輝きを知る

「ねえ後ろのこの辺、ちゃんと着れてる?」

「見てみるね…ん、大丈夫だよ。いてらっしゃい」

「ありがとう」

「静香~私のアイシャドウ知らない?」

「あ、さっき柚子が借りるって言ってたから…その辺置いてないかな?」

「あったわ~っさんきゅ~」

「プロテインは用意してあるかい!?」

「あ、お疲れ様です。こっちに言われたとおりの配分で作ってありますよ」

「グッド!助かるよ!」

「静香!備品足りないから買いに行くわよー」

「はーい!」

アルバイトを始めて早くも3ヶ月が経った。仕事にはだいぶ慣れたと思う。

純壱と遊びに行くときや、何かやりたいことがあるとき以外は、大抵の時間をここに来て過ごしていた。というのも、家にいて好きなことだけやっていることがどうにも落ち着かなくて、ある程度責任をもって何かをしていたかったからだ。純壱が用事で家を空けているときは特にそうだった。

望月さんや和也くんは当然甘やかしてくれるし、家のこと以外にも頼めば大抵やってくれてしまう。仕事を手伝おうものならものすごい剣幕で止められる始末だし。プロ意識がとても高いようだ。いいことではあるが、その時の望月さんの睨み顔はさすがに怖かった。

夕方から深夜にかけてクラブに行き、演者たちの色々な支度などを手伝う。基本公演中は手が空くので、その時はナターシアさんとメイクや世間話をしていた。演者さんが出番まで待っている間に話しをしたりもした。彼女や彼らの話は、僕の知らない世界の話ばかりで、とても新鮮で面白かった。

「静香ってさあ、社長と何回ヤったの?」

「数えてないよ。まあそのくらいはしてるかな」

「あーやっぱ?エロい話しても全然平気そうだからそうだと思った。からかってやろうと思ったのになあ」

「杏ってちょっと意地悪なとこあるよね」

「まあね~あたしSだから」

杏は鏡を見ながら髪の毛をブラシでとかした。

最初に僕が見た演者の二人、杏と柚子はナターシアさんと同じくため口で話すことになった。

「さん付けも可愛くていいけど固いからヤダ」という杏の一言に柚子も無言で首を縦に振り、結果今のように呼び捨てで読んでもいいことになった。ナターシアさんは大事な先輩だから別だけど。

「社長と付き合うってことは、女に興味ないの?」

柚子がビューラーでまつ毛を整えながら言った。僕は苦笑しながら答えた。

「まあそういうことになるかな?…失礼だとは思うけど、女の人にあんまりいい思い出無くって」

「ふーん」

「…理由は聞かないんですか?」

「よくあることでしょ。異性恐怖症で同性愛に目覚めるとか。…じゃあなに、私たちも苦手?」

ビューラーをポーチにしまい、マスカラのキャップを開け始めた。

「苦手では…いや、体を触られたりとかはだめかも…」

「えーじゃあ膝カックンできないじゃん!」

杏がきゃはは、と笑った。

「苦手じゃなくても膝カックンはやめて。怪我するから!」

「えー面白いのになー。あ、後ろの方のカールやってー」

「はいはい」

僕はヘアアイロンを受け取り、ナターシアさんに教わったやり方で髪を巻いてあげる。

「そういえば…今日ってアミダちゃん出るの?」

「アミダ?」

僕が鏡越しに杏の顔を見ると、知らないの?と言わんばかりににやりと笑った。

「うちのナンバーワンだよ」

「一番人気のある人、ってこと?」

「そう。アミダは断トツで人気ナンバーワン。まあぶっちゃけ、あたしもかなわないと思うくらい美人だしスタイル良いからねー、当然っちゃ当然よね」

「ストリッパーとしてストイックなのよ、"彼"は」

柚子が会話に入ってきた。今度はアイラインを引いていた。

「彼?男の人なんですか?」

「そう。男も女も魅了するほど、才能があるストリッパー。もはや彼の公演はエロ目的じゃなくて、普通に俳優の舞台を見に行くような感覚らしいわ」

「そんなに?」

おもわず僕の手が止まった。

「まあ公演のために色々やってるみたいよ。今度見てみたら?彼の公演。見ればすぐにわかると思うよ、凄さってやつが」

アミダと僕はまだ会ったことがない。こうして三か月アシスタントをしてきたけど、彼を見かけたことは無い。

その後も彼について色々聞いた。彼は特別で、他のクラブとも複数契約をしているらしく、そのせいでうちのクラブでは一日一回のみの公演しか行っていないらしい。

うちは会員費さえ払っていれば、席は基本先着順で、追加料金を払えば近いVIP席に座ることができる、というシステムなんだとか。そのため、毎日彼が出る公演時間にいい席を取るために、何公演も前から見続ける人もいるらしい。

