甘え上手な銀髪後輩ちゃんに対策したい

 俺は放課後、後輩の勉強を見ている。

 見ている、のだが──。


「最近、山崎のヤツと真面目に勉強が出来ていない気がする……」


 そもそも思い返してみれば、山崎シエラが当たり前のように小テストで満点を取っては、彼女が要求するご褒美によって俺が遊ばれてしまうという構図が出来上がっているのである。


 しかし、俺が彼女に勉強を教えているのはあくまで彼女の成績を上げる為であり、強いては他者に勉強を教える事で自分もその教科に対する理解度を深めるという健全な目的があり、断じて勉強会という名目で破廉恥な事をする為ではないのだ。

 

「そもそも、どうして俺が山崎に揶揄からかわれてしまうのかを分析する必要があるな……」


 テストで良い点を取る為に必要不可欠な事がある。

 それは自身の弱点を探し、その弱点を認め、その弱点を克服する事である。


 では、彼女がこの教室に来る前に今一度思い返してみよう。

 彼女が俺にされた『揶揄い方』は如何様なものであっただろうか。


 まず、1回目。

 俺が彼女に始めてされてしまった揶揄いである所為か、とても印象に残っているその揶揄い方は──


「……健全な意味での保健体育だ……! きっとそうだ……! 俺が思い浮かべるようなふしだらな保健体育であるはずがないだろう……!」


 俺は頭の中に浮かんできた雑念を振り払い、続いて2回目の記憶を呼び起こす。

 2回目の彼女の揶揄い方は──


「……緊張しすぎて味を覚えてねぇ……! 取り敢えず、すげぇ甘かったのだけは覚えているけども……!」


 駄目だ。全然対抗策が思いつかない……!

 だが、諦めるな俺。

 人はいつだって頭を働かせて生きてきたではないか。

 そんな人間である俺が思考を放棄してしまえば、それこそあの山崎シエラの思うつぼではないか……!


「3回目……! 3回目は確か……!」


 なんだかんだで彼女の胸を拭く事になった。


「……今思い返してみたけど、本当になんで……!?」


 いや、学園一の美少女の胸を合法的に触る機会を得てしまい、彼女に自身の胸の間にたまった汗を拭いて欲しいとお願いをされてしまった訳なのだが、本当にどうしてソレが小テストのご褒美に繋がるのだろうか?

 

 そもそも、そんなのはこっちの方がご褒美なんだけど!


「だって仕方ないじゃん! だって顔面が超タイプなんだもん! 銀髪美少女とか俺超好きなんだもん! 座学を受けているときに、外で体育の授業をしている山崎を見入っていた事もあるぐらいだもん! 銀髪だから見つけやすいんだよ! 美少女すぎてあいつが怖い目に合ってないか不安だもの俺! 寝る前についついあいつの事を考えてしまう事が多くなってきやがったんだよ俺! 受験生なのに受験の事よりもあいつの事を考える時間が多くなってんだよ畜生ォォォオオオ!!!」


 俺はあくまで受験生……!

 受験生に恋愛なんて邪魔でしかないだろう……!

 そんな自負が俺の理性を繋ぎとめていた。


 ……受験が終わったら、俺は、俺は──!


「俺の受験終わったら今度はあいつの受験だろうがァァァアアア!!!」


 なんであいつも受験なんだよぉぉぉ……!

 早くそこいらの彼氏彼女みたいに色々とデートとかしたいのにさぁぁぁ……!


「落ち着け俺! 先輩の俺があいつの受験の邪魔しちゃ駄目だろうが! はい、次! 次に山崎が俺にやりやがったのは――」


 俺の学ランを半裸の上から身にまとった。


「俺の学ランから山崎の匂いが少しして興奮するんだよぉぉぉオオオ!!!」

 

 いつも匂いなんていうものに意識はしていないのだが、上半身裸だった彼女が身につけていたという事実がどうしようもないほどに頭をおかしくさせてくる。


「……落ち着け! そもそも女子なんて全裸の上に服を着るような存在じゃないか! ならそこら辺にいる女子はほぼほぼ全裸じゃないか! うん! そうだよ!」


 そんな暴論で自分の頭を落ち着かせ、人並み程度の落ち着きを取り戻した俺は――その後、山崎シエラが俺に見せてしまったあの下着の色を思いだした。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!! 最低だ! 付き合ってもいない女子のパンツを覗くって人として最低じゃないか⁉ ……って! 付き合うってなんだよ⁉ 俺ごときがあんな美少女と付き合えると思っているのか⁉ そうだよ! 付き合いたいよ馬鹿野郎!」


