甘え上手な銀髪後輩ちゃんとラムネ菓子
俺は放課後、後輩の勉強を見ている。
「勉強疲れましたー」
「ん。そうだな、この辺りで休憩を挟んでおくか」
学校が終わり、放課後の空いた時間を利用して勉強会を始めること数時間。
時計は午後6時ごろを指し示しており、勉強の疲れが溜まったのであろう銀髪美少女の彼女は机の上に突っ伏していた。
4月であるおかげか空はまだまだ明るく、取り敢えず学校が閉鎖される午後7時ギリギリは居座って勉強したいところではあるのだが……勉強に疲れたのであれば、素直に勉強を休むのもまた勉強である。
そもそも、勉強とは有意義な休みの時間を取れるかどうかも重要だ。
難関大学を目指して無理して勉強し続けてきた結果、本番で体調を崩し、絶好調とは言えない状態で試験を受けてしまって最悪な結果を迎えてしまうだなんて、本当にある事であるのだ。
……なんて、どこぞの受け売りではあるのだけれども、俺は後輩にとあるブツを渡す事にした。
「ほれ、ラムネ。ラムネに含まれているブドウ糖は効率良く糖分補給できるから勉強後の栄養補給には最適だ。食え」
「んー? わー。ラムネだー。せんぱーい。食べさせてくださーい」
俺の方に顔を向けて、まるで餌を求める魚のように口をパクパクさせてくる彼女はやっている事が幼いというか……そんな綺麗すぎる顔面でそんなあどけない事をしてくるだなんて夢にも思わなかった。
「い、いや自分で食べろって……!」
「あーんですよ、あーん。ほらほらー。はやくー。してくれないんですかー?」
「しません!」
「先輩はビビりですねぇ」
「ちょっと待った、それはどういう意味だ」
「私の唇に指が触れたらどうしようって考えていたでしょ?」
「……ノーコメントだ!」
無論、噓である。
彼女の唇は薄い桜色をしており、大変
もし、あんなに綺麗な唇に俺ごときの指が触れてしまえば俺はどうなる?
絶対に俺はきっと知らない世界を知ってしまうに違いないではないか!
「せんぱーい。あそこ、また大きくなってますよー?」
「……は!? ち、ちが……! 俺は何もいやらしい事なんて何も考えては……!」
「うそでーす。えー? 先輩は何が大きくなっていると思ったんですかねー? あは、先輩は変態さんですねー?」
「お、お前なぁ……!」
「という訳で私にラムネ菓子をくださいよー。ほら、あーん。はーやーくー! あーん!」
「絶対にするか!」
口を尖らせながら、可愛らしく抗議してくるシエラを出来るだけ無視して、俺は手で掴んだラムネ菓子を複数個、彼女に手渡す。
「んー。美味しー! いやぁ、ラムネは疲れた頭に効きますなー」
俺から受け取ったラムネ菓子をすぐさま受け取った彼女はすぐに口の中に入れて、その味を楽しむと、まるでご年配の方がとるようなリアクションをしてみせた。
「分かる。疲れた頭に効くよなぁ」
「身体が求めてるって感じがしますよねー」
「だよなぁ」
2人で吞気にそう言い合いながら、俺たちはラムネ菓子を食べていく。
今まで彼女に教えていた事もあり、俺も知らず知らずのうちに勉強による疲労が溜まっていたらしい。
彼女と一緒に食べているという事実もある為か、いつも食している筈のラムネ菓子は普段よりも甘いという錯覚さえ感じさせてくれたのであった。
「これで冷たいお茶か何かがあれば完璧なんですけどねー。自動販売機で何か買ってきましょうかー? パシられますよ私ー」
「いや、喉乾いてないから俺はいいや。山崎が飲みたいなら買えばいい」
「私もいらないですかねー。いやぁ、こうしているだけでも縁側に佇む夫婦って感じしちゃいますねー。そうだ、結婚しません? 結婚」
「しません」
「しましょうよー」
「しません。勉強します」
俺の返答に対して文句を言い募らせる彼女であったが、急に何か名案でも思いついたのか、両手を合わせて軽い音を周囲に鳴らしてみせた。
「あ! 先輩先輩! 私、良い事を思いついちゃいましたよ!」
「何だよ」
「このラムネ菓子を更に美味しく味わう方法です! 先輩で勉強させて貰ってもいいですか!?」
「え、ラムネ菓子を美味しく味わう為に俺が必要になるの?」
「えぇ! その食べ方をする為には先輩が必要なんです! という訳で私が今からやる事を真似してくださいねー?」
「……? 分かった」
彼女のやりたい事が分からないまま、俺は疑問口調でそう答えると彼女はラムネ菓子を唇にはめ込む形で安定させたきたので、俺は彼女がやりたい事を察した。
「お、笛ラムネか。懐かしいな、俺も子供の頃はそうして遊んでいたな」
確かにこのラムネ菓子は笛として遊べる機能がついてはいるのだが、果たしてそれが美味しく味わう為に必要な事なのだろうか?
