番外編1:波の音が聞こえる

※会話シーンやいちゃいちゃをもっと書きたかったのですが、本編に入れるとややこしい&繋ぎがめんどくさいので、番外編として書き出しました。一応本編との矛盾が無いようにしていますがほとんど直接関係がないので、読み飛ばしてもらっても大丈夫です。




「夏になったし、海に行きたい」

僕のその一言で、純地と二人で海に行くことになった。

純壱が連れて行ってくれた砂浜は、人が年中少ない穴場だった。

波の音と風の音だけが聞こえる静かな砂浜だった。

持参したパラソルと立てシートを敷いた。そこに二人で並んで座った。

「んー静かでいいね」

「ああ。二人っきりだからね。たまにサーファーが来てたりするけど、ちょっと遠いから基本的に人はあまり来ないんだ」

「いいところ知ってるね。物知りだよね純壱って」

「いいや、大抵のことは友達に教えてもらったことばかりだよ。僕の知識の多さは友達の多さってだけ」

「それもすごいことだと思うけど」

「そう?寂しがりやが高じただけだよ」

「だけって…まあいいや」

膝を抱えて前のめりになる。いわゆる体育座りという姿勢だ。

「僕さ…海、初めてなんだ」

「えっ、一度も来たことないの?」

「うん。テレビとかで見ただけ」

「小さいころに連れて行ってもらったりとか、無かった?」

「連れて行ってくれる親だと思う?」

「…ああ、そうだったね」

「でしょ?」

「なら今日は、記念すべき日だね」

「だね」

「どう?初めての海は」

「ずっと遠くまで、建物も山も無くて広いなあって。あとこれが潮の匂いなのかな?普段じゃ感じられない海風を感じて不思議な感じ」

「わかるよ。水平線は海の近くでしか見られないからね」

「あと…本当に波の音ってするんだね。ざざあ、って」

「静かな浜だと聞こえるね。海辺のホテルとかに泊まると、寝るときに窓を開けておくと、いい音がして心地が良かったよ」

「泊ったことあるの?」

「ああ。友達との付き合いでね。ロマンチックだった、とても」

「いいなあ。僕も行きたい」

「じゃあ今日は帰らないでこの辺のホテルを取るかい?海帰りの人が泊まる用のホテルとかもあるよ」

「へぇ~。で、いきなりで泊まれるの?」

「空いてればね。無かったら諦めよう」

「そうだね。泊まれたら、波の音を聞きながら眠りたい」

「ぜひともそうしよう。二人きりで話でもしよう」

「うん。…そろそろ海、入りたいな」

「じゃあ、行こうか」

「うん」

パラソルから出て、僕たちは波際に向かった。ビーチサンダルを脱いで、迫る波へ一歩踏み出した。

「わあ…!」

足元に塩水が広がる。それらが引いていくと、まるで自分の方が海から遠ざかっているような錯覚を感じた。

「砂が足の周りだけ削れて変な感じ」

「不思議な感覚だよね」

「ね…わっ!今の波すごかったね」

「たまーに大きいのが来るね。そういうものだよ」

「そ、そうなんだ」

「ほら、もっと奥まで行こう」

「えっ、ちょっと怖いんだけど…」

「手を繋いでいてあげるから大丈夫だよ。そんなに深くまで行かないし」

「えーじゃあ…」

「ほら手出して…うん、じゃあいくよ」

僕と純壱はゆっくりとさらに深いほうへ歩みを進めた。

腰辺りまでつかるほどの深さまでついた。たまに波が来て胸のあたりまで濡れる。

「おお…波がすごいけど、気持ちいいね…」

「ほんとだね」

「暑いから頭からかぶったら気持ちいいかな?」

「やってみる?手離さないから、潜ってみたら」

「えっ…でも…」

「怖い?」

「うん…」

「じゃあかけてあげる」

純壱が手を繋いでいる手の反対の手で塩水を掬い、僕の頭の上からかけた。

「ん、ちょうどいいかも…」

「ならよかった。じゃあ僕、潜るから」

「えっ?」

純壱は僕の手を掴んだまま、勢いよく息を吸い込み、息を止めてしゃがんで頭の先まで塩水に浸かった。1秒にも満たない時間の後に勢いよく水から顔を上げて、張り付いた髪を手でかきあげた。

「いいね、気持ちいい」

「すごい…」

「やってみなよ、気持ちいいよ?」

「う、うん」

僕は息をしっかり止め瞼をぎゅっと閉じて、勇気を出して頭を水に沈めた。純壱と同じように、一瞬だけ頭の先まで浸かって水面を飛びだした。ぽたぽたと水滴が落ちていく。

「ほんとだ、気持ちいいね!…あっ目が痛い」

「目に入った?塩水だから痛いよ。一回上がって目を洗おうか」

「そうする…」

僕たちは海から出てパラソルの元へ戻った。持ってきた洗浄用の水で顔を洗ってから、再び海へと戻った。

それから泳いだり近くの岩場で磯遊びをしたりと、散々遊んだ。

意外と純壱はアウトドア派のようで、岩場の貝の取りかたとか、魚の居場所とかを教えてくれた。さらに、濡れた足場に苦戦する僕と違って、岩場を上手に歩いていた。

良い時間になったところで、僕たちは乗ってきた車に戻り、近くの海辺のホテルを検索した。シーズン中でほとんど満室だったが、運のいいことに一部屋空いているホテルを一部屋確保することができた。そこで僕たちは一夜を明かすことにした。