 そう思う俺の脳内は彼女の顔やら胸やら脚の肌やら下着やら……とにもかくも、男子高校生としては健全なのだろうけれども、人としてはどうしようもないほどに最低最悪であった。


「……くそぅ……! だが彼女にやられっぱなしっていうのも俺の信条じゃない! 対策を……! 何か対策をしなければ……!」


 対策という名目で俺は再び彼女の事で頭をいっぱいにする訳なのだが、どうしようもないぐらいにエロい目で見てしまっていたのは……彼女の胸だという事実に気づいた。


 確かに俺は山崎シエラの日本人らしからぬ豊満な胸を思い出して人間として大切な何かを手放しかけた訳なのだが……どちらにせよ、俺は彼女のおっぱいにとても弱い事が判明した。


「なるほど、今までのデータを参照するに俺の弱点は山崎シエラの胸という訳か。ヤツの胸はでかい。認めよう。ならば後は弱点を克服するだけの事──無理じゃねぇかコレ⁉」


 そうこう考えているうちに、空き教室の扉がガラガラと開かれる音が響いたのと同時に、俺は彼女の揶揄いに対しての臨戦態勢に移る。


「来たな、山崎! 今日の俺は多分無敵だ! さぁどんなご褒美でもくるがいい! 今日こそ俺は耐えて見せるぞ、多分!」


「あはは、ごめんなさーい。今日の小テストは満点じゃないんですよー」


「──え?」


 間延びした返事で、想定していていなかった返事をしてみせたのは件の銀髪美少女の後輩であった。


 いつも小テストで満点を取っていた彼女が今日のこの日だけ、小テストで満点を取っていなかったと口にしてみせたのだ。


「本当ですよー? ほら、じゃーん。いやぁ、まさか名前を書き忘れるだなんてうっかりうっかり」


 彼女が俺に見せて来た小テストを両目でしっかりと確認してみたのだが、確かに彼女のテスト用紙は満点という表記にはなっていなかった。


 答え自体はどれも全て当たっている。

 問題は名前を書き忘れていた事による満点の失効であったのだ。 


「いやぁ、私がこんな馬鹿だったなんて信じられなーい」


 そう彼女はけたけたと愉快そうに笑って。


「で、す、の、で。今日のご褒美はありませーん。いやー。残念残念ー。私、色々考えてきたのに全部無駄になっちゃったなー」


 そう言いながら、彼女はわざとらしく言って見せる。

 明らかにどう見ても、彼女はわざと満点を取っていなかった。


「あれ? あれれ~? せんぱーい。もしかして今日も私が満点を取るって思いました? そんな残念そうな顔を浮かべちゃってー。まるでご褒美がお預けされてしまったかわいい子供みたいな顔してますねー?」


「ち、違っ……! お前が0点を取ってしまったからちょっとショックなだけで……!」


「えー? 本当にー? 本当にそれが原因なんですかー?」


「そ、そうだよ……!」


「0点取っちゃって恥ずかしいなー? あ、でも、そんな私よりも恥ずかしい事を考えている人が目の前にいますねー?」


 そう言うと、彼女はわざとらしくこちらに近づいてきて。


「ねぇ、先輩。本当は私に何をされてしまうんだって考えていたんですよね? 隠さなくてもいいんですよぉ……? 先輩は最初から私の掌の上ですのでー。先輩の考える事なんてまるっとお見通しなんですよー?」


 そして、彼女は決め台詞を言うかのように息を思い切り吸い込んで。











「──先輩はどうしようもない変態さんですね」











 そう冷たく言ってのける彼女に思わずゾクゾクと興奮してしまった自分がいる。

 そんな俺の様子を見て、くすくす、と満足そうに笑う彼女はまさしく魔性の女であった。


「こ、こ、こ、今度は……ちゃんと名前を書こうね……?」


「はーい。分かりましたよ先輩?」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ――それは数時間前の屈辱的な出来事であった。


 私、山崎シエラはクラスの中で一番頭が悪いという設定でこの高校生活を1年間と少し送っている。


 その甲斐もあって、先生や周囲のクラスメイト達に共感を誘発させ、3年生で1番頭のいい先輩に勉強を教えて貰っているという名目で少しずつじんわりと成績を伸ばしつつある最中だ。


 出る杭は打たれる、という諺が日本にはある。

 これは言葉通りの意味で優秀すぎる人間というモノは周囲の愚者によって虐められてしまうという意味合いであり、小・中学生の時に自身の才能を遺憾なく発揮してしまった私は周囲に溶け込めなかった。


