Episode.4「It used to be true」

 その後も、部室棟二階ぶしつとうにかいに入っている各部室かくへやを回っていったけれど、特にめぼしい情報は得られなかった。

 その中には複数の部活に所属しているという先輩もいたが、オカルト研究部に所属している人なんて見たこともないと言う。


 さらに悪いことには、その一日だけでは、私たちは全ての部活を回ることはできなかったのだ。

 そこで翌日よくじつも、その翌々日よくよくじつも(一日空いたのは、そうくんのアルバイトがあって3人で活動できなかったから)聞き込みを続けたけれど、やはり決定的な情報は手に入らない。


 そして最終日。調査は4日目に差し掛かっていた。今日こそ何か解決の糸口をと思い、積極的に“仮入部”をしていく。残る部活は、漫画研究部まんがけんきゅうぶ美術部びじゅつぶ書道部しょどうぶの3つだ。

 改めて、自分は仮入部をしに来た新一年生なのだ、と自己暗示じこあんじをかける。魔法をかけ終わると、私は順番に鉄扉てっぴを叩いていった。




 しかしその努力もむなしく、結果はおおよそかんばしいものではなかった。結局、私が得られた情報は、オカルト研究部のうわさが少なくとも4年前からあったということだけだった。そして、誰もそんな部活について知らないということも。


 部室棟ぶしつとうから出てきてそうくん、あおくんと集合する。彼ら二人も、あまり期待通りの成果は得られなかったらしい。二人の表情がそれを物語っている。


「やっぱ、オカルト研究部なんてないんじゃねえのか」そうくんが言う。イライラしているという風ではなく、むしろあおくんを気遣っているような言い方だ。

「無いように見えるだけだよ。どこかには、きっとあるんだ」そう反論する姿は、気弱きよわな彼にしてはずいぶん強気つよきに見える。もしかしたら、そう言える根拠こんきょが何かあるのかもしれない。


 しかし私としても努力が徒労とろうに終わった感があったから、『きっとある』と言われても疲れが増すだけだった。

「けれど部活として活動するためには、活動報告書かつどうほうこくしょを月に一回提出しなければならないのよ。そして、提出された活動報告書かつどうほうこくしょは、必ず学校発行がっこうはっこう冊子さっしに掲載されるの。でも文芸部ぶんげいぶの先輩は、去年のごうにはオカルト研究部の活動報告かつどうほうこくなんてってなかったって言っていたわ」

「でも……」

「もしかしたら、部活じゃなくて、としてどこかにはあるのかもしれないけど。いずれにせよ、あなたは他の部活に入らなきゃ」

「そもそも露野つゆのは、オカルト研究部に入りたかったのか?」

「えーと、そういうわけじゃ……」え切らない答えだ。彼の中でも、あまり考えがまとまっていないのかもしれない。それでも彼は、たどたどしく話し始めた。そろそろ心を開いてくれたのかもしれない。

「実はこの高校って、すごくオカルト界隈かいわいではいわくつきとして有名なんだよね」

「いわくつき?」そうくんが返す。私もこの話には、少し興味がわいた。

「ほら、この高校って、今は校舎こうしゃが凄くきれいでしょ。これは、旧校舎きゅうこうしゃから今の校舎に最近乗り換えたからなんだ。だいたい13年くらい前かな。じゃあなんで乗り換えたかって言うと、昔、旧校舎きゅうこうしゃですごく凄惨せいさんな事故があったからなんだ。たしか、35年くらい前に」

 あおくんはこれまでにないほどの流暢りゅうちょうさで語り始めた。私もそうくんも、そんな彼に水を差してはまずいと察し、その言葉に耳を傾ける。その沈黙ちんもくは、ここ数日彼を無理やり連れまわした私のつぐないでもあった。


「ある女子生徒が、飛び降り自殺をしたっていうんだよね。それも、すごくひどいいじめを受けたすえに。それ以降、おかしな現象が多発するようになったっていうんだ。生徒が神隠しにうとか、変な声が聞こえたとか、不自然な人影ひとかげが見えたとか。それで、旧校舎きゅうこうしゃにはもういられないってことになって、新校舎しんこうしゃ、つまりここに移転したんだよ」