ホテルでチェックインを終え、部屋に入った。純壱の言う通り、夜になり人々が静まり返ると窓の外から波の音が聞こえた。ベランダで僕たちは、月の光に照らされた水面を眺めながら話をした。

「楽しかったね、海」

「また行こう」

「うん。…あ、あの光って船かな?」

「ああほんとだ。遠くに見えるね。この距離で見えるから、大きな客船かな」

「純壱、乗ったことある?」

「あれはまだないかな。小型のなら1回あるよ」

「そうなんだ。純壱なら何でもやったことがありそうな気がしちゃうね」

「そうでもないよ」

「…ねえ、純壱は寂しくていろんな人と関わってたんだよね?」

「うん」

「その間、誰かといるとき…少なくともその間は、寂しくなかった?」

「そうだね。誰かと遊んでいるときとか、誰かを抱いているときは忘れられた。けどやっぱり、一人になるとものすごく空虚な気持ちになってた。だからかな。ずっと遊んでばっかり」

「でも、純壱はクラブの人にすっごく慕われてるし、ちゃんと監督してたじゃん。遊んでるだけじゃないでしょ?」

「まあ、そうだね。ちゃんとした店じゃないと、客もスタッフもいい人は来ないから。言ってしまえばあれは蜘蛛の巣なんだよ。相手を探して捕まえる罠。誠意をもって接しているつもりだけど…卑劣だったと思う」

「…どうしてそう思うの?」

「正直、僕を本気で好きになってくれた人がいるのは知ってたんだ。でも…一人を選んで、傍に置いておきたくなかったんだ…本気になれなかったんだ」

「それは…昔のせい?」

「そう。もう一度、愛した人がいなくなるのは嫌だ」

「でもじゃあ、何で僕は…」

「言ったろ?一目惚れだって。はは、本当に何回言ってもおかしいよね。そうさ、一目見て、どうしても欲しくなったんだ、君が」

「えー何それ…まあ結果的に僕も最愛の人に会えたわけだし、別にいいけどさ。そのせいでひどい目にあったんだから」

「え、いつ?」

「信じないかもしれないけど、前に言ったパーティであのリナとかいう人に、プールに落っことされたんだから。純壱のことが好きだったみたいでさ」

「ああそうだったのか…いや、正直自分で落ちた、って言っていたのに疑惑はあったんだ。あの子そういうことやりかねないし…」

「信じてくれるの?」

「君の言葉を疑うわけないだろ?」

「あっ、ああそうだよね!そんな面と向かってそんなこと言われると、恥ずかしくなるよ…」

「はは、そういうところ本当にかわいいね」

「…あーはいはい。…で、やりそうってことはその気があったってこと?」

「うん。リナは結構嫉妬深い子で、僕がほかの人と話しているときに割り込んできたりとかしてた。で、プレゼントをいっぱいくれたり、積極的にデートに誘ってくれたりしたんだけど、僕は正直苦手だったから…断ったんだけどね。まだ僕への気持ちは収まってなかったみたいだね。ごめんね静香。あの時は君がプールに落ちたことに動揺して、ちゃんと聞けてなくて」

「んーん、別にいいよ。あの後…初めてエッチもできたし」

「ありがとう。今度からはそうならないように、目を離さないでおくから、ね?」

「そうしてくれるといいな。あの時、僕一人で寂しかったんだよ?あー、そう考えると許せなくなってきたなあ?」

「そうだった…あの時すっかり話し込んでて、ごめん」

「うーん、何かしてもらわないとなー?どうしよっかなー」

「何なりと。君の言うことなら、好きにしてくれて構わない」

「ふーん?じゃあキスして。ちゃんと舌まで入れてね…?」

「はは、そんなのわざわざお願いされるまでもなくしてあげるよ」

「えへへ、ほら……んっ」

純壱に優しく抱き寄せられながら、僕たちは唇を重ね合わせた。

「…はあ。純壱、ちょうどいいしそろそろ寝よう」

僕の顔は真っ赤だったと思う。勢いに任せてとんでもなく恥ずかしいことを言った気がしてならない。

何度も交わってきたけれども、毎回自分から誘うのには、照れてしまって慣れない。

「そうだね。寝よう」

僕たちは部屋に戻り、ベットに横たわる。僕は彼にしがみつくように抱き着いた。彼の大きな手が僕の頭を撫でてくれる。

目を瞑る。波の音と、彼の呼吸音だけが聞こえた。

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