 その反省を活かして、私は高校生活の際には敢えて馬鹿を演じるという縛りを入れて、その屈辱に耐えること1年。

 

 私はようやく本来の実力を発揮できるようになった。

 

(小テスト……制限時間は10分だけれども暗算でもう解いたのよね……)


 小テストのプリントを渡された瞬間にちらりと見えた問題文をすぐに脳内で暗記し、それ1秒を足らずで暗算してしまった所為でつまらない時間は更につまらないモノになってしまった。


 テスト開始という先生の宣言を耳にするのと同時に、すらりすらりと脳内に書き起こした計算式を1分程度で書き写し、おかげ様で恐ろしいぐらいの暇になってしまった私は、ある訳がないとは思いつつも小テスト用紙に書き損じがないかどうかを確認すべく見直しをしていた。


(……っと、危ない危ない。名前を書き忘れていたわね……)


 先ほどのような解き方をしていると、どうしても名前を書くという事を失念してしまう傾向にある訳なのだが、どうせ時間は余るし、私はとても頭が良いのでそんな見落としにもすぐに気がついてしまうので別にどうという事もない。


 だがしかし、ミスはミスである。


 私は空白になっている名前を書く欄に自分の名前である『山崎シエラ』を書こうとして――あの人の苗字と自分の名前を書いた。


(……えへ、えへへ……書いちゃった……書いちゃったわ……!)


 首藤シエラ……なんていう名前を想像してみただけで思わず頬が情けなく緩んでしまう訳なのだが、これは仕方ないと思うのよ、うん。


(そう言えば昨日、先輩の学ランを着ちゃったなぁ……! ふふっ、朝早くから先輩の家にお邪魔して、洗った制服を返す流れで一緒に登校しちゃったのよね……! あぁ、幸せだったなぁ……! 先輩と私って家が逆方向にあるものだから帰宅も途中までなのよね……もうこうなったら引っ越そうかしら。うん、最近は株で一山当てたし、趣味で作ったAIやアプリの特許も申請したから、自分で使えるお金はあるのよね。だったら、この授業が終わった後にでも先輩の近くにアパートがないかどうか調べてみようかしら……)


 そんなこんなでニタニタしながら、これからの先輩との1年間を送り続けるであろう生活の妄想をしていたけれど、これも仕方ないと思うのよ、えぇ。


(先輩の近くのアパートに住んでぇ……? 先輩の家に引っ越しのご挨拶をしてぇ……? 先輩の家族に会ってぇ……? 一緒にご夕飯を食べる事になってぇ……? それからなんだかんだでお風呂に一緒に入ってぇ……? なんだかんだで一緒のお布団に入ってぇ……? そうね、子供の名前はどうしようかしら……?)


 えへ、えへへ、と私は賢いので声に出さずに笑いながら、小テストの真っ只中にそんな妄想に耽っていた。


「はーい、小テスト終わり。後ろから解答用紙を集めろー」


 そんな先生の声を耳にしながらも、私はそれでも先輩との甘い生活を妄想していた。

 とはいえ、これぐらいはまぁ、恋する少女であれば至って普通の事であるとは思うわけで……そうだ! 決めちゃった、決めちゃった! 子供の名前は――。


「――名前?」


 そう言えば、このテスト用紙の名前って書き直していないような――?


「――はぅあッッッ⁉」


 私は急いで消しゴムを取り出して、周囲にバレないように迅速に名前を消し、そして本来書き込なければならない自分の名前を書き入れようとして――。


「おーい、山崎。時間だぞ。最近は勉強を頑張っているとはいえ、時間を守らないと成績下げるぞ?」


「え⁉ あ、えっと、そ、そのぅ……す、すみませんッ⁉」


 教壇の前にいる先生からそう言われ、私の横に立つ生徒は早く解答用紙を渡せと目で訴えており、私は泣く泣く名前が書いていない解答用紙を渡さざるを得なかった。


(そ、そんなぁ……⁉ え、嘘でしょ? こんなことある? ないわよね? なんで? なんでこの私が名前を書いていないという初歩的なミスをやらかして0点を取ってしまう訳? え? じゃあ今日の先輩からご褒美は? え、ないの? 軽く1000個ぐらいは考えていたのにぃ……⁉)


「にゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「こらー。山崎。うるさいぞー」


 ――これが私の人生で初めて、0点なんていう屈辱的な点数を取った瞬間の話であり、人生で始めて先輩からのご褒美を貰えなかった日の話であった。

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