「機会があったら、見てみるよ」

アミダ、どれだけすごい人なんだろうか。

僕はまだ見ぬ彼の姿を思い描きながら、その日を過ごしていった。


ああそういえば。

僕が純壱に出会ってから、そろそろ一年になるな。



あれからまた一月たった。

今年は例年より気温が高く、暑い夏になる予想です。とニュースキャスターが淡々と読み上げた。

いつも出掛けると汗だくになって帰ってくる純壱を「汗臭いから」という誘い文句で連れていき、一緒にお風呂に入るのが最近のマイブームだった。正直彼が汗だくになっている姿は嫌いではなかったが、一緒にお風呂に入る方が楽しいので、いつも急かした。

その間もクラブに通い続けた。パーティーの時と比べて、人と話しているのが楽しいと感じたからだ。

それも、純壱の恋人であるという自信がついたからだと思う。僕は彼を愛しているし、彼もまたそうだという確信がある。

そんなある日、クラブで一通りの作業が終わり、一人で控室にいたときだった。

大きな歓声が聞こえた。思い出す。そうだ、今はアミダが公演を行っているんだった。どうりで。

彼の公演は1日に一回。それもスケジュール次第で時間が変わる。見るなら今だ。

行ってみよう。

僕は音のする方へ走った。

裏方には従業員用通路があり、それは客席のある会場の方へ繋がっている。警備員などが出入りする用の道だ。そこを通り、観客席の最後列の後ろに出た。

そして、スポットライトが照らすステージの方を見た。

まばゆい光のなかに、それはあった。

観客たちと僕は、その光景に見入っていた。

綺麗だ、と思った。

彼は細身でありながらも筋肉質な肢体を存分に駆使して、自身の体を魅せつけていた。

長い前髪が汗で顔に張り付いていて、それに欲情が駆り立てられる。

整ったスタイルの体は、卑猥な感情よりも先に、美しいという言葉が思い浮かんだ。

音楽に合わせて踊るように舞う。そして少しずつ、焦らすように衣装を脱ぎ捨てていく。一枚捨てるごとに、歓声が沸き起こる。

彼がアミダか。

全てのこの場にある視線を集めるほどのパフォーマンス、肢体、カリスマ。それらを兼ね備えたプロなのだと、この界隈に詳しくない僕でもわかってしまう。

純壱がわざわざ特別な契約をしてでも出演してもらう理由がわかる気がした。

心臓が高鳴る。純壱に感じる興奮のそれとは違う、先の展開を求める高揚感。

後一枚というところまで彼は脱ぎ捨てた。ボクサータイプの下着のようなもの一つだけになった。

開場のボルテージは最高潮に達した。

彼は最後の一枚に手をかけ、ゆっくりと脱ぎ始めた。陰部があらわになる。

開場から拍手が沸き起こる。

彼は両足をこちらに向けて開いたり、四つん這いになったりして、より大胆に魅せつけてくる。

しなやかな四肢の動き。汗ばんだ肌。

目が離せなくなる。

最後に両手を広げてポーズを決めると、音楽が少しずつ小さくなっていき、フェードアウトしていった。

彼は肩で息をしながら、各方位に向けてお辞儀をして、踵を返し舞台袖へと去っていった。

開場はしばらくの拍手と余韻が残った。

「…すごい」

僕の口から、感嘆の言葉が漏れた。

「静香もそう思う?」

「あっ、純壱…」

気がつけば、僕の隣に純壱が立っていた。

「いつからいたの?」

「結構前。公演の中盤くらいかな?」

驚いた。僕は純壱がいたのにも気がつかないくらい、アミダの公演に目を奪われていたようだ。

「初めて公演見たけど…こんな感じなんだね、ストリップショーって」

「見るのは初めてだったか」

「うん」

ショーを見るのは、これ以外も含めて初めてだった。会場の歓声の声やライト、音楽などが、カメラ越しに見るのと比べてそこで行われている、という臨場感があった。

「失礼かもしれないけど…もっと低俗なものだと思ってたよ」

「知らない人からしたら、そう思うのも無理はないと思う。風俗自体にあまりいい雰囲気を感じないだろうからね」

「そうだね…でも、見てみたらお客さんも演者さんもちゃんとしててさ」

僕は純壱と目を合わせて笑った。

「いいね、これ」

