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バンドに加入して一か月くらい経って活動にも慣れてきた。
そんな五月も後半戦に入った頃のとある練習の日。
「ねぇ、いきなりなんだけどさ」
七海が練習の休憩中に話を切り出す。
「どうしたの?」
浅乃が見ているTAB譜を置いて顔を上げる。
「この前インスタ見てて、ほかの高校の軽音部の子が出る予定のライブが出演者募集してて、それに応募したいなぁって思ってるんだけどさ、みんなどう?」
「私は七海がいいならいいよ」
「私も楽しそうだから賛成かな」
浅乃と瀬波は賛成。後は私だけ。
「私も賛成かな。ライブに憧れもあるし」
「じゃあ決定でいいかな。って所で今日やりたいことがあるんだけど」
そう言って七海は動画を見せてくれる。
「こんな感じでデモ音源を作って応募しなきゃいけないから、動画を撮ろうと思います」
「曲は何やるの?」
瀬波が質問を七海にぶつける。
「最近練習してるオリジナルのやつがいいかな」
瀬波が作った新曲を最近ずっと四人で練習していたがこんなにすぐに出番が来ると思ってもいなかった。
「じゃあ早速動画撮ろっか」
休憩終わり一発目の演奏は動画を意識してかみんなの音がすこしぎこちない。
動画を撮り終えて見返してみると、音の焦りだったり緊張が聞こえてきていつもの自分たちと違うことが一目でわかる。
「これじゃだめだねぇ……もう一回いこっか」
二回目の撮影はさっきよりもみんな落ち着いて演奏できている。
このまま行けば、と思ったその時、瀬波と私のリズムがズレる。
そしてそのままずるずるとテンポが乱れていく。
「ストップ、一旦落ち着こう。私と琴野とでズレちゃったから。ごめん」
瀬波が演奏をストップさせてみんなを落ち着かせる。
「ごめんね、もう少しコミュニケーション取ろうか。瀬波もたまにこっち見て、息合わせるようにって感じで」
「オーケー、じゃあ三回目いこっか」
そんな調子で小さなミスをしたり、聞き直してここが違うみたいな事を言い合ってやり直しをして時間が経っていく。
大体二十回以上くらい撮影しただろうか。
やっとの思いで全力の演奏を終えて動画を見直し、今日の一番を撮れた、と四人で納得する。
「はぁ~疲れた~」
七海が大の字で床に転がる。
「何回やったかもうわかんない。十回目くらいから数えるのやめたし……腹減ったぁ」
瀬波もスティックを置いてぐだっとしている。
私も久しぶりにこんな疲労感だし、これでもかっていう今の一番を込めた。
「右手がこんなに痛いの久しぶりだなぁ……」
浅乃は楽しそうに右手を眺めている。
こんなに長い時間練習したのは中学の頃ぶりな気がするし、自分達の課題が大量に見えた気がする。
撮影を終えてスタジオから出ると、スタジオに入る頃には傾いていた夕日が沈み切り、星が瞬いている。
「夕ご飯食べに行かない?」
浅乃の提案で、みんなで夕食を食べに行く事にする。
腹をすかせた少女四人は日の落ちた街をワイワイ進む。
「どこ行く?」
スマホの地図を見ながら七海が瀬波を見上げる。
「ファミレスとかでいいんじゃない?」
瀬波は適当に返し、スマホを取り出す。
「サリゼとかがいいんじゃないかな」
「ありあり、駅の向こうにあったよね。まずは駅の方にでも向かおっか」
悩む時間も無く、サクッと行く店を決めて向かう方向に足を向ける。
十分弱歩き、到着したらすぐに四人がけの席に案内され、メニューをみんなで眺める。
「で、ですよ。皆さん何を食べますか?」
「私はドリアとチキン」
「シーフードのサラダとカルボナーラでお願い」
瀬波と浅乃の注文は早々に決まるが私と七海は二人でメニューとにらめっこする。
「え~なにがいいかなぁ……あんまりこういうところ来ないからわかんないなぁ」
七海が頭を書きながらメニューをめくる。
「私もどれがいいか決まんないから瀬波と同じやつでいいかな……」
「う~ん、普通にハンバーグセットでもいいし、ドリアも食べたいなぁ……パスタも捨てがたいし……」
二つに指を指しながら七海が難しい顔をしている。
「じゃあさ、どっちも頼んでみんなでシェアしちゃおうよ」
「浅乃ちゃん天才じゃん!それで行こう!じゃあハンバーグとドリアとパスタ、頼んじゃって」
何分か待って音楽だったり学校生活だったりの他愛のない話をしているとみんなの料理がやって来る。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんが笑顔を振りまいて戻っていく。
「それじゃあいただきま~す!」
あまり経験のない大人数での食事。
少しの戸惑いと楽しいという感情。
何人かでわいわいと囲む食卓も久しぶりでいい。
「今日の動画もう一回見直してみない?」
食べ終わるころに瀬波がスマホを机の真ん中に置き、動画を再生する。
今できるベストの演奏をしたと思っているけれど、もっといい演奏がきっとできると思う。
「ねぇ瀬波。他のテイクの動画ある?」
ミスをしっかり見直して次の練習の時にでも確認したい。
「もちろんあるよ」
「じゃあ今反省会でもしない?」
「いいよ、みんなは?」
並んだ顔を見ると七海と浅乃も笑顔でうなずいている。
「じゃあ、一回目から見てみよっか」
少しずつずれるテンポや外れるチョーキングの音色。
合わないリズム隊と、ずれるバッキングギター。
細かい音のずれと、ミュートの仕切れていないノイズ。
様々な音が入り混じって少しずつ綻びができていく。
全てを聞き終え、四人で感想を話し合う。
それぞれが聞こえたいいポイント悪いポイント、出し合い課題を洗い出す。
みんなで出した課題をまとめて次の練習日を決める。
ひとしきり話し終えてお店を出て帰路につく。
「はぁ~疲れた。でも、あれだけやることわかったしさ、明日からも頑張ろうね!」
明るく七海がみんなを励ます。
「そうだね、あんな量のやることがあるならこの先練習内容には困らないだろうし」
瀬波も賛同して頷く。
「でさ、提案なんだけど今度合宿しない?」
「「「合宿?」」」
七海の提案に三人の声がこだまする。
「まぁいつどこでやるかは決まってないんだけど、やりたいなぁ~って」
「いいね!わたしもそういうの憧れる!」
浅乃が食い気味に食いつく。
「じゃあまた今度みんなで話し合おっか!」
「うん!」
七海と浅乃の二人が盛り上がり、私と瀬波は少し困った顔をして見つめ合う。
そんなわいわい歩く夜道で今日は解散となった。
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