5

 みんな一回り、二回りくらい成長した合宿を終え帰宅してから一週間。

 休日の自宅には私一人ベースを鳴らしている。


 その時、家の玄関の開く音がする。

 父が、帰ってきたんだ。


 そう理解した瞬間にベースを片付け、スマホの画面目を移す。

「今日はいるんだな」

 前にあった時よりかは少し機嫌のいい父がそこにいる。


「この前は大きな声を出してすまなかった。反省したんだ。許してくれないか?」

 頭を低くしてで父は必死に謝る。


「……お父さん、顔を上げてこっちを見て……私はお父さんに謝ってほしいわけじゃない。認めてほしいの。私の、私たちの音楽を」


「認める……?」

 少し首を傾け、わからないというそぶりをしている父に私は言葉を続ける。


「お母さんがいなくなってからお父さんは音を出した?音楽と向き合った?ずっと逃げてると思う。私だってそうだった。まだ向き合ってもいない人に私達の音楽を否定されたくないの」


「そんな、否定だなんて、そんな事じゃないんだ。ただ、ただ……」

「ただ何なの?それがわからないならこれ、ライブのチケット。明後日だから聞きに来て」


 私はそう吐き捨て、チケットを一枚置いて自分の部屋に戻った。


 二日後、ライブ当日。

 ここまでの練習で今日やるライブの想定を行ってきている。


 もう完璧だろうと思っていても全然、上手にいかないところがあるかもしれない。

 それはどうにか、その場での修正力でやってしまおうということだった。

「あ~緊張する。おなか痛くなってきた気がするもん」

 七海が腹を抑えて深呼吸する。


「私も無理、めちゃ緊張してきた……」

 胃がきゅっとなるような感覚がお腹の下の方でする。


「二人とも大丈夫、きっと一瞬で終わるから。私達の出番なんて二十分弱くらいしかいないんだから」

 瀬波が緊張する七海と私の背中を優しくさする。


「さぁ出番だよ!行こう!」

 そう言って浅乃から順番に元気よくステージに上がっていく。


 キャパがすべて埋まっているわけでもないライブハウス。

 けれど、見知った顔もちらほら見える。


 ライブハウス側にノルマで渡されたチケットを学校の人たちに配ったり、親だったりに配り何とか達成したその分の人たちが私達の音楽を待っている。


「こんにちは!私達はFlawsです!同じ学校の四人で今年の四月に結成しました!よろしければバンドの名前だけでも覚えて帰ってください!」

 バンドの紹介と私たち個人の自己紹介。

 いつもよりも少し上ずった声で自己紹介を終えて、楽器を構える。


「それじゃあ一曲目、『ひとりぼっちのアトリエ』やります!」

 ドラムの合図で演奏を始める。

 搔き鳴らすギターの音とそこに乗っかるボーカルの歌声。


 瞳の向こうには一人の記憶が映る。

 一人布団の中で涙を流す少女。

 救いが音楽だったのに、拒んだ少女のように。


 強く七海は声で訴えかける。

 確かに瀬波はビートを刻む。

 優しく浅乃は音で包む。

 そして三人を私の音が下から支える。


 ライブハウスはこんな無名バンドのオリジナル曲でもそこそこの盛り上がりを見せている。


 一曲目が終わると、私達に向けた拍手が降り注ぐ。

「ありがとうございます!『ひとりぼっちのアトリエ』でした!それでは続いて『52Hz』です!」


 浅乃がエフェクターを踏み、静かにコードを鳴らす。

 ゆったりとしたコードで進む曲は出会について歌う。


 あの頃寂しかった私たちがそれぞれ出逢ったことに。


 歌詞はみんなで出し合った。

 どんな感情だったのか、何があったのか。

 それを歌う。

 それを奏でる。


 もっともっと長い時間が経ったようだった。


 でも実際は一瞬。

 人生のほんの一コマに過ぎない。

 演奏も終盤になり、見えてくるのは幼い頃のあの公園。

 浅乃と二人、何度も遊んだ近所の公園が見える。


 お互いの母親と砂場で遊ぶ少女二人。

 誰にも理解されない二人の集まりだった。

 その二人が遠ざかっていって見えてくるのはステージの上からの景色。


