Episode.7「Especially, in the Mystery」

「で、でも。証拠しょうこがないじゃないか、君の推理には。ただの想像だよ」

ずっと口を開いていなかったあおくんが、突然とつぜん大きな声で言った。私たち3人は、それに驚いて思わず黙り込んでしまう。


 彼は続けた。

「確かに、そういう説明は可能かもしれない。でもそれはあくまで可能性の一つだ。もしかしたらオカルト研究部は、その『生徒をなぐさめた』っていう功績こうせきが認められて、活動報告書かつどうほうこくしょを出さなくて良くなったのかもしれない。そして、密かに活動を続けているんだ。そういう可能性だってゼロじゃない」


「まぁまぁ露野つゆの、落ち着けよ。ほたるだって、何もお前を失望させようとしたわけじゃないだから」草くんがなだめる。

 ほたる君を見れば、何やら困惑顔こんわくがおだ。自分が何かまずいことをしたのか、とそのまま顔に書いてあるようだ。

 彼はずっと一人で行動していたから、彼だけが知らないのである。あおくんにとって、オカルト研究部という存在がどれだけの意味を持つのかを。そして、その存在を否定されることが、どれだけ彼の高校生活を否定することになるのかを。


 ほたる君は困惑顔こんわくがおのまま、あおくんに謝罪する。

「あぁ、気を悪くしたらごめんよ。確かに君の言う通り、今までのは僕の想像だ。もしかしたら全部外れていて、本当はオカルト研究部は今もどこかにあるのかもしれない」

 でも彼は、。困り顔で謝罪されることは、謝られる側から見れば不誠実ふせいじつそのものなのだ。それは、「自分がどんな悪いことをしたか全然分からないけど、とりあえず円滑えんかつな人間関係のために謝罪するから、僕は悪者じゃないと分かってほしい」という要求だから。


 あんじょうそれは、あおくんの神経を逆なでするものだった。

「なんだよ、さっきから。その探偵ぶった変な話し方。ずっと気持ち悪いよ。最初に春風はるかぜくんの妹の存在を当てたときは凄いと思ったけど、自分勝手に行動するし、人のことを分かったみたいな態度はとるし、まるで……」


「そこまでだ。それ以上はダメだ」

意外にもその場で主導権しゅどうけんを握ったのは、ずっとあいだを取り持っていたそうくんだった。

 大柄おおがらな体からしぼりり出される太い声は、自然と人の注意を引き付ける力がある。私もあおくんもほたる君も、気がつけば彼の方を向いて次の一言を待っていた。


「まず露野つゆの。言葉が汚いぞ。ほたるはお前のために、オカルト研究部についてここ数日ずっと調査してくれていたんじゃないか。それなのに、その言い方はなんだ。確かにほたるはお前をイラつかせる言い方はしたかもしれないが、それもあいつなりに調べて、考えて、それを説明した結果だ。まずは『ありがとう』じゃないのか」

あおくんが委縮する。小さい口もすっかり閉じてしまった。けれど、ばつが悪そうな表情はしていない。そうくんの𠮟り方が上手いのだ。


「次にほたる。お前は一人で行動しすぎだ。ほとんど露野つゆのとコミュニケーションをとっていないだろ。だから相手が嫌がることが分からないんだ。露野つゆのにとってオカルト研究部の存在は、こいつがこの高校にいる意味そのものだ。それを得意げに否定したら、露野つゆのが怒るのも当然だ。あと、何が悪いのかも分からないまま謝ろうとするな。薄っぺらい謝罪は、さらに人を怒らせるぞ」

ほたる君も下を向いて、申し訳なさそうな表情をしている。こうしてみると、あおくんとほたる君はちょっと似ているところがあった。


 私はそうくん――春風草はるかぜそうくんにひとり感心しながら、自分にも非はなかったかと振り返る。私の好奇心が、3人を振り回していなかったか。私の適当さが、一人で動くほたる君を許容していなかったか。そもそもこの調査を始めようと誘ったのは自分なのだから、もっと責任ある態度はとれなかったのか。


「ほら、お互い謝れ。それで恨みっこなしだ」


 怒られて目を伏せていた二人が、ゆっくりと顔を上げる。

「ごめん。気持ち悪いとか、すごくひどいい言葉を使っちゃった。僕がほたる君にちゃんと話してなかったんだから、ほたる君が僕のことを知らないのは当然だよね。それなのに勝手に逆上ぎゃくじょうして。本当にごめん」

そう言いながら、あおくんは頭を深々と下げた。


「こちらこそ、本当にごめんなさい」ほたる君も頭を下げる。

「いくらなんでも無神経むしんけいだったよ。一人で行動したことも、ちゃんとコミュニケーションを取らなかったことも、そのうえ、君のことを考えずに自分の考えだけペラペラと君に聞かせたことも」


 二人が顔を上げる。どこか清々すがすがしそうな表情だ。むねの内に引っかかっていたものが取れたのだろう。さすがの私も、この状況で皮肉を言おうとは全く思わない。

「よければ、聞かせてもらえるかな。露野つゆのくんが、オカルト研究部に何を期待していたのか」


 その言葉を皮切かわきりに、あおくんが語り始めた。おおむねその内容は、先ほど私たちに語ってくれたことと変わりない。35年前の事件、13年前の校舎移転こうしゃいてん、そしてオカルト研究部。そして、それらを調べたいという知的好奇心ちてきこうきしんの強さ。

 彼の信念は、オカルトなんて言葉では汚されないくらい、どこまでも本物で純粋じゅんすいなものだった。


「あの謎も解けるかもしれない、君は数日前、そう言っていたよね」一通りの説明を聞いた後、ほたる君があおくんに聞く。

「え、そうだったかな。そんな気もするけど……」本人はあまり覚えていないようだ。その直後に押し掛けた女子生徒が、記憶を上書きしてしまったのかもしれない。いったい誰だろう。

「うん、言っていた。『あの謎』っていうのは、要するにこのことだったわけだね。35年前の事件と、その後にできたオカルト研究部についての謎」


「そうだよ。僕が解きたいと思っていた謎は、まさにそれだったんだ」

あおくんは『思っていた』の部分、過去形の部分を強調して言った。それはつまり、この謎はもう解かれたと彼が考えているということの、なによりの証拠でもある。

「……そういう感じの説明で納得してもらえたかな。僕も聞いていい? その、君の……」

「話し方?」ほたる君が自虐的じぎゃくてきに笑いながら言う。露野つゆのくんは申し訳なさそうに、コクンと頷いた。


 確かに、ほたる君はあおくんについてちゃんと知らなかった。それが、今回の喧嘩の原因になったことは間違いない。コミュニケーションをとる機会が無かったから、彼らの間には無理解むりかいという巨大な空白が出来てしまったのだ。

 しかし、それは逆に言えば、あおくんもほたる君について知らなかったということでもある。ほたる君は、数日前に私たちに聞かせてくれた、彼の昔話を話し始めた。彼が探偵のように喋る理由。彼が探偵のように推理する理由。そして、彼が草くんの妹の存在を当てられた理由。

「別に大した理由ではないけどね。昔から、友達が本の中にしかいなかったんだよ。特に、

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