第四話 少年は故郷へ舞い戻る


 もう日が落ちきった頃、僕が門のもとへたどり着くと門番たちはとても驚いた顔をして立っていた。


「アンカ村が盗賊に襲われたんです。助けてください」


 門番にすぐさま事の次第を話したが、その反応は期待したようなものではなかった。


「うーん、そのことについて見てきたのは君しかいないんだよね」


「そうなりますけど、もしかして僕を疑っているんですか」


「いや、そういうわけじゃないんだけどね。そういうときに人を派遣するには大人がきちんと見て確かめなきゃいけないんだよ」


「じゃあ、すぐ誰か見に行ってくださいよ!」


「うーん」


 門番たちは内輪で話し始めた。


「あの村って行き帰りどのくらいかかるっけ?」


「馬で行ったら明日の昼くらいに帰れるって感じだな」


「そもそも村を襲うなんてことするかね?」


「ああ、今年は収穫もよかったし、領主に目をつけられてまですることじゃないな」


「まあ、どっちにしても一応行っておいたほうがいいだろうな」


「お前行けよ。あそこらへんの出身だろ?」


「いや、アンカには行ったことないし」


「頼むよ」


「無理なものは無理だ」


 いらつく。こいつらはこうしている間に村の人々がどういう思いでいるのか考えたことはあるのだろうか。


「ちょっと失礼?家に帰りたいんだが」


 急に後ろから声が放たれる。ビクッとして後ろを向くと馬をつれた男がいた。それとなく盗賊の奴らのような雰囲気で目つきが悪い。


「ああ、ゴードンか。いいところに来たな」


「なんか問題でも?」


「アンカ村に盗賊が襲いに来たっていうんだが確認してきてくれないか?」


「俺そこに行ったことねーぞ?途中迷うかもしれないんだが」


「これもお前の、何でも屋の仕事の内だろ」


「いや、これは門番の仕事だろ。んーまあ、やるよ。その代わり屋敷の件はそっちで処理してくれるか?」


「おう、それはまかせておけ」


「ただ、アンカ村かあ。案内人を探すのが面倒だな...」


 ゴードンという名の男はため息をついて門の中へ入ろうとする。とっさに僕は男を追いかけて、その服をつかんだ。


「ああ?」


「案内人って探すのにどれくらいかかるんですか?」


「さあ、まあでも夜に見つけるのは難しいだろうから、朝くらいに探し始めようとおもってたが」


「なら、僕が案内します。だから一刻も早く行ってください」


「無茶なこと言うな。そもそも夜間の移動なんてするもんじゃねーよ」


「っそうですね。そうですよね」


 僕はうつむき、考える。この人を動かすために何か、何か、何か!


 そうしていると悪魔がこちらを心配そうにのぞき込んでくる。


 こいつはこれに関して全く役に立たないようだ。屋敷から逃げ出すときはあんなに...屋敷?


 はっとひらめいてポケットにしまっていたナイフを取り出す。


「このナイフに刻まれている紋章を見ればわかると思いますが、僕はここの領主の傍系であるセレット家の息子です。」


「確かに、それはセレットのものだが、...お前が?」


「はい。だから、あなたが急いで村に来てくれたなら沢山の金を払います」


 男の目が注意深く自分を見つめた。


 そして、男は少し考えて、ため息をつき返事をする。


「本当に案内できるんだろうな」


「ええ」


「話の通りだと盗賊がいるかもしれないが、いいんだよな?」


「もちろん」


「じゃあ乗れ、行ってやるよ」


 男の馬の鐙に足をかけ、乗ろうとするが、うまく体を持ち上げられない。男が後ろから僕を押し、乗ることができた。昔おじさんが乗っていた姿を思い出してたてがみをつかむ。後ろから男が乗り込んだ。


「俺の名前はゴードンだ。戦闘とかは期待するなよ」


「はい」


 ゴードンはそうとだけ伝えると、馬を走らせる。


『うん?どゆこと?なんで村のほうにもどってんの?』


 ちょっと言ったところで静かだった悪魔が急に話し始める。


(案内するから)