俺は疑問に思いながらも彼女がやって見せたように、自分の唇にはめ込むようにラムネ菓子を口にする。
――その行為が終わるや否や。
彼女の端正な顔面が俺の眼前に近づいてきて――。
「んちゅ――」
彼女の舌が俺の唇をこじ開けて。
彼女の舌が俺が咥えていたラムネ菓子を奪い取って。
彼女の口の中に入っていたラムネ菓子が、俺の口の中に入れ込んで。
彼女の舌と俺の舌が絡み合った。
とても、甘かった。
「――――!?」
突然の出来事のあまり、俺は急いで彼女から距離を取った。
口の中には彼女が咥えていたラムネ菓子と、彼女の唾液と、彼女の熱が暴れ回っていた。
「えへへ。先輩のラムネ、甘いですね……? とっても、あまぁい……」
彼女の口周りについた俺の唾液を、彼女の赤い舌が舐めとる。
そんな彼女は余りにも魔的であった。
「ご馳走様でした……。先輩のラムネ、とっても美味しかったですよ……?」
余りにも挑発的な態度を取ってみせる彼女を、俺は見てはいけない目で見てしまう。
……心臓の音が、うるさい。
……別にいいじゃないか、と別の俺が叫ぶ声がうるさい。
「じゃあ、先輩。勉強の続き、しましょうね……?」
まるでいけない事をしでかすような彼女の蠱惑的な笑顔を前にして、俺は、俺は――!
「sin2θ+cos2θ=
「あ。先輩逃げないでくださいよー! 待ってくださいよー! 今から三角関数を教えて貰う約束じゃないですかー!? それと【sin2θ+cos2θ=1】ですよー! 間違えて覚えないでくださいねー!」
若干、正気を失いつつも、俺は顔面国宝のスケベビッチな後輩から逃げるのであった。
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「……」
いきなりキスをされてしまった所為か、あの先輩は一目散に逃げ出した。
普通の人間であればその行いは極々当たり前だろうけれども……流石にあんな感じに逃げられると少しだけ胸が痛いというか、ズキズキすると言いますか。
「……恥ずかしいのはこっちも同じだったのに……」
さっきの、ファーストキスだったのになぁ。
もっとロマンチックにすればよかったなぁ。
「……はぁ……」
自分の計画性の無さと杜撰さに思わずため息を吐きながらも、先輩が机の上に残していった教材の数々に目を通す。
そこにはテストで赤点を取ってしまう私の為だけに作ってくれた自作の数学問題集があった。
塾や学校ではこういう問題用紙はパソコンを用いて作り出すのだが、あの先輩はわざわざルーズリーフに手書きで問題用紙を作ってくれるのだ。
淡々と機械的に問題用紙を量産してくる大人たちとは彼は違うのだという事を意識できるので、私はそれが堪らないほどに大好きだった……というのも、彼の時間を奪っているという罪悪感と、彼が私の為だけに時間を使ってくれているという高揚感で、頭がおかしくなってしまって、胸の中がとっても暖かくなるのです。
「……確かこれは去年のあそこの模試問題のヤツで、あっちは大学入試の過去問のヤツで……ふぅん、数字だけを変えて作り直したヤツね……で、これは……えへへ、先輩の完全オリジナル問題だ……!」
軽く問題用紙に目を通してみたのだが……中々に良問の集まりであったと思う。
恐らく、先輩の手持ちの赤本から写したのであろう問題文を見ながら、どこの赤本の問題かあるいはどこの大学の過去問かを次々と当てていく。
そして、その後に答えを書く訳なのだが……暗算で答えを出しているというのに、わざわざ計算式にして書くというのも実に面倒くさいのだが、先輩に褒めてほしいので私は計算式を全て書く事にした。
そして、全ての計算式を書いて正しい答えを算出した私は、少し悩んで、計算式の一部を間違えたモノに書き換えて、わざと誤った答えにする。
「……えへへ……! こうすれば先輩と一緒に放課後にいれるもの……! 私が完全に理解するか時間ギリギリになるまで一緒にいれるもの……! えへ、えへへ……!」
勉強というモノは出てくる問題を全て覚えてしまえば簡単に100点を取れるように出来ている。
数字が変わろうが式は変わらないし、解き方に対する根本的な在り方は変わらないのであれば、全て覚えてしまえばいいだけ。
なので最近の私の勉強方法は適当な赤本を買って、それを10分程度流し読みして書かれている問題を全て覚えることにしている。
