第34話 リリの弟子


商会の前に停めてある馬車はそのままにして、ハルト達は街のにぎやかな方へと向かった。

ミーシャには専用の”空間ポーチ”の買ってあげたいとハルトは前々から思っていた。

毎回調理道具や着替えを手渡すのも面倒だろう。


「へいどうだいお兄さん、焼き串だよ!四本以上買うとお得だよ!」


タオルを頭に巻いた屋台の男が歩いているハルト達に売り込む。

それは焼き鳥…ではなくワイバーン肉とオーク肉だったが。

ちょうど朝食以降何も食べていなくてお腹も空いたし、いい香りなので買っていこう。


「――ではワイバーンの焼き串を6本ください」


「6本で…銅貨16枚だ!」


一本銅貨3枚であるため、少しお得になった。

この世界での銅貨の価値は日本円にすると100円程度だろう。

銀貨は大体5000円程度なのだが、その年によって銀の含有率も変動するので一概に価値が同じ、とは言えない。


「毎度あり!!」


ハルトは焼き串を三人で2本ずつ分け合った。

ミーシャはありがとうございます、と言って受け取りそのワイバーン肉を頬張った。


試しにハルトも一口かじってみる。なんとも歯ごたえがあり、噛むたびに肉汁が滲み出てくる。オーク肉と比べると好みが分かれそうだ。


「これも十分に美味でありんすが、やはりミーシャの料理にはかないんせん」


ハルトはミーシャのお陰で、毎日美味しい料理を食べられる事を感謝した。


気づいたらリリはそのままふらっとどこかへ行ってしまった。

まだ宿の場所も伝えてないのだが…彼女なら大丈夫だろう。


歩いている時に見かけた、服屋に飾ってある黒いスカートをミーシャが目で追っていたので、ハルト達は立ち寄ることにした。


――つまりこれはあれなのか、ミーシャとデートなのか…?

ハルトはそのような邪念を払い、今日はただ楽しませてあげようと心に決めた。


中に入ると服屋なので多種多様な服があるのだが、女性ものの衣類が比較的多くあった。そこそこ大きい服屋だからか、試着室もある。

手始めにミーシャが目で追っていた黒いスカートを履かせてみようか。


今までは短パンに”隠者の羽織”だったのだが、黒のスカートを履かせるとこれは…犯罪級に可愛いのだ。


「――うん、似合ってるよ」


「あ、ありがとうございます…」


ハルトに似合ってると言われ、不意に頬を紅潮こうちょうさせるミーシャ。

やはりその尻尾は感情と連動して動いている。

その後も小一時間ほどミーシャの着せ替えショーを楽しんだ。


……あまりにミーシャが何でも似合うので、ついつい色々な服を着せてしまった。

結局ハルトの反応が一番良かった、最初のスカートと青いリボンの付いた白いブラウスを、ミーシャが欲しがったので買ってあげた。


「――ありがとうございます!ハルト様!」


「気に入ったみたいで良かったよ」


あとは魔法具店に行ってミーシャの”空間ポーチ”を手に入れるだけだ。

リリに至っては、自身の体内に収納できるそうだ。スライムって便利だなぁとハルトは感心していた。


――たまたま通りがかったツタの張った魔法具店を見つけたのだが、開店は夜だと書いてある。窓も締め切っていてなんとも怪しい雰囲気を放った店だ。


「あとで一人で来るか…」


ミーシャとの食事、買い物デートを十分に満喫まんきつしたハルト達は用も済んだので宿に戻ることにした。


「泊まられますかー?何泊されますでしょーか!」


うさぎ耳の少女が受付をしてくれた。

グローリア王国の時もそうだったが、この世界の従業員は亜人の方が多い気がする。


「とりあえず、二泊で」


二人のプライベートを考慮したのだが3部屋も空いていないとのことだったので、広い部屋を借りた。

ここらでは大きい宿なので銀貨10枚は妥当だろう。


「……そういえば、リリがいないな。…まぁいいか」


リリの心配は微塵みじんもしないハルトだった。


夕食を食べるために受付を進んだところにある食事処に二人は向かった。

日も落ちたばかりで夕飯時だ、冒険者や亜人、様々な人種が酒をあおっている。


端の方に空いていたテーブル席にミーシャとハルトは腰を掛けた。

メニューを見てさてどれにしようか、と悩んでいたその時、やけにあちらから盛り上がった声が耳に入ってくる。


あまりに騒々しいので、ハルトはふとそちらに視線を向けたがそこには…


「――ほれほれ、こんなものか?わっちと戦いたい奴はもういないでありんす?」


浴衣を肩まで捲り構えているリリを中心としてテーブルに人だかりができていた。

男たちがリリに腕相撲を挑むのだが、次々となぎ倒されていく。


「次は俺だ、俺!地元じゃ負け無しだったんだぜ?」


短髪で冒険者の身なりをしたフツメンの男が挑むが、リリの腕はピクリとも動かない。

人間が力でリリに勝てる訳がないだろう。


「あいつは何やってんだか……」


羽目を外しているリリに対し、ハルトはため息をついた。

ミーシャもジト目でその様子を見ている。


バーン!と机が大きな音をたて、冒険者はひっくり返った。

一瞬気を失うがすぐに取り戻し、今度は別の意味でリリの手を握った。


「ど、どうか、俺を弟子にしてくだせぇ!師匠!」


リリはいつの間に手に入れた扇子で口元を隠し、偉そうに座っている。


「うむ、良いでありんす。わっちが来いと言えばすぐに駆け付けるのだぞ?」


――この日、リリに弟子(?)が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る