shadow

@omochsukey

第1話

 ランドリーの乾燥機を眺めている。反射したり、中のものが透けたりしている。

 背後から女の声が聞こえた。ランドリーのはみ出た天板を使って雨宿り代わりに電話を取り出していた。大方、ずぶ濡れになる前にアベックに問い合わせをしているのだ。

「ゴーストタウン」

「...。」

 いつからか街はゴーストタウンと言われるようになっていた。それはただの悪口や仇名と言って、単純に片付けられるものじゃない。変死体に墓地に出る幽霊と物品の紛失。奇妙な事件や噂が次々挙げれるままやまない。間違いなくこの街は大陸唯一のスラム街であり呪われていた。


(いつ犯罪に巻き込まれるか、わからない。早くここを出よう...)

 乾燥機から衣服を取り出した。天気は浮き沈み激しいが好調を垣間見る。

「そろそろ帰ろうと...」

「.....誰も居ない」

 ここに居ても意味はないと思った。


 佇む街灯の多くは閑静な街並みに同調している。家路にそっと着きながら白い息を吐いた。喧騒一つない市街地を暗い水色をした空が覆っている。

「街灯が付く前に」そう思うと、足早に帰路を踏んでいた。


 テーブルには昼に届いたインスタントかなにか、よく分からないピザが置かれている。

 11時後半。物で溢れかえった部屋を、テレビのブルーライトが照らしていた。

 放映内容はnewsで街の事件が垂れ流しで映っている。

 ...目が半開きになってから数秒経った時か、ソファの後ろから、玄関からドアを叩く音が聞こえた。


「なあ、元気?」

「ドンファ?」

「アンタ、暇だろ」

「どうにも寝付けない。すると、下の階が騒がしいんだ。

「だから?」

「見に行ってくれよ」

「気のせいだろ。あと俺は便利屋じゃないよ」

「すると今日も眠れないかな」

 ドンファンは隣に住む知人だ。それ以上でも以下でもない。

 ...ただ彼が人一倍デカい体躯でいて、臆病なのは、このアパートの住民の誰よりも知ってた。

(1F?)


 窓の外は真っ暗だった。照明がぼんやりと辺りを照らしている。消えかけの照明もあるため、懐中電灯を部屋から持ち出して歩いた。丁度、廊下の寒さにも慣れた頃だ。

「...?」

 ガサガサと何処かから音が聞こえるのだ。

「...!」

 ...ゴミ箱が荒らされてる。散乱したゴミから腐乱臭が込み上げてくる。

「誰だよ。こんなことしたの」

 ゴミの中身を確認してみる。中身に異常はない。

 素人目にはゴミ置きが荒らされていること以外、不審な点はない。証拠もあるわけではなく、それは業者が不審に思うように祈るしかなかった。

(ここに住んでる子供の悪戯なのか?)

 時間の無駄だよな。早く部屋に戻って寝よう。

「あー怖い怖い」


「ドンファ、ドンファ...!」

 返事がない。

「ああ、クソ...」

 折り返しにドンファの部屋の扉に数回ノックをかましたのだが、一向に出てくる気配はない。

 夜はもう更けているから。諦めて部屋に戻るしかないかな。

(だいぶ人使い荒いよな...)



 玄関から部屋に入った。

 丸い卓上から匂いがする。

 スマホのカレンダーを覗くと、休日最後の日が始まってる。蛍光灯代わりのスマホには、これといった目新しさはない。

 結局、テレビをつけたまま俯いて、気づいたら少し寝ていた。


 

 路地裏で人が俯いている。その顔を覗いても、悲しいことに誰か見当も付かなかった。顔が潰されている。数本の長物で誰か分からないくらい滅多刺しにされてた。路地奥の外壁は血痕で汚れている。コンクリートに無数の傷跡がある。

それは路上アートなんかじゃなくて、本当の殺人現場だった。

「イースト地区13番地」

 看板に目をやる、イースト地区はゴーストタウンのことだからなんとなく分かるが、あとの13番地は聞いたことない。

(出鱈目な落書きだな)

