまうスカート。

 そして、いつも見慣れている彼女の黒タイツはこの日に限って、丈の短い靴下であり、彼女の魅力的な生足を見せつけていた。


 黒色の学ランと彼女の綺麗な銀髪。

 露出の少ない学ランでは目にする機会が滅多にないであろう色白な彼女の生足。


 ……やべぇ。俺、学ランフェティシズムになりそう……!


「──じゃねぇんだよ俺! 早く返せ! こんなの先生に見られたら色々と不味いって!」


「はーい、いいですよー」


「……え?」


 意外な事に彼女は俺に反発することなく、学ランの返却に応じてくれた。

 いつもの彼女であれば、すぐに駄々をこねるだろうにこれは一体全体どうしたのだろうか。


「そういえばですねー? 今日も私、小テストで満点取ったんですよー。今日は古文だったんですよー。いやー、先輩が勉強を教えてくれたおかげで小テストが最近楽しくてですねー?」


「お、おう」


「という訳で、今日のご褒美は……この学ランを脱がすことでーす」


「ご褒美……? え、そんなのがご褒美でいいの……?」


「ですですー。流石に今までの私はちょっとワガママだったかなー? って反省しましてねー。という訳で今日のご褒美はそれでお願いしますねー?」


 こうして先輩の学ランを着れただけでも十分ご褒美なんですけどねー、と彼女は余裕綽々と言わんばかりの笑みを浮かべながらそんな事を言ってきた。


 確かにいつもの彼女の過激なご褒美に比べれば……って、女子の着ている衣服を脱がすのも十分に過激ではないだろうか?


「……まぁ、それぐらいなら……」


 いや、そもそもこの学ランは元をただせば俺のものだ。

 自分の学ランを返してもらうだけなのだから、何もいやらしいことなそ存在しない。


 俺は心の中で何度も念仏を唱えながら、彼女が着用している学ランの第1ボタン──すなわち、彼女の首から一番近いボタンを外した。


 少しはだけた彼女の首元の肌が露出する。

 それだけでも何かいけない事をしているような気分に陥ってしまって、頭がどうにかなってしまいそうになった。


「あは。そこからやりますかー。知っていますか先輩? 第2ボタンって心臓に一番近いらしいですよー?」


 俺は彼女の言う事と自分の心拍音を無視して、第2ボタンを外す。

 













 ──すると、何も着用していない彼女の胸が現れた。













「いやーん。先輩のえっちー」


「ちょ、ちょ、ちょ!? ……ちょっ!? はぁ⁉ なんで何も着てないの⁉」


「上半身、学ラン以外何も着ていないですよー? 裸で寒かったので、先輩の学ラン着ちゃいましたー。えへへ、うっかりうっかりー」


 そう言いながら、彼女は蠱惑的な笑顔を浮かべて。


「さてさて、どうします? このまま第3ボタンを外します? それとも一番下のボタンから外します? あ、でも一番下のボタンから外したら、私の大事なところが見えちゃうかもですねー?」


 そして、彼女は俺の顔にぐぐいっと近寄る。

 俺が彼女から逃げるように一歩後ずさると、今度は彼女が俺に一歩近づいてくる。

 

 一歩、また一歩と後退していくと、どん、と教室の壁が俺の背中を軽く打ち、背中を壁に押しやられた俺の逃げ道を塞ぐように彼女は俺の左右の真横にどん、と壁に向かって手を突きつける。


 ……逆壁ドン、だった。


「ねぇ、先輩……。早く私を脱がして……?」


 子供が甘えるような声音で、何とも艶めかしい上目遣いでこちらを一瞥しながら、彼女はとんでもないほどにとても蠱惑的な言い方をしてくる。そんな彼女を前にしてしまった俺は。

 俺は……!

 俺は、我慢できずに──!








「ちゃんと洗って返してね────!!!」






 真横の逃げ道が塞がれていたので、俺は唯一空いている隙間……彼女の足元から逃げ出した。


「あ」


 そうするのは計算外だと言わんばかりの声をあげた彼女の綺麗が過ぎる両足の隙間からいきなり頭を突っ込んだ俺に対して、かわいい後輩はわなわなと震えだして。 


「きゃああああああああああああああ⁉」


 そんなとてもかわいらしい悲鳴を聞きながら、俺の頭が彼女のスカートの裾を軽く翻すついでに、彼女のすべすべといつまでも触っていたくなるほどに柔らかくて弾力のある肌に触れてしまった。


「ひゃん⁉」


 ――何とは、言わないが。

 黒だった。

 大人らしい、まるで勝負に挑む時のような、色であった。


「な、な、な……にゃあああああああああああああああああああああああ⁉」


 そんな後輩の言及から逃げるように、俺はいつものようにその場から逃げ出した。

 我ながら、よく理性が保っていられたものである。

 もし、あの時彼女の足元が疎かでなかったのなら――なんていう怖い想像をしながらも、未だにバクバクと鳴り続ける心拍音を走っている所為にして俺はその場から離脱したのであった。