「ちょっと待て。自殺があったのは35年前だよな。でもこっちに学校が移ったのは13年前だろう。時間が空きすぎてないか」

「最初は、そんなにひどくなかったらしいんだよね。その現象も」


ひどくなかったけれど、どんどんエスカレートして行ったから、ついに13年前に移転したってこと?」私は、思わず少し笑いながら聞いた。呪いなんて、少なくとも私は信じられない。

「そう。僕はそれを調べようと思って、この学校に入学したんだよ」

しかしあおくんから返ってきたのは、いかにも真面目で誠実な答えだった。そこには、彼なりの覚悟というか、信念があるような気がした。

「だから、オカルト研究部がないと、僕がこの高校に来た理由がなくなっちゃうんだ」


 意外にもはっきりとした意志のある青くんに少し気圧けおされながら、私は心のどこかで「この子が正しいかも」と思っていた。

 私たちは、それほど部活に真剣ではないし、真剣になる気もない。そのための新聞部なのである。

 しかしあおくんは、むしろオカルト研究部という部活のためにこの高校に来ている。オカルトというと少し怖い気もするけれど、彼の熱意は否定されるものではない。

 私たちとあおくんとの間には、遠い断絶だんぜつがあるような気がする。この時は、そんなことを直感していた。

 そういう訳だから、これ以上彼を深堀ふかぼりしようとするのは失礼かしら、と思った。ちょっと好奇心で人の心に踏み入りすぎたかもしれない。


 少しだけ気まずくなった空気を払拭ふっしょくするために、私は思い出したように提案する。

「とりあえず、ホームズのところに行きましょ。聞き込みを始めて数日が経ったんだし、もしかしたら、もう真実にたどり着いているかも」




 図書館に向かう途中、私はそれとなくあおくんに話しかけた。オカルト研究部に入部できないとしたら、私たちの新聞部に勧誘かんゆうできるかもしれないと思ったからだ。それが上手くいけば、失敗に終わった調査への鬱憤うっぷんも晴れるかもしれない。

「ねぇ、もし、もしだよ。オカルト研究部が見つからなかったら、どうするつもりなの? 

 入る部活に迷っているんでしょ。もしよかったら、私たちの部に入らない? とは言っても、まだ正式なものじゃないんだけど」

「どんな部活なの?」

「新聞部だ。とはいっても、俺と冬草ふゆくさは幽霊部員。どっかの部活に所属しなきゃいけないから、サボれる部活を作ろうって話になって、じゃあ新聞部を作ろうって話になったんだ」

「うーん、誘ってくれるのはありがたいんだけど」前置きして、彼は続ける。

「やっぱり、オカルト研究部が無いって確信できないと,諦めきれないな」


 図書館に入ると、私たちはもう一人の部員――夏夜なつよほたる君を探した。しかし一階にも、二階にも彼の姿は見当たらない。

「ライン交換しておけばよかったな」そうくんが口惜くちおしげに言う。

「図書委員の人に聞けばいいでしょ」言いながら、受付カウンターで暇そうにしている生徒に話しかけた。


 図書委員の子によれば、ここ最近は毎日、一人の男子生徒が資料室しりょうしつに入っていくのだという。そこには学校に関する資料が貯蔵ちょぞうされており、めったに人が入らないから、それで覚えていたというのだ。

 その男子は銀縁ぎんぶちの丸眼鏡をかけ背筋をピンと伸ばしながら歩く、特徴的な生徒だったということだ。


 ほたる君だなと分かった。多分、他二人も分かったと思う。彼はそういう男子なのだ。

 資料室しりょうしつに入ったということは、文芸部ぶんげいぶの先輩と同じように月間冊子げっかんさっしを調べに行ったのだろう。部活動の活動報告書かつどうほうこくしょを調べるために。


うわさが本当だって情報は、残念ながらあまり得られなかったわ」私はそう言いながら、資料室しりょうしつに入っていた。図書館のすみにある、小さな個室だ。4人が入るには、ちょっと狭い。


 その声に反応して、彼が顔を挙げる。彼が見ていたのは、ずいぶん古い資料のようだ。黄ばんだ表紙にダサいフォント。なぜそんなものを見ているのかしら。


 彼はおもむろに口を開いて、告げた。

「いや、うわさは本当だったみたいだよ」

まじか、とそうくんが言う。あおくんは目を輝かせた。

 その表情を見て、ほたる君は申し訳なさそうに訂正ていせいした。

「あぁごめん。誤解ごかいを招く言い方だったね。『本当だった』というのは、、って意味なんだ」

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