 そういえばさっきから、何かが動く音が聞こえる。

 刃物を引きずる音みたいな。血痕は固まってるのに。

 ギリギリとコンクリートを削る刃物の音が聞こえる。





 目を開けたら部屋に戻っていた。ソファで寝てたから体が少し痛い。

「13番地...」そんなものあるわけない。

「あれ?」

 テーブルの上には宅配ピザの容器がある。中身は空っぽだ。

「...いつ食ったかな」


 他に空きっぱなしの冷蔵庫とインスタントラーメン。

「空き巣?」

 タンスの中や鞄の中の金品や貴重品の安否を確認する。家の鍵は施錠して固く、窓枠もしっかりと施錠してある。間違いなく完全な密室だ。

「...いやだな」

 不確かだけど1Fの件と、この空き巣の関連性は否定しきれない。

 今の部屋の中の状況を犯行の内と含めて見ると犯人は何か恐ろしいものだ。それは施錠されたワンルームの扉を容易く通行できるのだから。しかし、残念ながらそれを確かめるために必要な物、自身の部屋の中をリプレイできる機器も機能も持ち合わせてはいなかった。これじゃ、部屋にあったものが無くなったから、それは1Fの騒音と関係あるんじゃないか、なんてただの憶測なだけだった。


 強く扉をノックする音が聞こえる。

「ドンファン...?」

 珍しく思いながら、玄関まで扉を開けに行った。恐らく昨日の騒音の話をする。

「うるせーな」

 白い無地のyシャツに何か赤いものが滲んでいる。

 変な話、隣人や知人ではなく、それは凶器を持った殺人犯のようだった。



 とある石畳に投げつけられ、無事その光景との再会を果たした。

 空気が重い。胸焼けしたような空気で、長居すると頭がおかしくなりそうだ。

「幻の13番地」

 看板はいくつもあるようで、普段は入れなさそうな店、視界に入るもの全て周到におかしな看板がくっつけられてる。

「刃物を引きずる音」「路地裏の死体」

 全身武装した人が全身武装した人に報告をしている。

「何があったんですか」

 野次馬が隙間に割り込む。会話しようとしてるみたいだ。

「今は取り込み中」

 どけと言わんばかりに追い返された。ハロプラに相手にされなかった。

 そりゃそうだ。

 けれどさっきの話の内容は見当がついた。

「...死体なんて見に行っても仕方ない」

「そりゃどうかな」

「え?」

(なんなんだコイツ)

「俺の名前はhabit」

「うん。よろしく」

 数分が経った。

「おたく。なんも分かってないな」

(え...?)

「俺は死体を見に行く」

(...?死体を見てなんの意味がある)

「...せいぜい足掻けよ」

「俺がお前をこの世界に持って来た」

 なんとなく、意味が分かった気がした。

「...habitが俺をこの世界に?」

 ...俺はこの世界から脱出したい。

(だったら確かめなきゃ。アイツを追わなきゃなのか...)

 星の見える夜景と肺が黒くなりそうなネオンが次第に動き出した。全方向から人の流れが伝わる。飛び越えられそうなバリケード。壊れた木箱、高所からの飛び降り。全てを使って影の行先を追わないと。きっと現実に帰れなくなる。この都会から抜け出せなくなる。



 突如、鳴り出したサイレンと悲鳴が、路地裏で聞こえた。

「一体何が起こってるんだ」

 辺りの警備に見つからないように木箱の裏に回った。膝を地に置く。するとハロプラの重装警備員が走ってきた。

「刃物を所...凸...許可」

 スピーカーから物凄い衝撃音が聞こえた。

「おい!応答しろ。おい!」

「俺のトランシーバーが!」

「後にしろ!後に!」

 何人もの警備員が足早に走り込み、狭い路地へ向かった。

「あの男を追ってるんだ」

 スピーカーにノイズが走ってる。

 巨漢が暴れまわって、警察がそれを取り締まる為に占拠する。なんとなくその実体が分かって、俺は生への貪欲な執着が溢れるのを感じた。



 13番地の路地裏に来た。俯く死体と散らばった凶器。記憶の断片が彷彿と呼び起こされた。

 血痕の飛び散った跡。ここで無力化された警備員の死体。

 その山の上に蠢く影を見つけた。

「しつこいな。俺の捕食シーンは他人に見せたくないんだ」

「......」

 人の体躯した、habitがこちらを見た。

「......」

「...あっち行ってくれ」


「元の場所に戻らないといけないんだ」

「おたく。分かってないな」

「......?」

「理由分かる?この場所に来た理由」

 この世界に来た理由?

「結果の話」

「...死んでる」

 そう言って、地に落ちた死体を転がした。

「お前も仲間なんだろ...」

 その行動は、何か意図があるみたいで、悪い意味では捉えたくない。...おそらく、それは提案だ。

「今朝の男が宿敵だ」

「俺の敵」

「そう。アイツは狙ってる」

「!?」

 どうして?

