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 梅雨も明け、暑さにやられたスタジオにけだるげな少女たちが集まる。

 その静けさを破るように一人の少女がやってくる。


「みんな!やったよ!ほら!!」

 ドアを開けて突き出されたスマホには一通のメールが表示されている。

 その画面には『8月26日(予定)のライブについて』という件名で書かれたメールが表示されている。


「この前の!デモ音源!無事にオーディション合格しました~!やった~!」

 高らかにスマホを掲げて七海が喜びをあらわにする。


「おお~」

 胸元でパチパチと浅乃が拍手をする。


「ってことなんだけど今日は何月何日ですか~?はい、琴野ちゃん」

 ビシッと指を刺されて私にみんなの視線が集まる。

「え、えぇ~っと、七月二三日です……」

「はい正解!……ということは~私の言いたいことわかるかな?はい、瀬波さん」

 続いて瀬波が七海に指名される。


「その話し方はまってんの?で、残り一ヶ月切ったってこと?」

「ご名答~、流石の瀬波だね。ということで、みんな。初ライブが一ヶ月後に決まったから、今日からの練習も頑張りましょ~!」

 お~!と四人で掛け声をかける。


「で、今日の練習これやるよ」

 瀬波の書いたノートにはきれいな字で今日の練習内容が書かれている。


 そこには合わせやリズム練習、いつもの練習に加えてMCの二文字が書かれている。

「MCって、急にバンドっぽくなるね」

「そりゃあバンドなんだから」

「でも、バンド名決まってないけどね」

 浅乃の一言で会話が一時停止される。


 ずっと逃げてたこの話題。

 いつか来ると思っていたこの話題。

 その話題が急に背中に突き付けられたようで背筋が冷える。

「はい!この話終わり!MC以外の練習終わらせたらMCのついでにバンド名も決めよ!」


 という話でゆらっと始まった今日の練習。

 二ヶ月続けるともう慣れてきて楽器の準備から合わせの練習もいい流れができている。

 ルーティーンのようなものもできてきたし、この調子で行けばライブも怖くないかもしれない。

 休憩を挟んで二時間ちょっとの練習を終えてMCの話に移る。


「MCでバンド名についての話をしよっかなぁって思うんだけどさ、由来とかもしっかり話せるほうがよくない?」

 借りてきたホワイトボードを転がしながら七海が言う。


「何かいい言葉あればいいんだけど……」

 浅乃は腕を組みながらう~んと考え込む。

「私達の長所とか共通点とかを挙げていけばいいんじゃない?」


 瀬波が黒のマーカーで四人の名前をホワイトボードに書く。

 私達の共通点、長所……この四人の……。

 優しくってみんなに好かれる浅乃、周りを見ていて気配りのできる七海、そして芯があって強い瀬波。


 それに対して私は何があるだろう。

 どんないい所、どんな、私には何があるだろう。


 こんな傷だらけの私に。


「私たち、何があるのかな。何もないはずはないんだろうけど……」

 みんなで悩んで黙り込む。


「私は一人だったから……」

 ポロっと声が漏れる。

 その声に私以外の三人の視線が集まる。

「私も、一人だったよ」

 浅乃が小さく呟く。


「でも、ことちゃんがいたから、一人じゃなかった」

 声を震わせながら浅乃は話す。


「私も昔は一人だったんだよ?ずっと完璧を求めようとしちゃって、周りの人はいなくなちゃったからね」

 七海はいつもとは違う無理をした笑顔を作る。


「浅乃ちゃんとおんなじで、私には瀬波がいたから、瀬波のおかげで音楽をはじめられたから今があるんだ」

 そんな無理した笑顔は気づけばいつもの顔に戻っている。


「きっとさ、ひとりぼっちで傷だらけだった私たちだから今ここにいるんだよ」

 優しい声で瀬波が話す。


「傷だらけの集まり。完璧なんて存在しないんだ」

 そんな会話の後、各々自由にホワイトボードにバンド名の案を書く。


 何個書いたのだろう。

 ホワイトボードの白よりも黒のマーカーの方が多いくらいには書き込まれている。


「じゃあこの中から気に入った名前に丸付けよう」

 そうして残った名前は「52Hz」「おひとりさま」「がらんどう」「Flaws」、この四つだ。


「この中から決選投票するんだけど、書いた人、この名前についての紹介して」

 と瀬波が言うと、元気に七海が立ち上がる。


「私が書いたのはこの「52Hz」。意味としては、クジラが会話をする時に使う周波数があるんだけど、52ヘルツで会話をするクジラはすっごく少ないから、一人になっちゃうっていうところからきてます!」