━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「あ、あ、あ……あ、あぁ……ぅ……ぁ……ぁぅ……!」


 見られた。

 見られた、見られた。

 見られた見られた見られた……!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 私はやり場のない思いを解き放った。


「なんで今日のこの日に限って可愛くない下着を着けてしまうのよこの馬鹿! なんで先輩の学ランを羽織る事だけに着目したのよこの馬鹿! なんで足元という逃げ道を作ったのよこの馬鹿! この私の完璧な計画が! 私とかいう馬鹿の所為で! めちゃくちゃになったじゃないのよ⁉ このボケナスゥ!」


 黒色って何よ、黒色って⁉

 男の人って清楚なイメージがある明るい色が好きだっていうのに、どうして今日のこの日に限って自分の趣味を優先させたのよ、朝の私!


 そりゃあ、まぁ?

 朝の私は低血圧だから、ぼーっとはしたわよ?

 先輩の事を考えながら登校の準備をしていたらいつの間にか、これいいなぁ、って衝動買いした黒色の下着を着てしまって、制服に袖を通した訳で?

 そう考えたら、制服って下着の一種よね。

 先輩って、いつも全裸の上に制服を着てるだなんてエロい――。 


「――ってぇ! その理屈で言うのならこの先輩の上着って実質的には下着じゃない⁉ 何⁉ 今の私って人の下着を着用している変態じゃないの⁉ 頭に女性のパンツを着用するド変態と一緒じゃない⁉ 私はそんなド変態じゃないわよ⁉ まぁ確かにすっごく気持ちいいですけど⁉ でも今の私は上半身裸だから仕方ないじゃない! そう上半身は全裸――誰がどう見ても露出狂の格好じゃないのよ私ィ⁉」


 にゃあああああああああああ、と本当はクールで頭脳明晰で冷静沈着な私が言う台詞とは思えない叫び声をあげながらも、私はとある考えに至った。


「……黒色の下着のイメージって世間的にはどうなのかしら……」


 今まで全く疑問に思わなかった疑問を解き明かすべく、私はさっそく手元のスマホを取り出して画面を開き、パソコンのタイピングよりも早い速度でスマホに文字を入力し、適当な情報が書かれたサイトを開く。


 とはいえ、所詮はネットの情報だ。

 ネットの情報を鵜吞みにするのは只の馬鹿……ゆえに頭の出来が違う私はそんな不確かな情報を鵜吞みになんかしない。


「どれどれ……【黒色を選ぶ女性は上品で洗練された大人のイメージの下着を好む傾向にある】……まぁ、ありきたりで無難な内容だけれども、そうよね。私は大人のように冷静ですものね」


 そんなこんなで書かれている内容を適当にあしらいながら、文章の続きに目を通す。

 

「えっと……【一見クールでかっこよく素敵に見られがちですが、実は非常に情熱的な女性!】……はい嘘。絶対噓。これ嘘。所詮はネット情報ね。まぁ? 確かに前半部分は合っているでしょうけれど? 私が? 非常に? 情熱的? ありえない。絶対にない。私はクールよ。頭がいいの。そこらの人よりも頭はいい。そんな冷静極まりない人間が情熱的だなんて矛盾極まりないわよ」


 ふん、と私はネットの誤った情報に対して勝ち誇るように鼻を鳴らして、戯けた文章の続きを読んだ。


「ふむふむ……【愛する人のためには苦労を惜しまない一途でかわいい性格の人! 恋愛では自分が主導権を握ったり、計算されたかわいさを見せて素敵な女の子を演じがち! だけど、本当は弱さを隠して強がり過ぎる嫌いがあるかわいい女の子! 素直にその弱さをアピールすれば、相手の男性の心をしっかりと掴むことができるよ! ファイト!】……ですって⁉ やったー! ありがとう! ――じゃないわよ⁉」


 私は思い切りスマホを教室の壁に投げた。


「はー⁉ この私のどこがかわいいって言うのよー⁉ はー⁉ これ全部私のことじゃないのよー⁉ はー⁉ ネットの情報なんて全部嘘に決まっているのになんでこんなにもドンピシャなのよー⁉」


 にゃあああああああああああああああああああああああ、と何度目になるかも分からない叫び声をあげて、私はよろよろと教室の片隅に落ちている自分のスマホを回収した。


「…………………………………………………………………………………他の情報サイトを見てみましょう。うん、1つだけのネットの情報を鵜吞みにするのは馬鹿のやることだし……別に私はそういうの信じてないし……こういうのって統計的に判断するのが一番大事だし……うん、そうよ……私は頭がいいからネットの情報なんか絶対に鵜吞みになんかしないし……」


 そうこう言いながら、私は数多くのネット情報を閲覧し、ふざけた叫び声を何度もあげて、スマホを何回も壁に投げる日になってしまったのであった。

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