Episode.2「We must find that」

「……こういう訳で、もしかしたら妹さんがいるのかなって思ったんだ」

僕は、いま考えた内容を、出来るだけとげのない言葉に変換しながら説明した。


「へぇ、なんかあれみたいだな。あの、えっと……」

「ホームズ。ホームズみたいね」

考える春風草はるかぜそうくんを置き去りにして、一人の女子が話しかけてくる。

「シャーロック・ホームズ。その人を一瞥いちべつするだけで、職業や性格や人間関係なんかを当てちゃう、あの探偵」


 声の方に目をやる。切りそろえられた前髪に華奢きゃしゃな体つき。ほとんどシワがない制服は、サイズもぴったりだ。他の女子とは違いスカートを長くしていることもあって、ほとんど模範的もはんてき恰好かっこうの生徒のように思える。


 急に女子が話しかけてくるなんて、とも思ったが、今は入学式の後だ。みんなが友達作りにはげんでおり、まだグループも形成されていない。人間関係が固定化されていない、ある意味でカオスで、ある意味で自由な時間なのである。

 普段であれば話しかけないような人に積極的に話しかけても、変な空気にならない貴重きちょうなチャンスなのだ。この女子は、そんなチャンスを上手くつかむタイプの人なのかもしれない。

 もしくは、単純にコミュニケーション力にすぐれた人かな。


「ね、ほたる君だよね。私はフユクサリン。冬の草に『りんとした』のりん冬草凛ふゆくさりん。私の秘密も当てられる?」


 不思議な人だな。彼女の唐突とうとつな質問をほとんど頭の隅に追いやって、僕はそんな印象を受けていた。

 この人、冬草さんはいかにも真面目そうだ。そして、ふつう真面目な人は僕みたいなのと関わろうとしない。ましてや興味をもって関わってくることはない。ホームズだって、レストレード以外の警察には嫌われていたじゃないか。

 にも関わらず、この冬草ふゆくささんは話しかけてきてくれた。しかも『私の秘密も当てられる?』なんて挑発的ちょうはつてきな言葉と共に。冬草さんは、ただ真面目なだけの人じゃないんだろうな。僕はそれを確信した。


「うーん。いま分かるのは、冬草さんは何かを秘密にしているってことだけかな」

「何よそれ」微笑びしょうしつつ彼女は言う。残念がっている様子でもない。純粋じゅんすいに楽しんでいるように見える笑顔だった。


「女子には弱いのか!」春風はるかぜくんが横から笑う。つられて僕も笑う。



――あれ、僕はいま溶け込めているのだろうか。というか、受け入れられているのだろうか。


 中学生活からはおおよそ考えられない状況に、僕は少し困惑した。気がつけば、クラス全体が楽しそうに僕ら3人を見守っている。


――この高校に来て、正解だったかもしれない。


 僕がなんとなくそう思っていると、彼女、冬草凛ふゆくさりんさんが春風草はるかぜそうくんに話しかけた。

「あ、それで、あなたたちに話しかけた理由だけどね。部活のことなの。春風はるかぜくんは部活に入らずにアルバイトをしようとしているって話をしていたでしょう。でもね、この学校、生徒はどこかの部活に入らなければならないのよ。残念だけどね」


「え、マジ? この高校に来て失敗だったかも」

冗談じょうだんめかして春風はるかぜくんが言った。空気が悪くならないように配慮はいりょした発言だが、彼はやはりどこか残念そうにしていた。


「それならさ」

僕は口を開いた。

「僕らで適当な部活を作っちゃうのはどうかな。先輩がいなければ、休んでも怒られないだろうしさ」


 そういう訳で、僕の高校生活は意外にも順風満帆じゅんぷうまんぱんなスタートを切った。春風草はるかぜそうくんと冬草凛ふゆくさりんさん。この二人と特に仲良くするようになり、昼食も3人で食べるようになった。要するに、グループを形成したのである。






「部活を作るなら、私も嬉しいかも。私、生徒会に入るの。でも部活もやらなきゃいけない。ちょうどよくサボれる部活を探してたのよ」

冬草ふゆくささんが言う。入学式から何日か経って、僕らだけで部活を作るという計画が本格的に議論されるようになった、ある日の昼のことだった。


「生徒会って、選挙とかするんじゃないの?」そうくん、春風草はるかぜそうくんが聞いた。彼が手元のコンビニ弁当のふたを取ると、唐揚げの香ばしいにおいがただよってくる。

「あら、一年生は入学試験の成績優秀者せいせきゆうしゅうしゃが、生徒会に入るかどうか選べるのよ」


「え、そうなんだ」僕とそうくんが口をそろえた。つまり二人とも、それを知らされるほど成績が良くなかったのである。


「私は1番だったから。自慢じゃないけど1番だったから、生徒会に入れるの。1番だからね」

「自慢でしかねぇよ」笑いながらそうくんが突っ込む。


「そういうことだから、出来るだけ活動が少ない部活がいいわ。ゼロから作るってことを考えると、設備も費用も必要ない部活を作れれば、より嬉しいと思うんだけど」

「しかも、今ある部活とかぶっちゃいけないんだもんな」唐揚げをもりもり食べながら、そうくんが付け足す。


「新聞部とかがいいんじゃないかな」僕はおもむろに口を開き、続けた。

「新聞部ならまだこの高校にないし、パソコンで文章を書いて印刷するだけだから設備も必要ないよ。一か月に一回発行すればいいから活動も少ないし、提出しなきゃならない部活動報告書ぶかつどうほうこくしょも新聞の文章を使いまわせばいい。そうくんがバイトをして冬草ふゆくささんが生徒会に入るなら、記事のネタも尽きないだろうしね。バイト先の情報とか、生徒会で議論された内容とか、知りたい生徒は少なくないんじゃないかな」


「そういえば、みんなが生徒会での議論に興味を持ってくれないって生徒会長がなげいていたわ。まるで若者の選挙離れをなげ高齢こうれいの男性政治家みたいに」

 すごいな。入学式から数日しかっていないのに、もう生徒会長と面会しているのか。僕は驚いた。

「俺のバイト先も人手が足りないって言ってたぞ。新聞でバイトの募集ぼしゅうをかければ、喜ばれるかもしれん」

 こっちもすごい。いくらなんでも、こんなに早く彼がアルバイトを始めるとは思っていなかった。

「あなたのバイト先、まるで労働人口ろうどうじんこう減少げんしょうなげ高齢経営者こうれいけいえいしゃの……」

「そういうわけだから」僕は冬草ふゆくささんの発言を遮って言った。彼女は涼しい顔で水筒すいとう中味なかみを飲んでいる。紅茶の香りが、ふわりとただよってきた。


「新聞部ってことにしよう。とりあえずは、そういう方向性で」

「でも、部活動を作るには最低5人必要よ。5人の部員がいて、かつつきに一回、報告書ほうこくしょを出さなきゃいけないの。それが条件」

「あと二人だな」


 話がまとまりかけたとき、クラスのすみから興奮した声が聞こえてきた。僕らとは別グループ、大人しめの男子グループに所属する一人が、なにやら期待にむねふくらませて熱弁ねつべんしているらしい。

「つまりね、オカルト研究部はこの高校に実在するんだよ。でも、なにせオカルトを研究する部活だから、で、簡単には見つけられないし入れないんだよね。だからこそ、それを見つけるんだよ! そうすれば、あの謎も解けるかもしれない!」

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