第6話
「そういえば竹山先生、もうすぐ誕生日ですよね?」
デスクワークをしていると平林が発言した。
「あ、バレました?」
「へぇ……いつなんですか?」
「二月四日です。三十一歳になります」
「何かプレゼントでも買ってきましょうか?」
平林がニタッとして言った。
「いやいや、大丈夫ですよ。全然全然」
――そうか。
すでに私の頭の中は竹山の誕生日がど真ん中に座っていた。
――いやいや、別に人の誕生日なんか興味ないし。というか、そもそも人間に興味ない人間だし。
ブンブンと頭を横に振る。
「どうしました? 新藤先生」
「あ、いや、何でもないです」
「そうですか。プレゼント考えててくださいねー」
再び私の頭の中に竹山の誕生日が舞い戻ってきた。
キーンコーンカーンコーン……
「きり……」
「今日は挨拶はいい。さて、今日は竹山先生の誕生日だ」
「へー新藤センセー人の誕生日なんか興味ないと思ってたー」
「うるさい、西澤。ということで、今回は相手の誕生日や相手との記念日の過ごし方についての授業をしていく。それじゃあ、早速平林先生に解説してもらおう」
ドスを効かせ、西澤を威嚇する。
「はいはーい。それじゃあ説明しますね」
間髪入れずに平林がマイクを奪い、話し始める。
「まず、誕生日。誕生日はしっかりと相手と過ごしましょう。それには、やっぱり出来れば自分の家で、手作りのものを渡したり食べさせてあげたりするのがいいです。まあ、自分の家ってのもなかなか難しいかもしれないけど、その時はまあデートでもね」
しっかりマニュアル通りに進めている。
「過ごしてくれる相手がいないんだよなぁー」
なんというかわざとらしく、竹山は言う。
――私が。
「はい?」
「え?」
「私が、って言いませんでした?」
「え?」
心の声、もしや出てた?
「あ、いや、気のせいかもです。すみません」
「はぁ……」
「という感じですけど、今日が誕生日の竹山先生なんかありますか? 誕生日や記念日を他に盛り上げるもの」
「あーなるほど。それなら、ピザのデリバリーとか良いんじゃないですか? それを食べながら映画なんて」
「なるほど」
「いやバカなんですか? 中学生がピザのデリバリーって良くないでしょ。ハンバーガーくらいならまだしもピザ、しかもデリバリーって……」
――よし、いいぞ。これが本来在るべき私の竹山への接し方だ。もっと厳しい教師になってもらわねば。
「まあ、確かに良いかもですね。ちょっと大人なこと、してみてもいいですね」
「いや、平林先生共感しちゃダメでしょ。貴様ら、あんたらまだ学生なんだから、子供を産むための恋愛と言ってもデリバリーとか変なことはするな。良いな?」
はーい、と少し落胆したような声が多目的ホールに響いた。
「ちょっと一緒に帰りません?」
そう竹山から言われ、私は満月の夜、竹山に守られるように歩いている。
「外から見れば、まるで美女と野獣ですね」
「え? 野獣は無いでしょ」
「熊って野獣じゃないんですか?」
「……んーまあ」
「ね? フフッ」
もうすぐ自宅だ。
「いやー僕もそろそろ結婚したいですけどねー。寂しいですよ、一人暮らし。誕生日も誰にも祝ってもらえないし……」
「大変ですね。まあ頑張ってください」
「いやー。今日くらい誰かと一緒に過ごしたい気もしますけど……あ、もうすぐお別れですね。じゃあ、また明日……」
「竹山先生、もしよければうち、来ます?」
――あ、言ってしまった。言うつもりは微塵もなかったのに……。
「え? いいんですか?」
――どうするか……?
「じゃあ、行きましょう。新藤先生ありがとうございます。孤独から救われました」
「そりゃまあよかったです……」
月明かりに照らされ、私たちは新藤宅へと歩く。
どさくさに紛れて竹山がだんだん私への距離を近づけているのはたぶん気のせいだろう。
「はい、着きました」
ガチャリ
「うわ、すごい! 整ってますねー。めちゃめちゃ綺麗じゃないですか、部屋。僕の部屋なんかすごい量の雑誌が散らかってますよ」
「小学生みたいに騒がないでください。ホコリが立つので」
「は、はい……」
ちょっとしゅんとした感じで竹山は言った。
「あ……じゃあ、まあ料理でも作りますね。ええっと、今何があったかな……」
「お、先生の手料理! いやぁ、楽しみです。期待してますね」
「あまり期待しても肩透かしになりますよ」
結局、私はスーパーでチキンとフランスパン、ケーキを買ってきて、フレンチトーストとローストチキン、かぼちゃのサラダ、そしてケーキとワインを盛大に食卓に並べた。
「うわぁー! すごいですねぇ。さすが新藤先生」
「いや、まあ今日は竹山先生の誕生日なので……普段はもう少し質素なんですけど。いや、食べるのはやっ……」
竹山はフレンチトーストをいっぱい頬に詰め、ただでさえ細い目をニッと細めた。
「……ああ、私はもう腹八分目です。ごちそうさまでした」
「え? もうですか? 早いですよ、新藤先生。こっちは腹三分目くらいですよ?」
「だからこんな体型になるのでは?」
「それを言われたらそれまでですねぇー」
「まあ、なのでもう残りは持って帰ってください。タッパーに詰めるので。じゃ、ケーキだけ食べましょうか」
「ですね」
ろうそくが無かったため、電気を消して私は歌う。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディアたけやまー、ハッピーバースデートゥーユー。……おめでとうございます!」
「いやぁありがとうございます。いやぁ美味しそうですね」
「フランスのパティシエが作ったケーキだそうです」
「なるほど。さすがはフランスですねぇ。あー美味しー」
私はおかわりをしようと手を伸ばす。
すると。
「あっ……」
「え……」
月明かりに照らされる暗い部屋で、私と竹山の手がケーキにデザインされているハートマークの上でそっと重なった。
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