とてもつまらない勉強法であるとは私も薄々気づいてはいるものの、これが一番手っ取り早いのだから仕方ない。
であれば、小学生の時から大学入試なんていう実につまらない
――でしかない、のだが。
「取り敢えず、先輩が作ってくれたオリジナル問題だけは完璧に解きましょう……! えへへ。褒めてくれるかしら……! 私が解けるように必死になって作ってくれた問題が合っていたら褒めてくれるわよね……!」
我ながら、実に馬鹿な事をしているという自覚はある。
幼稚園の時から難しい問題を解けば、近くの大人たちは少しだけ褒めて、褒め終えるとすぐさま新しい問題を出してきた。
褒めさえすれば、後はどうでもいいだろうと言いたげな大人たちの姿勢は私にはとても冷たいモノで、それが私の当たり前であった筈なのだが……一体、いつから私はその当たり前を嫌がるようになっただろうか。
私は過去の脳内記憶を閲覧し、初めてあの先輩と出会った時の記憶を思い出して――。
「――――ッッッ~~~~~~~~!」
1人しかいない教室で、私はとても人には聞かせられないような悲鳴をあげ、胸が裂けそうなぐらいに痛くなって、顔がどうしようもなく赤くなっている事を自覚する。
こんなの私らしくない。
本当の私は頭だけが良いだけで、ぜんぜん可愛くない女!
性格に裏表があって! 打算的で! 彼女にしたくないランキング学年部門で1位をとってしまうような女!
それに比べて馬鹿のフリをしている私なんて、全然私らしくない!
そもそも、わざと馬鹿の真似をするだなんて、全然私らしくない!
でも、でも、でも……!
だって、仕方ないじゃない!
「好きになっちゃったんだから、仕方ないじゃない……⁉」
頭は良いけど性格は最低という女のどこが男の人に刺さる訳⁉
だったら、頭は悪いけれど性格は最高とかいうかわいい女の子の真似をするしかないじゃない!
「だって、どうしても好きになってほしかったの!」
そもそも素の性格だと、向こうが怖気づいて近づきやしないのよ!
5年前からそうだった!
私は向こうから近づいて欲しいの!
ちーかーづーいーてーほーしーいーのー!
近づいて色々と優しくしてほしいの!
やーさーしーくーしーてーほーしーいーのー!
そしてすっごく甘えたいの!
あーまーえーたーいーのー!
すっごく色々と頑張ったの!
がーんーばーっーたーのー!
だからめちゃくちゃ褒めてほしいの!
ほーめーてーほーしーいーのー!
それだけよ!
そーれーだーけーなーのーよー!
「でも、それぐらいは望んでもいいじゃない……⁉」
どうしようもないほどに好きになってしまったんだから、好きになった人に構ってほしいと思うことの何が悪いんだバーカ!
構ってほしいからこっちは色々と慣れない努力してるのよバーカ!
「……やめましょう。みっともない。先輩は私の本当の性格をまだ知ってない。うん、ならいいじゃない。えぇ、先輩はまだ本当の私を知らない。でも……いつの日か先輩には本当の私も知ってほしい。本当の私を受け止めてほしい……って! それだけ聞くとまるで私がすっごく面倒くさい女みたいじゃない⁉ 私は面倒くさい女じゃないわよ⁉」
にゃあああああああ⁉ と我ながらふざけた叫び声をあげながら、私は机の上に突っ伏す。
頭を思い切り、ごんっ、と机にぶつけてしまったので、とても痛かった。
「……うぅ……先輩……早く戻ってくれないかなぁ……戻ってくれるよねぇ……? もう戻ってこないのかなぁ……? 戻ってきてよぉ……やりすぎちゃったのかなぁ……嫌われたのかなぁ……謝れば許してくれるかなぁ……うぅ……! 始めての恋だからどう
若干いじけながら私は、勇気を出して口づけをした先輩が絶対にこの空き教室に戻ってくるであろうことを確信しながらも、本当に戻ってくれるのだろうか、という不安を抱えながら待つこと数10分。
私たちだけの教室の扉が開いた。
「――もう! 遅いですよ先輩! って、せんぱーい? お顔真っ赤っ赤じゃないですかー。え~? もしかしなくても、さっきのがファーストキスだったんですかー? あは、先輩ってばかわいいー! え? 私のファーストキスはどうなのかって? ……さぁ? どうだと思いますー? 当ててみてくださいなー?」
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