第33話 銀髪の狂猛獣


「――し、勝負あり!!」


審判はフレデリックがピタリとも動かなくなったことに唖然あぜんとした。

まさかあのギルド長が敗北するなんてビタイチも思っていなかったからだ。

あわてて魔法士が回復術でフレデリックの治療に当たる。


5分ほどしてフレデリックは目を覚ました。

死んでなくて良かった、とハルトはほっとした。


「…やはりわしの予想は間違っていなかった…貴殿の名前を聞いてもいいか?」


回復したのかフレデリックはムクっと起き上がった。


「タナカ・ハルトです。たまたま勝てただけですよ」


フレデリックは”覚えておこう”と言い、笑ってハルトの背中をバシバシ叩いた。


「それでAランク試験だったか、文句なしの合格だ!」


観客席で見ていたミーシャとリリは、ハルトに駆け寄って合格を一緒に喜んだ。

ミーシャは無邪気に笑い、その口からチラつく八重歯が可愛い。

リリはさも当然だろう、という態度であったが内心は喜んでいた。


「さすがハルト様です!!」


「やはり主様にしか勝てぬでありんす」


――ハルト達はギルド内に戻り、またも応接間に通された。

家具などは商会ほど華美ではないものの、その空間は十分に広い。


フレデリックはハルトの事が色々知りたいのだろう。

ハルトに対しどこの出身なのか、どのような冒険をしてきたかなど色々な事を聞いた。


出身は東、とだけ言ったのだが細かく聞かれて言いよどんでいたハルトを見て、フレデリックはそれ以上の詮索せんさくをしなかった。


「キングキメラの討伐は儂が行っても良かったんじゃがこの身の上、な」


ギルド長であるフレデリックさんの身になにかあればまずい。

他の冒険者に頼らなくてはいけなかったことにもうなずける。

あのタイミングで商会に立ち寄って正解だった、とハルトは回顧かいこした。


――ハルトは本命であるミーシャの故郷の話をフレデリックに訊ねた。


「それで、僕たちはこの娘を故郷まで送り届けたいのですが、猫耳族という集落を知りませんか?」


「猫耳族…というとあの戦闘部族か。儂も一度だけそちの娘に似た猫耳族を見たことがある」


そのフレデリックの言葉を聞き、ミーシャの猫耳がピクっと反応した。

もしかすればミーシャの知り合いかもしれない、とても大きな手掛かりだ。


「名は確か……そうだ、アイシャ・シェールだったか」


フレデリックは腕を組んで目を閉じ、その名を思い出した。

シェール。ミーシャのファミリーネームと同じである。


…ハルトはまさかとは思ったがそのまさかだった。


「――そ、その人は、わ、私の母親です」


ミーシャは名前を聞くや否や、思い切り立ち上がった。

声を張り上げるが、恥ずかしくなったのか段々とその声は小さくなっていく。


「――っ!」


「彼女はSランク冒険者で、銀髪の狂猛獣シルバー・ビーストと呼ばれ周りの冒険者から畏怖いふされていたな」


母親は銀髪なのにミーシャは黒髪だ。父親の髪が黒いのだろうか?

しかし五年以上前から突如とつじょとして姿を消してしまったらしく、捜索願も出されているが何も進展は無いそうだ。


今までミーシャから母親の話をあまり聞かなかったことにも納得した。

彼女もまだ11歳の女の子だ。母親というとても大きな存在が居ない、というのはとても可哀そうに思えてしまう。


「そう、なんですか…」


「――気にしないでください、ハルト様。その代わりにお父様が、私に沢山の愛情を注いでくれました」


母親が失踪しっそうした挙句、その後奴隷にされかけて…

とミーシャの生い立ちにハルトは心の中で号泣していた。

リリは袖で涙をぬぐい、フレデリックも涙ぐんでいる。


「……集落はここから山を北に2~3個越えたところにあると聞いたことがある、無事にその娘を届けてくれハルト」


その為の協力なら惜しまないとフレデリックは言ってくれた。

頼もしい人だ、また何かあれば頼ろう。


「もちろんです、ありがとうございます。フレデリックさん」


――受付嬢に発行された冒険者カードを受け取ったハルト達はギルドを後にした。


しばらく二人には馬車の上で尻が痛く退屈な思いをさせてしまった。

食材や新しい服など買いたい物もあるため、この国で3日くらいはゆっくりさせてあげよう。

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