 紹介を終えて七海は満足げに座る。


 次に、浅乃が立ち上がる。

「えっと、私の考えた名前は「がらんどう」です。意味としてはからっぽって意味のがらんどうと、仏教の伽藍とのふたつの意味があって、つけました」

 話し終える浅乃と入れ替わりで瀬波が口を開く。


「私は「おひとりさま」。意味としては、そのまんまだね」

 最後に残ったのは私、少し緊張しながら口を開く。


「私は、「Flaws」って名前を考えました。意味は、完璧じゃない。みんな少しは傷が、欠陥がある、そんな言葉を選んだって感じです」

 話し終えると、みんなからの拍手を受けて座る。


 そこから五分ちょっとみんなでどの名前がいいかを話し合う。

「じゃあ、皆さん。せーので自分の気に入った名前を名付けた人を指してね。いくよ?せーの!」

 せーので指されるのは私。


「やっぱりこの名前だね。ひらがなよりも見た目にいいし、意味もめちゃいいしね~」

 七海が腕を組みうんうんと頷き、「Flaws」の文字を赤いマーカーで囲う。


「私の名前も完璧だったけど、琴野の名前のほうがよかった」

 瀬波も座ったまま、七海と全く同じポーズで頷く。


「やっぱりことちゃん凄いねぇ……私の考えたのよりも何倍もかっこいいもん」

 浅乃が凄い、と少し食い気味にほめてくれる。


「みんな、ありがとう。頑張ろうね「Flaws」として」

 バンド名が決まり、MCの練習をして今日の練習を終える。


 終わり際に、浅乃と七海から連絡があった。

「明後日から合宿するから、明日はゆっくり休んでね!当日は荷物を持って浅乃ちゃんの家に集合だからね!」

 そんな連絡を受け、合宿に必要そうな物を最寄り駅のスーパーだったりで買い出しをして帰る。

 買い物に思ったよりも時間がかかり、家に着くのが遅い時間になる。


「ただいま」

 静かな家に一人の声がこだまする。


 リビングに向かわず、自室に向かおうとする最中、普段は家にいない父の姿があった。

 私が帰宅した音を聞き、こっちに来たのだろう。


 私の姿を見ると、一瞬目を見開いて、次には不満をあらわにする。

 そして、私に声を掛ける。


「おかえりなさい、琴野。ずいぶん遅かったな、何してたんだ?心配するから早く帰って来てくれよ」

「いつも帰ってこない父さんよりかはいいでしょ?」

 勝手なことを言う父に嫌味が漏れる。


「それを言われちゃあ敵わないな。……で、その背中にしょったのはなんだ?」

 父は背負っているベースを指差す。


「ベースだよ。バンドを始めたの」

「音楽をするのか。なぁ、やめてくれないか?音楽はもう嫌なんだ。母さんのことを思い出す。どんな旋律ももう耳にしたくない」

 頭を搔きむしって父は声を荒げる。


「やめろって、そんな。そんなの父さんが押し付けてくるだけでしょ。勝手なこと言わないで」

「勝手とは、そんなふざけたことを言うな。第一に、お前だって音楽はもう嫌だって言っていたじゃないか」

 大きな声で父が怒鳴る。


「うるさい!いつまでもやめろやめろって、まだお母さんの事引きずってるの?前に進めない子供じゃないんだから少しは自分で考えたら?お母さんは助けてくれないよ?」

 怒鳴られた声よりも大きく言葉を吐いてすぐに自分の部屋に駆け込んだ。


「勝手なこと言いやがって……」

 一人の部屋に小さく声がこぼれた。

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