Episode.3「We couldn’t find that」

「その話、誰から聞いたの?」

気がついた時には、冬草ふゆくささんがその男子生徒に話しかけに席を立ってた。すごいな、目をそらしただけの少しの時間で移動していたなんて。

 僕に話しかけてきた時からうすうす気づいていたが、彼女は好奇心こうきしんが異常に強い女の子なのかもしれない。


「ね、あなた露野つゆのくんでしょ。私、冬草凛ふゆくさりん。今の話、誰から、どこから聞いたか教えてもらえる?」

突然話しかけられて驚いている露野つゆのくん、露野青つゆのあおくんをおもんぱかったのだろうか、彼女は丁寧に言いなおした。


「いや、風のうわさで……」先ほどとは比べられないほど小さな声で、彼が応答する。女の子に突然話しかけられるなんて、慣れていないのだろう。僕だってそうだ。

 そんな彼の様子を見かねたのか、露野つゆのくんの周りにいた男子たちが補足ほそくする。

 いわく、そのうわさ――オカルト研究部なるものが実在しているはずが、どこにも見当たらないといううわさ――は、この高校では昔からポピュラーな都市伝説らしい。学校の七不思議ななふしぎのようなものだろうか。

 しかしその信ぴょう性は、彼らの中でさえかなり怪しいのだそうだ。確かに、実在している部活が見つけられないなんて、いかにも眉唾まゆつばものの都市伝説という感じはしないでもない。彼ら男子グループでも、本気ほんきにしているのは露野つゆのくん一人だと言う。


「ね、調べましょうよ。このうわさの出どころ」いつの間にか僕と春風はるかぜくんの近くに戻ってきていた冬草ふゆくささんが、やや興奮こうふんはらんだ声で言った。

「え、俺バイトがあるんだけど」春風はるかぜくんがしぶい顔をする。

「でも露野つゆのくんは、みんなに信じてもらえずに、こんなに可哀かわいそうな顔をしているのよ」好奇心の強い女子生徒は、なんとか仲間に引き込もうとしていた。露野つゆのくん本人は「えっ」と呆然としている。

「うーん、まぁ時間が作れないことはないけどさ」

「そうでしょう。新聞部の活動実績にもなるんだから、時間作ってよ」


 盛り上がる二人をよそに、僕はちゅうを見て考えていた。

 実在するけど見つからない部活。そんなうわさがあるとして、それはどのくらい信用できるものなのだろう。

 もしかしたらこのうわさは最初から真っ赤なウソで、オカルト研究部なんてものは無いし、今までも無かったのかもしれない。そうだとしたら、その調査は徒労とろうに終わるだろうな。

 でも調査自体が、新聞部――今はあくまで、仮の新聞部だけど――の実績になるのは間違いない。たとえ結果がかんばしくないとしても。

 しかしその前に、僕らは新聞部に入部してくれる同級生を探さなければならないのだ。


「そういうことだから。春風はるのくんも露野つゆのくんも協力してね。もちろんほたる君も」冬草ふゆくささんがそう言うと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。





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 時はくだって、2日後の放課後。そうくん――春風草はるかぜそうくん――のアルバイトが休みの日。私たちは予定から少しおくれて、部室棟ぶしつとうに集まっていた。

 そうくんとあおくん、そしてほたる君と私の4人だ。


「それじゃ早速、オカルト研究部があるのかどうか、確かめに行きましょ」

そう言って男子3人をリードする。そうくんはともかくとして、他二人は私が引っ張らないと行動しないタイプなのだ。


「でも、部室棟ぶしつとうにはないと思うよ。オカルト研究部は、っていうのが噂だし……」弱弱よわよわしく青くんが言った。

「そのうわさがいつからあるのかを確かめるためにも、先輩方せんぱいがたに聞いといた方がいいんじゃないか」そうくんが指摘する。私もそれを言いたかった。新聞部として活動する以上、うわさ鵜呑うのみにすることはできない。裏を取らなければ。