 端的に伝えると、悪魔はあわてて説得をしてくる。


『え、いや、ちょっと待ってって』


『折角、町についたのにどうして戻ることになるの?』


『いや町で待って、そういうことは他の人に任せようよ』


『絶対やめておいた方がいい』


『いや、がちで』


 悪魔はそこからなんと30分も説得をし、僕は完全無視を決め込んだ。


 僕の鍛えられたスルースキルを舐めてかかっていたらしい悪魔もついには折れた。


『どういう話の流れだったんだよ...?まさかここになって言語の壁が効いてくるとはなあ』


 悪魔はため息をしてから、少し考えて話し始めた。


『少年が町に戻る気ないのはわかった。せめて村に行っても生き残れるように協力するよ』


(それは助かるけど、いいのか?)


『あのねえ、君が死んだら俺がガチ目に二度死にする可能性だってあるんだから当たり前』


(...ありがとう)


『...いいえ。まず聞きたいことがあるんだが俺みたいな幽霊ってよくいるのか?』


(いない、悪魔は聖書の物語に出てくる。大聖女様に憑くやつ。そもそも幽霊ってなんだよ?なんで死んだ人がこの世にいるわけ?)


『知らんがな。でもそれなら俺の存在が有利に働くかもしれない。よし、作戦会議を開催しよう。そのやつも一緒にいくなら参加してもらいたいな』


(お前の声って他の人には聞こえないよな?)


『イエス!伝言形式でいこうぜ。あと俺はこいつとかお前が口に出して言ってることはわかんないから通訳もよろしくな』


(...)




ーーー




『あと少しで村には着く、まだあいつらはいるな。半分くらいのやつは寝てるね』


「村まで少しです。話し合ったこと確認しなくて大丈夫ですか?」


「いやまあ確認はいいけどさ、君本当に12歳?」


 反射的にゴードンが言ったことを心の中で繰り返して通訳をする。


『そうでしょう。そうでしょう。これこそが勉強そっちのけでストラテジーゲームやってた成果ですわ』


 どや顔で悪魔が高笑いをする。うん、通訳しなくてよかったな。


『とりあえず、ゴードンに盗賊を見せるんだよな?それなら東側から回って少年の家を経由して広場行けばいいと思う』


「東側から回って、家に入って広場にいる盗賊を見てください」


「ああ、というか今も広場に盗賊がいるかはわからなくないか?」


「大丈夫です」


「え、いや、でも」


「これは絶対本当です」


「...」


「信じてください」


「はあ、わかった、馬はここらに置いておいたほうがいいな」


 ゴードンさんが降りたあとに自分一人で降りる。見慣れた森を見渡しつつ、慎重に歩みを進めた。


 家の裏から薪調達のための穴を通って、愛しき我が家に入る。


 中に入るとそれはそれはひどい状態だった。金目のものはもちろん食料も持ってかれている。しかし、リナの姿は見えない。


(リナがどこにいるかわかるか?)


『...うん、いや、わからない』


 リナのことが心配だ。


 そっと玄関のそばの窓に近づいた。悪魔が窓の外を見る。


(おい、外のぞいてもいいのか?)


『...ああ、うん。誰もこっちを見てない』


 悪魔の声を聞くと同時にゴードンに合図を送る。


 ゴードンは窓をのぞき込み、すぐに窓のそばを離れた。


 その顔は不快感をあらわにしていた。彼は手で撤退の合図を作る。僕は少し迷って、待つよう合図を送った。


(僕も見ていいか?)


『だめだ!』


(は?なんでだよ?)


『それは、その』


 埒があかない。


 僕は窓から広場を素早くのぞき込んだ。


 色々なものが見える。


 飲んだくれている盗賊たち、転がる貴重な食べ物、そしておじさんの隣で縛られ倒れている...妹。


 僕は窓を殴ろうとし、ふと自分の横に玄関がきちんとあることに気がついて玄関の取っ手に手をかけた。


「ぉ、ぉぃ」


 ゴードンが裾を持つのを振り払い、玄関を開け放つのと同時に3人ほどの好意的とは到底いえそうにない視線がかかる。



「まじ?戦うとか聞いてないんだが」



 後ろからゴードンのぼやきが聞こえた。





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