第7話
「もう二月も中旬ですね」
「いやぁ早いもんですね。この前新藤先生に誕生日祝ってもらったなぁって思ってたら」
「え?!」
「ちょっ、せんせ……」
「新藤先生本当ですか?!」
平林がここぞとばかりに問い詰めてくる。
「いや、そんなわけ、ね?」
チラリと竹山に目で合図を送る。
「いやぁ、普通にまあ『おめでとうございます』って言われただけなんで、まあ……」
「……アヤシイ」
「そもそも私が人に恋愛感情を抱くような人だと、平林先生は思えますか?」
「……んー。確かにそれはね……恋愛どころか人間に興味がないくらいの人ですからね……。血管が鉄で出来ているんじゃないかなって思うくらいどこまでも冷たいだし……」
「ちょっと、それは無くないですか?」
キーンコーンカーンコーン……。
「起立、気をつけ、礼。……お願いします」
「はい座れ」
いつも通りの私で、私は授業に入った。それこそ、平林が言うくらいの冷めた低い声で。
「二月も中旬だ。貴様ら、受験で受かった落ちた色々あるだろう。だがそんなことは言ってられない。どのみち貴様らはどんな形であれ人間として生きてかなきゃならん。男女の関係を持ち、子供を日本にもたらすために、しっかりと気を張って臨むように。……竹山先生、何かありますか」
「んー。そうですねー。まあ受験の疲れを癒すっていう意味でもね、まあこの機会に恋人を作ってもらったらいいなぁと思います」
だから、それが良くないんだってば。癒すとかそんなこと言っていれば、日本の将来は温室育ちの人間しかいなくなってしまう。
「今のペアのまま結婚して子供産んでくれたら大歓迎。なんで、今のペアの仲を最大限良くするために、まあ青春をエンジョイしていただけたらなーと思いまーす。はい終わり。平林先生に司会してもらいましょう」
平林にマイクを渡し、下がってきた竹山に私はビシッと刃を入れた。
「竹山先生、分かっておられますね? 男女の関係を持ち、子供を残すことが大事なんです。そんなエンジョイなんか言ってられませんよ」
「いやいや、そんな堅苦しいカップルは将来離婚間違いなしです。和気藹々としたカップルはいつまでも仲良くできます。もちろん先生が言う男女の関係とやらもね」
「何想像してるんですか?」
「何って? だから、普通に青春として恋を謳歌してほしいなぁってことですよ。余計な想像してるのは新藤先生の方では?」
「……もうすぐ実演の時間です」
「はいはーい」
無論、余計なことを考えた覚えはない。
だが、竹山の肩から匂う甘い香りを嗅いでしまうと、どうしても脳がとろけてしまいそうになる。
――香水をつけてくるおっさん教師の臭いに惑わされちゃダメだ。後で注意しないと。
「ということで、今日はまあちょっと早いですけど、知っておいて損はないプロポーズの実習です。良いですか? プロポーズで大事なのは雰囲気。まあ、それは人それぞれ違うので、相手によってしっかり選びましょう。夜景がきれいなところでやるのか、家でそっとやるのか、デートの時にするのか。ここ、しっかりメモしといて」
「いや、生徒はみんなメモ持ってませんけど」
私は華麗なツッコミをかます。
「あ、そうですか……。で、次に日にちですね。二人の記念日やクリスマスなどなど……。覚えていられる日にちがベリーグッドです。で、最後はまあ言葉。ここは、先生たちに実演していただきたいと思います!」
ここで出番か……。
またかなりやりにくい。
「設定は、綺麗な夜景が見える海岸でのプロポーズってことで。日にちは……じゃあ、三月十三日で」
至って真剣な表情で竹山は言う。
「あ、こりゃまたすごい……じゃあ、それで」
コソコソと西澤がそこら辺の女子と喋っているのが見える。
「行きますよ?」
「あ、はい」
竹山はいきなり手をつないできた。
「えっ……?!」
そっと竹山は俯いていて、やがて前を向いて話し出す。
「綺麗だね」
「あ、え、綺麗ですね」
「……どうしても言いたいことがあるんだけど、良い?」
「は、はい……」
不思議と気持ちが高まってくる。竹山は私の腰に手を当て、体を向かい合わせた。
「……そろそろ、人生のパートナーになりたいと思ってました」
「はい」
竹山はスーツのズボンのポケットに手を突っ込み、装飾された箱を取り出す。
カパリ
「……ウソ」
箱から出てきたのは、ゴージャスな光を放つルビーがセットされた指輪だ。少し紫色も入っている。
「あなたの誕生日、七月二十七日のルビーとスピネルです。どうか、これを受け取ってください。一生、あなたのことを幸せにして見せます!」
小さな多目的ホールがシーンと、独特な胸が高鳴る緊張感に包まれている。
「……ありがとうございます。私で良いのなら、どうかコチラもお願いします……!」
私はひざまずく竹山の両手から、ルビーとスピネルの指輪を手に取り、左手の薬指にそっとはめた。
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