第十二話 少年は逢瀬を楽しむ


 皆が寝静まって、少したった頃、僕はこっそりと起き上がった。

 ゴードンの大きな寝息が聞こえる。


 足音を立てないよう、事前に作っておいた足の踏み場をピンポイントで歩き、扉から出る。


 日が落ちたあとの町は暗く、不気味な感じだ。

 護身用に持ってきた刀を強く握る。


『フィルくんって変なところで行動力あるよね』


 悪魔が僕の周りを飛び回りながら楽しそうに言う。


『というか、教会に入るのってがち目の大罪なんだろ?信者の立場としていいのか?』


(いいか?大聖女様も言っている。愛の前では全てが正当化されるんだ)


『いや、全てが正当化されちゃいかんでしょ!』


 まあ確かに少々罰当たりなことをしている自信はある。

 しかし!我が寛大なる神ならば絶対に赦してくれるだろう!


 ということで真夜中、人のいない道を通って、教会へと足を運ぶ。


 教会の扉の前で深呼吸を1回してから、重い扉を少し開き、中をのぞき込む。


 いた。彼女だ。


 前来たときと同じように像の前で跪いている。


 しかし、今度は僕が教会に入ってきても振り返ることはなかった。

 僕は彼女に話しかける。


「前来たときあなたは僕のことを全然咎めないんだなと思ったもんですが、自分も掟を破ってたんなら納得ですね」


 彼女はゆるりと振り返る。僕はその美しさに息をのんだ。


「ばれちゃいましたか」


 彼女は困ったような笑顔でこちらを見る。


「私、そんなに真面目な修道女ではないんですよ。幻滅しました?」


「いえ、全く!」


 ちょっと不真面目なところとかもかわいいと思います。


「あなたも今度ばかりは知らなかったなんていう言い訳はできないと思いますが、どうしてここに?」


「その...あなたに会いたくて。ほら大聖女様も愛の前では全てが正当化されると言っていますし、その、あの」


 これでは、実質告白と変わらないということに気づいてしまい、声は尻すぼみになる。恥ずかしくなり床を見つめる。

 沈黙。


 永遠に思えるほどのその時間は彼女の声によって破られる。


「大聖女様がそのようなことを言ったという記述はないので、それは創作だと思います」


「あ、それはす、すみません」


「ですが、大聖女様なら言ってそうな言葉だと思います」


 反射的に顔を上げる。


「良い格言ですね」


 そこにある彼女の微笑みを見て、思う。


 ああ、好きだ。


「あの、その、僕」


「ところで、それはもしかして刀ですか?」


 彼女の細く白い美しい指が僕の腰の武器を指さす。


「あ、はい。触ってみますか?」


「いいんですか?なら、ぜひ触ってみたいです」


 腰から鞘ごと刀を取り、渡す。

 彼女は慣れた様子で鞘から刀身を取り出し、見つめる。


「儀式用の物を見たことがありますが、これはいい刀ですね。きちんと手入れされている」


「はい、ゴードンの物なんです」


「ああ、結局ゴードンのところで雇ってもらえたのですね。よかったです」


「ゴードンには本当によくしてもらって」


「彼はああ見えて根が優しい人ですから。特に子供に対してのやさしさは目を見張るものがあります」


「ゴードンと親交があったんですか?」


「いえ、間接的に少しつながりがあるだけですよ」


 彼女は刀に視点を固定しつつ、そう言う。

 僕はそんな彼女を見つつ、話す。


「でも、刀にしたのは失敗かもしれません。正直、普通の剣のほうが実戦では強いと思います」


「いえ、そんなこともありませんよ」


 彼女はニコッと笑う。


『しゃがっ』


 悪魔の声が聞こえた次の瞬間、首筋にひんやりとしたものを感じる。

 刀だ。刀が首筋に当てられている。


「刀はその軽さ故に圧倒的な早さで斬ることが出来ますし、斬るということに関しては本当に素晴らしいです。確実に絶命させるという点でも刀による首斬りほど信頼性の高いものはそうそうありません」


 彼女はそう言って刀を鞘に納める。


「ただ、剣を受け止めることは難しいですね。耐久性の面ではかなり劣ります。扱いが難しくはありますが決して弱い武器ではありませんよ」


 彼女から刀を受け取り、腰にさす。


「詳しいんですね。すごいな」


「そんなことないです」


「それにびっくりしました。あんなに早くふれるもんなんですね。刀って」


 首筋を指さして言う。


「あ、すみません。少し配慮が足りなかったですよね。急に刀をふるうなんて」


「いえ、別に!あなたに殺されるならそれは本望ですし」


「そう、ですか...」


『おーい、これ大丈夫なんか?』


(全く問題なし!だよ)


『お、おう、それならいいんだが、そろそろ帰んないとやばくね?』


(...)


 もっとここにいたい。でもしょうがない、今日は帰ろう。


「そろそろ帰りますね」


「ええ、それがいいと思います」


「では」


 去る僕に対して彼女は頭を下げる。僕はそれを見て、口から勝手に言葉が飛び出した。


「あの名前は、名前を教えてもらってもいいですか?」


 それを聞いた彼女は少しの沈黙の後に頭を上げ、やわらかな笑みとともに答える。




「シドニア、シドニアと申します」




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