第五話 少年は全力で駆ける


 僕はまっすぐ最愛の少女の元へと足を進める。しかしそれはあと少しのところで横から差し出された剣によって妨げられた。


「日が沈んだ後に帰ってくるとは悪い子供だな」


 横を向くとあの大柄な男がいた。片手に作られた拳とともに


ボゴオオオオオオオ


「っくあ」


 壁に体がたたきつけられる。殴られた鳩尾が尋常なく痛かった。


「おい、だいじょ


「君はだれか、できれば自己紹介してくれると助かるなあ」


 前に僕を捕まえたひょろっとした青年が後ろからゴードンへと短剣を振り下ろす。


 ゴードンはそれをさけてすぐさま剣を構えて青年と向かい合う。青年が笑みを浮かべつつ、ゴードンに斬りかかると同時にもう一人の槍を使う敵が乱入してきて2対1の体制へと変わる。


 ゴードンは器用に剣をさばいてはいるものの苦戦しているのが見て取れた。


『...おい、おい!』


 呆然と戦いを眺めてた僕の中に声が響く。


 はっとして前を見るとあの大柄な男がすぐそこに来ていた。


『左に避けろ!』


 反射的に左へと無理矢理に体を転がす。


「へー、避けられるのか」


 大柄な男と目が合い、男は笑った。僕はちょうど地面にあった短剣をすぐさま拾い上げて立ち上がる。


 短剣を構えた瞬間、男の剣が短剣を横から払い、簡単に手から短剣がこぼれ落ちた。


「駄目だな、全然なっちゃいない」


『しゃがんで!』


 さっきまで自分の頭があった地点を剣が通り過ぎる。


「でも不思議だ。なぜ避けられる?」


『30センチ後ろ、てかこいつなんつった?』


 悪魔の声だけに集中する。センチなんてわからないはずだ。それなのになぜかどのくらいの間隔かわかる。足を、手を、重心を、慎重に素早く動かす。


(なぜ避けられるか?だと)


『そりゃあ、こちとら10年近く人間観察しかしてねーからな!50右!』


『筋肉のオーラの光り方で、20後ろ!次何するかぐらいわかるんだよ!』


『少年が狩りしてるときも捕まってるときも、60右!ずっとお前を見てたからな、癖もバッチリ把握済み!25左!』


(ちょっとうるさい!)


『うう......30右』


 男は律儀に返答されているともつゆ知らず、僕が避けるのを面白そうに見ていたが、急に攻撃をやめる。


『っっあ、だめだ!こいつの狙いは妹ち


 最後まで聞かず、後ろへと歩を進め始めた男に体当たりをする。全く動く気配はなかったが、男は驚いたような表情で剣を振るう。咄嗟に後ろに後退して避ける。


(僕はお前の指示通りに動く、だから、絶対に指一本もリナに触らせるな!)


『無理難題だなっ、15右に』


 男の突きが頬をかすり、通り過ぎる。


『ふう、これしかないか!一気に200下がれ!そうしたら右手を30後ろに』


 足で地面を思いっきり蹴る。後ろに下がり、前を見ながら右手をもっと後ろに手を伸ばす。


『そこに短剣がある!』


 短剣のつかを手がしっかりと掴む。


『右に500、だ』


 右を向き走る。剣が背のぎりぎりをかすったのを感じる。


 思いの他速度がでない。ああ、疲れているのか。


『少年にはこいつを倒す力はない、なら』


 ゴードンと敵の肩越しに目が合う。


「っあああああ」


 短剣がゴードンへ槍を振り下ろしていた敵に突き刺さる。深く、深く



『...あ、しゃが』


 しゃがもうと腰を落とすが足に驚くほど力が入らない。地面へと座り込んだ。


 あ、死ぬ。そう本能的に思った。そのとき、



「かしらさーん、私は先に逃げますねえ」



 脳天気な声が響き渡った。


「は?」


「え?」


「へ?」


『ん?』


 声が重なり合う。


「いや、この人相手に私一人は厳しいですもん」


「は...?」


「かしらさんとでも多少手こずるでしょ?そもそも実力者はこないって話だったのに違うし、前提が壊れた以上援軍が来る可能性もあります。これは逃げるしかないでしょう」


「...本気か?お前は依頼人に厄介払いされた身だろ?逃げたとしたらそれこそ生きていけないだろうが!」


「まあ、そこはなんとかしますよ。では!」


 飄々とした青年は手を振りつつ去って行った。


 大柄な男はそれを呆然と見つめていた。


 ゴードンはその男の首元に剣を素早くかざす。


 そして僕はリナに駆け寄った。


「リナ、リナ、リナ!」


 名前を呼び、肩を揺らす。幼い少女の目が薄く開いた。




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