部室棟ぶしつとうは3階建てだから、別れましょうか。一階分いっかいぶんを一人が担当して、その階に入っている部活に聞いて回るの。『オカルト研究部について何か知りませんか?』って」

「俺らは4人だから、一人が余ることになるな」

そうくんが言った瞬間、今までだまっていたほたる君が口を開いた。


「なら、僕はちょっと図書館に行ってくるよ」

彼はその一言を残して、さっさと行ってしまった。何か考えがあるのかしら、とは思ったけれど、それならせめて教えてほしいと思ってしまう。こんなんだから、ミステリに出てくる探偵は嫌いだ。

 まさか、この高校のオカルト研究部について書かれた本が所蔵しょぞうされているわけでもないだろうに。


「とにかく、聞き込み開始ね」気を取り直して言う。

「聞き込みって言ったって、突然押しかけると迷惑じゃないかな」おどおどしながら、あおくんが不安を吐露した。

「だからこそ、今のタイミングで行くんでしょ」

彼はまだ、きょとんとしている。もう少し言葉を足した方がいいのかもしれない。

、いろいろな部活に押しかける口実があるでしょ、って言っているのよ」



 そうして私たちは、それぞれが一階分いっかいぶんの部活を担当すべく動き出した。

 この高校の部室棟ぶしつとうは、一階が運動部系、二階と三階が文化系と、おおざっぱに分かれている。

 仮入部という口実に説得力を持たせるためにも、一階には運動が得意そうなそうくんに行ってもらった。

 そして、階段をあまり上りたくない私が二階を担当する。あおくんにはそういう理由で、三階を担当してもらった。


 階段を一階分上った先でまず見つけたのは、文芸部ぶんげいぶだった。

 私は仮入部をしに来た新一年生。自分にそう言い聞かせながら、重い鉄製のドアをノックする。

「はいはーい、新入生かな」そう言いながら出てきたのは、大きな丸眼鏡をかけた女子生徒だった。上履きの色が黄色だから、今2年生だろう。

「突然すみません。まだ入る部活に迷っていて、仮入部させてもらえないかなと思って来ました」そう言うと、彼女は笑顔で迎えてくれた。

「どうぞどうぞー」


 入ると、文芸部ぶんげいぶの部室には、いくつもの本の山が積まれていた。一瞥いちべつした限りでは恋愛小説が多いように思う。部員は女子が多いのかもしれない。いや、今の時代こういう判断はナンセンスかしら。

 机の上はおおむね整頓せいとんされていて、部室の全体的な雰囲気も小ぎれいだ。少しほこりっぽい気もするけれど、それも文芸部ぶんげいぶとしてはさまになっていると思う。


 私はしばらく談笑しながら、文芸部ぶんげいぶについて話を聞きだした。

 彼女らによると、この部の基本的な活動は、好きな本を読んで感想を交換したり、自分らで短編たんぺんを書いてみたりすることらしい。そしてそれらの文章を、活動報告書の代わりとして提出しているのだそうだ。


 説明もひと段落だんらくついた後、私は何気なさをよそおって本題に切り込んだ。

「実は、一年生の間ですごく有名なうわさがあって。オカルト研究部っていう部活が、本当はあるのにどこにも見つからないっていううわさなんですけど。先輩たちは何か知りませんか?」

「あぁ、そのうわさねえ」丸眼鏡の彼女は少し困惑した表情でつづけた。

「実は、私たちが一年生の頃からそのうわさはあったんだよね。当時、文芸部ぶんげいぶの三年生だった先輩、今大学一年生の人たちも、オカルト研究部についてうわさをしてたんだよ」

もしくはいま浪人生ろうにんせいの人たち、と思ったが、それは口に出さなかった。

「でも結局、正体は分からなかったなぁ。部活動は、一か月に一回活動報告書を出さなきゃいけなくて、それは学校の冊子さっしに乗るんだけどね。うちの母親がPTAに入っていたから、たまたま家にそれがあったの。薄い冊子さっしよ。でも、そこにはオカルト研究部なんて名前はなかったんだよね。少なくとも去年のごうにはね」

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