Episode.6「It was not in the past tense」

 ほたる君は続けた。背筋せすじみょうにピンと張ったまま。

「まず、彼らオカルト研究部は、35年前の自殺事件じさつじけんの影響を可能な限り小さくするために作られたんだ。だから、2年間だけ活動できればそれでよかった。事件が起きた次の年とその次の年だけやり過ごせば、もう自殺した女子生徒と一緒に高校生活を送った生徒はみんな卒業するからね。ちょうど、そこの彼が、元・生徒会長と紹介されているように」

ほたる君は、ここで一区切ひとくぎりつけた。一度いちど息を吸って、あらためて口を開く。

「だから、とうぜん新入生の勧誘かんゆうを行う必要はなかったし、2年で終わるのだから部室さえいらなかった。適当な空き教室をその都度つど部室として使っていたんだろう。さいわい、部室が必要な部活動でもないしね」

 ここで、そうくんが突っかかる。

「ちょっと待て。じゃぁ、そのオカルト研究部のメンバーが分からないっていうのはどうしてなんだ。この学校では、生徒はどこかの部活に必ず所属しなくちゃならないんだろう。それなら、オカルト研究部以外の部活に所属していない生徒が、オカルト研究部員けんきゅうぶいんなんじゃないのか」

 私も首をたてに振って賛成する。この学校では昔から、生徒会メンバーでさえどこかの部活に所属しなければならないというルールがある。言い換えれば、放課後にどこの部活にも行っていなかった生徒こそ、オカルト研究部に所属している生徒だと分かるのだ。


「たぶん、その視点がこの推理をややこしくしたんだ。鼻につく言い方かもしれないけど、僕には最初からなんとなく見当はついていたよ。別に賢いって言いたい訳じゃなくて、部活に真面目だったからね」

「もったいぶった言い方は好きじゃないわ」私はまた不愛想ぶあいそうに言った。そうくんが「まあまあ」と間を取り持つ。


 ほたる君は滔々とうとうと語り始めた。

「この高校で部活を作る条件は二つあるだろう。一つは部員が5人以上いること、もう一つは月に一度いちど報告書を提出すること。つまり、『その部員が、他の部活にすでに入っていてはいけない』なんてルールはないんだよ。要するに、部活を掛け持ちできるのがこの高校なんだ」


 隣のあおくんが「あぁ」と短い感嘆かんたんを上げた。そうくんはまだ頭をひねっているように見える。

 私は、複数の部活に所属していると言った先輩の顔を思い出していた。もう少し、あの人と話しておけば良かったな。


「オカルト研究部のメンバーは、ってことだよ。僕は複数の部活に入ることも考えていたから、多分そういうことなんじゃないかなって最初から思っていたんだ。

 実際、このオカルト研究部は二年間しか活動していない。その目的が、事件にショックを受けた当時の生徒たちの心をなぐさめるためだったからね。だから事件があった次の年から活動しているんだ。

 つまり、最低でもこのオカルト研究部を立ち上げたのは、当時2年生だった人たちだ。立ち上げた当時に1年生だった人は、事件当時その高校にいなかったのだからね。そしてこの高校は、1年生からどこかの部活に所属していなくてはならない。つまりオカルト研究部の設立メンバーは、すでにどこかの部活に所属していた2年生もしくは3年生の誰かだった。そういうわけだから」


 私はくやしさをまぎららわすために先回りした。これくらい許してほしい。

「どこの部活にも所属していない生徒がオカルト研究部って推理は成り立たないのね。オカルト研究部に所属しなきゃ、ではなくてオカルト研究部にも所属できるという視点から考える必要があったってことでしょ」


「その通りだよ」ほたる君は結論をられても、特に不機嫌ふきげんそうな顔はしなかった。

「分かったわ。確かにそう解釈すれば、オカルト研究部の謎は解明できたかもしれない。けれど、私たちが調べていたのは、オカルト研究部のうわさの謎なのよ。つまり、どうしてうわさが過去形にならずに今の今まで生き残っているのかっていう謎」

「それも、今までの延長で理解できるさ」彼は丸眼鏡をクイっと掛けなおして言った。


「オカルト研究部はそういう訳で、当時の生徒たちの間でも謎だった。実際に加入しているメンバーを除いてね。ただなんとなく、どこかで誰かが活動している、その情報しかなかったんだよ。

 しかもその部活は、たった二年で雲散霧消うんさんむしょうしてしまった。それだけじゃない。実際に彼らは、卒業するという形で、文字通り高校から消えてしまったんだ。残ったのは、オカルト研究部なるものがあるらしいといううわさと、そのうわさ又聞またぎきでしか知らない新一年生たち。そして最後に、ここに貯蔵ちょぞうされている、ほとんど誰にも省みられないオカルト研究部の報告書だけさ。当時の生徒たちだって、こんな資料には当たらなかっただろう。僕が資料室を利用したいと言ったら、司書ししょさんは『何年ぶりかしら』って言っていたよ」

 先ほどの図書委員の発言がフラッシュバックする。この資料室には、めったに人が入らないという彼女の言葉だ。


「そういう訳だから、オカルト研究部の存在と同じくらい、曖昧あいまいなものになってしまったんだよ。というか、多分それを知っている人なんて、ほとんどいなかったんじゃないかな。だからこそ」

「オカルト研究部はあるけどそれが見つけられないといううわさが、当時そのままの形で、一人歩きするようになったのね。そのオカルト研究部がもうないということを、知っている人がいなかったから。だからうわさは、ってことでしょう」

私は再び結論をぬすんだ。遠回りな言い方をする彼が悪いのである。

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