第3話
結局のところ、自分が何を言ったか覚えていない。告白に対する返事、そして、自分から竹山への告白の実演。そもそも、原稿を作っていなかったから即興で言ったのだろうが、それでも完全に記憶が欠落している。
ショートホームルームまで、私の身体はどうやら持たなかったようで、気づけば保健室のソファにぐったり持たれかかっていた。
「新藤先生元気かな……あれ、誰もいないかな……うわっ!」
何か聞き慣れた声が聞こえる。
重い瞼を開いてみる。
「ってえぇっ?! ……ちょ、ビックリしたじゃないですか。急に入ってきて。どうしたんですか、竹山先生」
「いや、ちょっと顔赤かったじゃないですか。それで、熱でもある感じなのかなって思いまして。今年の冬は寒いですし……」
竹山は心配そうな声で言う。
――というか、熱はない。さっきまではあったけど。それが寒さのせいかが分からない。まさか、竹山に惚れたわけじゃあるまいし。自分に限って。
「まあ大丈夫です」
「一組の方も宿題のラブレター配っておきましたよ」
「えぇっ?!」
「えってどうしたんですか」
「ラブレター書かせるんですか、宿題って」
「あ、そうですよ。あれ、聞いてませんでしたっけ?」
「全く聞いてないんですけど」
「本当ですか? そうかぁ……」
竹山はなるほどなるほどと勝手に頷いている。
「まあ、もう熱、多分回復したので仕事に出ますね」
「えぇっ?」
さっきよりも大きな声で竹山は言った。
「いや、だって」
「今もう七時半ですよ?!」
「七時半くらいなら平気でいつも仕事してるじゃないですか」
「……ハァ」
やれやれ、とばかりに竹山はため息をつく。だが、顔は少しニヤけている。
「今日は、三年担当の残業無しデーですよ」
「そうですか……え、ウソ! じゃあ、三年の他の先生みんな上がってるんですか?」
「そうですよ」
一呼吸開けて、竹山は言う。
「――だから、どうせなら一緒に帰りましょう」
唐突な誘いに仰天したが、私は付いて行くことにした。理由は、なんとなく、としか言いようがない。
「いやー、ちょっと雪が降ってきましたねー」
「本当ですね」
竹山は空を見上げて言う。
「こんな雪が降る夜にデートなんかできたら最高ですね」
「は、え、あ、は、はい?」
――急に、何を?! この展開でそんなこと言う?!
「あ、すみません、変なこと言いましたね」
「いやいや、良いんですけど……」
心臓が跳ね上がった気がしたのは確かだが、私は自分をごまかすことにした。
「まあ、こんな授業してるわけですからね」
……少し会話が止まってしまった。
慌てて私は次の話題を出す。
「……竹山先生って、恋愛経験あるんですか?」
と、聞いたところで後悔した。
――なんか、私が竹山に気があるみたいじゃないか。私は自他ともに認める、誰にも気を許さない、許せない人間なのに。
「あぁ、いやぁ、そうだなぁ……難しいですね」
と、言いつつも竹山は大して苦ではなさそうに、というかむしろ、ちょっと嬉しそうに答えた。
「僕は正直、ずっと子供の時から太ってたのでなかなかモテませんでしたからね……」
――昔はスリムだったのかなと思いきや、やはり太っていたのか。
「顔もよくないですし……」
――さらに、ずっとこの熊みたいな顔だったわけか。
「ちょ、止めてくださいよ、そんなクスクスって笑うの」
「あ、私笑ってました?」
「めちゃめちゃ笑ってました」
「すみませんね、ちょっと昔から私のイメージ通りだったんだなぁって思って」
「新藤先生の中で僕ってどんなイメージなんですか」
「秘密ですね」
「えぇーっ?」
なんか、久々に心地よく笑えた気がする。
単純に、竹山と話しているとなんだか落ち着くのだ。
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン
「じゃあ、今日は二組で行きましょうか。西澤さん、挨拶お願いします」
「起立、気をつけ、礼……お願いします」
今日も授業が始まった。
「じゃ、新藤先生に話していただきます」
昨日のことはもう忘れ去れ、と脳内に叩き込み、私は竹山からマイクを受け取る。
「あっ……」
と、マイクを落としてしまった。
「すみません」
「いやいや、こっちが……」
「いやいや……」
と、クスクス……という声が聞こえた気がして、急いでマイクを拾い上げ、舞台へ向かう。
「それじゃあ、今日は二回目の授業だ。一時間目から眠いだろうが、今日は文部科学省の方が来られている。寝ずに、しっかりと話を聞くように。そして今日は昨日出した宿題の答え合わせをしようと思う」
竹山がテレビを点ける。
「まだ話していなかったが、日本ラブレター協会の会長から話をしていただく。しっかりと聞くように。それでは、会長に話を代わる。会長、よろしくお願いします」
『……はいお願いしまーす』
竹山と同じような容姿と雰囲気と口調の会長だ。
「なんか、良い人っぽいですね」
「先生みたいですね」
「そうですかね?」
「そうですよ」
『じゃあ、まず二年前に発足した当協会が定める、ラブレターの定義をここで知っておいていただきたいと思います。ラブレターとは「恋心をまっすぐ、一文字一文字に込めて、相手のことを思い浮かべながらラッピングし、最高のシチュエーションで渡すための手紙」です』
――なるほど。
宿題を出しておきながら、教師陣全員そんなこと何にも分かっていなかったと思う。また、会長が優しそうだがはっきりと喋るため、説得力がある。
「すごいですね。参考になります」
「ですね」
『そして、書く時の詳しいコツは後で言うとして、大切なことを言っておきますね。それは、どんな手紙にも共通することですが、「手書きで、一文字一文字に思いを込めて書き、会って渡すこと」です』
――会って渡す、か……。
なかなか学生にはハードルが高いことを言ってくる。でも、良いことを言っていると思う。今時、実際にあって告白する人なんてまずいない。
「さすがですよね」
竹山が感心した感じで言う。
「本当です」
「とても参考になりますね」
「ね」
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