 隣にいるのはバンドの仲間。

 今は四人だ、と思い次の曲の演奏を始める。


 私一人で刻む音。

 そこに七海の声が重なる。

「二曲目は『52Hz』でした!次は三曲目、『伽藍どう』です!」


 そう言い終えると浅乃のギターが演奏に加わる。


 この曲だけ私がボーカル。

 どれだけ歌の練習をしただろう。

 必死に音程を外さないように、その上でどう感情を込めるのかというところを練習した。


 合わせも何回も付き合ってもらった。

 一番は私と浅乃の演奏だけで終わり、二番に入る。


 二番に入ってすぐ、七海と瀬波が演奏へ加わっていく。


 自分の声に、音に、どんどん深く潜っていく。


 まだ、先へいける。

 二番終わりのベースソロ、私は今までよりも数倍の高揚感で弦を弾く。


 そこから繰り出されるいくつもの音色は一つ一つの音が色を帯びてライブハウスの中を舞う。


 綺麗な花吹雪のように音が広がっていく。

 吹雪が落ち着き、ラストのサビに入る。

 今の私の全力をそこにぶつける。


 その一心で喉を震わせる、弦を弾く。

 上手いわけでもない歌。

 そんな歌に会場はこれでもかというほどの拍手を送る。


 あぁ、嬉しい。

 人に私の音を聞いてもらうのはこんなに楽しくって嬉しいのか。

 この感覚はきっと忘れない。


 墓場までこの感情は持っていく。

 硬い左手をギュッと握ってベースに添えた。


「それでは今日最後の曲です!Flawsでした!最後の曲は『名付け』です!」

 曲名を言うとすぐにシンバルの音が広がる。

「せーの!」


 掛け声に合わせてギターの音が鳴る。


「せーの!」


「せーの!」


 三度繰り返して曲に入る。

 二回目から観客の人が手拍子を合わせてくれていた。


 私たちらしさを表したこの曲。

 明るくはつらつに、優しい音、強い音、 情熱のある音、感傷的な音。


 色々な音が重なる。

 色々な音がこの空間に広がる。

 一つになって、広がって。


 今の気持ちになんて名前を付けようか。

 みんなで顔を見合い、呼吸を合わせて演奏する。


 ライブの高揚感でジャンプしたり動き回っての演奏をする。


 最高だ。

 今までに無いくらい自分の音が好きだ。

 Flawsの音が好きだ。


 演奏が終わり、ステージの上にいる時間は終わる。


「ありがとうございました!Flawsでした!!」

 興奮冷めやらぬまま、ライブを終えた。


 その後、ライブの打ち上げをし、十時過ぎに帰宅する。

 帰宅すると、食卓には父の姿がある。


「おかえりなさい、今日のライブ見たよ」

 表情を変えずに、父は会話を進める。


「いい演奏だった。それに、バンドのメンバーと呼吸も合っていたしリズムもよく取れていた」

 この前話した時とは人が違うかのように父は私達のことを褒める。


「だが、ギターのノイズが少し多い。使っているシールドがおかしいのか、アンプが悪いのかわからないけれど、そこは少し気になるポイントだった。後ドラムの音がもう少し大きくてもいい。そこはライブハウスと話して設定を変えてみなさい。音の迫力が増すからね」

 父はそこまで話し終えると、ズレたメガネを元の位置に戻した。


「それは、私の音楽はよかったって事なの?」

 私の質問に父は少し俯いて、口を開く。


「私は、お前と違って母さんにずっと縋っていた。母さんの好きだった音楽は、思い出すから見たくも、聴きたくもなかった。でも、今日その考えも変わったよ。お前の演奏は私の心に響いた。母さんの言っていた暖かい音っていうのはああいうものだったんだな」


 そう言った父さんはすまんと、また頭を下げた。


「そんな、ありがとう。音楽がいいって思うんならさ、もう一回音楽やってみれば?」

「あぁ、そうだな。もう一回、始めてみるかな……」


 二人で囲む食卓には、お互いのマグカップが並び、暖かい空気が流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る