「…そう言ってくれるなら、連れてきたかいがある」

純壱は再びステージの方を見た。

「軍にいたとき、休みの時に遊びに行く場所があまりなくてさ。基地の近くにあるのと言ったら風俗くらいしかなくてね。先輩に誘われて見に行ったのがストリップだった」

公演を見終わったお客さんがぞろぞろと席を立ち、出口へ流れていく。何人かは次の公演を待っているのだろうか、そのまま席についている人も見かけた。

「初めは僕も風俗なんて、って思ってた。でも他のと違って、ショーって言うくらいだから直接ストリッパーの彼女たちと関わりを持つわけじゃない。だから問題を起こしたくない軍人たちにとってはいい遊び場だった。僕もまあまあハマったよ。自分たちが脱いで行為をするわけじゃないから、罪悪感とかもなかったし」

話を聞きながら、ステージを見つめる彼の横顔を見ていた。懐かしむような、そんな感情が窺えた。

「まああくまでもその時は息抜きの一環で、休みにたまに行くくらいだった。今みたいに経営とか全く考えてなかったけどね。あの時からは行かなくなって…」

急に彼の顔から悲哀があふれ出た。あれは、嫌なことを思い出したときの顔だ。

僕は彼の服の袖をつかんだ。

「純壱」

「…ああ、ごめん。またぼーっとしてたね」

彼はふう、と息を吐いた。

「ねえ、静香」

「ん何?」

「…あそこ、立ってみないか?」

そう言って彼が指さしたのは、先ほどまでアミダが立っていた場所。

「…えっ僕が?」

「そう」

「で、でも僕は素人で…」

「新人公演枠がある。業界初めての子とかを紹介するための公演があるんだ。それを目当てにする人もいる。新人、ってちゃんと銘打ってるから、敷居も低いし」

「でも…」

「静香」

彼は僕の肩を片手で掴んだ。

「あそこに、ステージに立っている君が見たい」

彼の眼差しは真剣そのものだった。

「…少し待って」

想像してみた。

あのステージに立ち、服を脱ぎ、裸で舞う姿。

正直恥ずかしい。彼以外に裸体を魅せるなどと。

萎縮してしまうと思う。それを観客たちはどう見るだろう。未完成なものを魅せつけられがっかりするか、あるいは恥じらう姿にかわいらしさを覚えるか。どちらにせよ、どう思われるかもわからない。怖い。

けど、それを彼もまた、見ている。

彼はどう思う?

彼は、どっちの感情になる?

「正直なこと、言うね」

僕の肩を掴む手に触れる。

「純壱にがっかりされないかって、不安」

あの場に立って、彼の求める姿を見せられなかった時のことを考えてしまう。

「怖い。期待外れになったらどうしようって」

「それはあり得ない…けど、君が不安になる気持ちもわかる」

彼は掴んでいた手を僕の頬へと移動させた。両手から熱さを感じる。

「これは僕のわがままだとわかってる。そのうえで、君にお願いしたいんだ。どうしても、あの場に立った君が見たい。僕のためだけに、出演してくれないか?」

純壱が心の底から僕に、懇願したことなど初めてだった。

彼が本気で求めてくれた。僕は、それに応えたい。いや、答える義務がある。

かつて僕を救ってくれた彼のためにも。

「…わかった。やってみる」

僕は恐る恐る、首を縦に振った。

純壱は目を見開いた。けれどすぐに笑って、僕を強く、強く抱きしめた。

「…ありがとう!ああ、本当に嬉しいよ!」

「うん…!ただ、本当に何も知らないから、ちゃんと色々サポートしてよ?」

「もちろんだ!!全力でバックアップさせてもらうよ!」

「助かる…ごめん、ちょっと苦しい…」

「あっ、ああごめん」

抱きしめていた腕を解く。圧迫感から解放され、僕は息を吐いた。

「じゃあ今度の新人公演枠、君が出るって店長に伝えておく。ナターシアにもサポートをお願いするから。改めて…よろしく、静香」

純壱は僕に右手を差し出した。覚悟を決めて、僕の右手でその手を掴んだ。固く握手を交わし、僕は再びステージを一瞥した。公演が終わり人のいないステージが、静かに僕を招いているかのように見えた。

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