「俺に殺人なんて出来る訳ないだろ?」

「それじゃあ、無残に殺されるのか」

 habitは乾いた笑いを吐いた。



 路地裏を抜けた先、大通りの方からネオンの明かりが薄ら見える。道路外れの端、暗い影の中で少し考え事をした。その大半、どうでもいいことだったけど、多少の不安が緩和された。

「パルクル」

「ふえ?」

 habitだ。人とは思えない、おかしな速さで近寄って来た。

「安置まで」


「おい殺せ!はやくあいつを殺せ」

 サイレンと野次。人混みの中、habitと移動したら逸れそうだ。ハロプラの警備隊は辺りを取り締まってる。

(じゃあ、どうやって進めばいい?)

「パルクル。じっとしてて」

 

 人の居ない道路にいた。あちらこちらに遺体が転がってる。サイレンも野次も今は聞こえない。

 前に立っているのはhabitだけだ。

「なあ、敵はすぐ近くだ」

 そう言って、habitは血塗れた遺体を見ていた。


 バリケード、遺体、廃車、折れた電柱、13番地は静かに壊れている。

「なあ、警官の遺体が銃を持ってるかもしれない」

「俺、行くわ」

 habitが動いた。確たる根拠もなく自分自身を信じていた。     

 俺はhabitなくしては元の世界に帰れないから。

「もう、遠くに行った」

 警官の遺体が銃を持っている。

 廃車からガソリンの匂いがする。

 バリケードを使えば逃げられるかもしれない。というか今から逃げることだって出来る。火を持っていたら発火することだってできるし、発見があれば希望が湧く。自由こそが何よりも凶器だ。

「そうだ。もう遠くに行った」

 帰り道が遠のいてる。急いで、直感の指す方角に向かって走った。


 

 大男はあぶく立ちそうな口元をゆっくりと動かした。

 束の間、遅れて青年がやって来た。

「habit!」

「俺の前に立つな!後方からまたチャンスを伺え」

 habitは注意深く制止すると雪崩れ込むように大立ち回りの刃物を持った男が接近してくる。

「habit!」

 それはうざい。なにもかもが。銃弾が男の頬をかすった。

「...いいから早くしろ」

「この拳銃、射撃精度が低いんだ。一弾撃つと、次がブレる!」

「ああ...クソ...」

 それは当たり前だ。と言いたい。しかし、戦闘において使えない彼がこの怪物を止める方法はないものか。

「habit一旦戦線離脱しよう!」

「断る。勝算なんてないだろ」

「そうでもない!」

「断る!」

「ここまでhabitを信じてついて来た!ならそれに応えてくれ!」

「......」

「俺のこと見殺しにしてもいいから!」



「え?habit?」

 気づいたらさっき通って来た場所にいた。オブジェクトの位置が顕著に現していた。

「後ろ」

 積まれた車から、ものすごい音が聞こえる。

「追ってくるぞ」

 俺はhabitの目も憚らず走り出していた。

 後ろから物凄い轟音が聞こえる。

「近い。勝算がない」

 ああ!うるさい!!!

 .....。

 頼みのライターは一個だけ。ここから先の一箇所に目をやる。

「すぐそこだ」

 habitが語りかけてくる。敵は食らいつくように追って来て、間近、目前にいる。

 地面を勢いよくスライディングした。

「ここだ!」

 振り返りガソリンの漏れた車に狙いを定めて、熱を持ったままこうこうと燃えるライターを投げた。

 すると車ごと燃えて、爆発が起きる。車に突っ込む勢いで、体当たりした男は車の爆発に巻き込まれてる。

「くっ...」

 拳銃を構える。

「よくやった!」

「やった...のか?」

 俺はhabitの声を聞いた瞬間、その場に雪崩込んだ。

「違うまだだ!バカ!」

 車、上で突如、男が起き上がった。変死体のような姿をしてもまだ動く。

「...やばいな」

 すぐ後ろから風切りの音が聞こえた。

 俊足の速さで動く影を見た。

 影は急降下で落ちて、男を下敷きにした。車はぺしゃんこに潰れて、燃え盛っていた筈の炎も消えている。

「気を抜くな。カス」

 変死体はなく、男の骨も残らずに、そこにはaだけが立っていた。

「あ...あはは」

 風切りの音は、habitが地面を蹴った音みたいだ。物凄く早い。

「...苦労掛けたな。役に立つとは思わなかったよ」

「なあ、habit」


「元の世界に帰りたい」

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