第1話


 世界の総人口の約4割。その数字は魔法使い、または魔法それを使用することができる人の数。昔はそれよりももっと少なかった。少ない分だけ、力も強くその力は驚異になっていた為、普通の人間は彼らを恐れていた。恐れていたからこそ、集団で彼らを追い出そうとした。


 魔法使い、または魔法それを使用することの出来る人達は、疎外され、迫害され、追い詰められ、気がついたらひとつの国を作った。それが、アルゼンハイム王国。今では世界の総人口4割の更に6割がここに住んでいる。魔法使いによる魔法使いのための魔法使いだけの国だった。大国と呼ばれる周りの国々と違って、小さな国ではあったが、魔法という普通の人間では到底想像できない膨大な力で、国を守り他国を牽制した。更に、魔法で国自体の存在を覆い隠してしまうことで、周辺諸国からも認知されなくなった。


「魔法の国が、世界のどこかに存在する」それは伝説なのか、本当なのか。まことしやかに囁かれていた噂話。それを本当だったと認知させる。それが大きく変わったのは最近のことであった。


 産業革命。

 人々はそう呼んでいた。大量生産、大量消費の時代が到来。蒸気機関が発明され、エレキテルというものが出回った。それによって世界の門戸は大きく開かれたのだ。魔法を使わなくても、夜は明るくなり、魔法を使わなくても、自動で何かが動く。


魔法使いでなくても、人々は魔法のような生活を送るようになった。そして、世界は黒い腹を隠して手と手を取り合い仲良くしていきましょうと笑う。魔法で全て解決していたものは、人間の高度な知恵により魔法だけの特権ではなくなった。焦りを見せたアルゼンハイムも、また手を取り合う国、そのひとつとなる。


 引きこもってばかりいた魔法使いの王は、ゆっくりと閉ざされた扉を開く。


 勿論、伝説か噂話かと曖昧な認知であった国の存在が明らかになり、諸外国にも動揺が走る。それでも、この国は貴重で、この国は魅力的だったため、外交をしないという選択はなかった。


 様々な国々に期待を向けられたアルゼンハイム王国は、まず手始めに人間の行商人から入国を許可。ゆっくりと移民を受け入れる。それでも、魔法使いの国を謳うのならば、受け入れる人数を調整した。逆に、見聞を広めるために、多くではないが魔法使いたちも世界に散った。


 そうやって魔法使いは、魔法使いではない人間と交わっていくことにより、魔法が使える人間を増やした。その結果、世界総人口4割にまでいったのだ。人口が増えた代わりに、濃い魔力に強い力は薄れた。それを良しとする者、嫌う者とで国の中でも割れていく。


濃い魔力に強い力を欲した過激な者たちは純血派と呼ばれ、薄れても魔法使いと謳い、人間と魔法使いの結び付きを受け入れる人、また受け入れ血が混じった人たちは混血派と呼ばれた。王家を始め、強い力をもつ純血だが、後者を受け入れるのを中立派と呼ばれた。


 そして、ユノ・ランドールは混血派のひとりである。強いて言うなら本人は混血であるが、派閥は混血であろうと純血であろうとどうでもいい中立派であった。しかし、彼女の周りと彼女の持つ魔力量、環境はそうさせなかったのだ。


 通常、魔法使いではない人間――通称ノマナと呼ばれる人種と、魔法使いの間に生まれた子は、多くても親の魔法使いの半分の量しか魔力を持たない。それかまったくないかだった。なので、強大な魔力と強大な魔力の子はまた強大になり、少ない魔力と少ない魔力はより少ない魔力の子となる。


しかし、親と子どもとの多少の差はあれど、魔力量は足して2で割るだけなので、ほぼ親たちと変わらなかった。魔法使い同士で子を成せば、魔法使いが産まれる。それがこの魔法使いの国が魔法使いの国でたらしめる所以でもあったのだ。


 しかし、ユノは違った。ノマナと魔法使いの間に生まれたというのに、その魔力量は純血な魔法使いの父より超えていたのだ。その膨大な魔力量は、混血派から見れば喉から手が出るほどに魅力的なものだったのだ。混血は今まで魔力量が少ないために、同じ魔法使いからも厭われ蔑まされていた為尚更の事だった。


 そうして彼女が望むも望まなくとも混血派として祭り上げられるのも時間の問題だった。




――――――――

 



 エルフォトラール魔法学園。アルゼンハイム王国にある、由緒正しい魔法学園。今では、世界に点在している魔法学校の中の総本山だ。ユノはそこの学園の生徒である。年齢にしては17。8歳の小等部から入学して、19歳の高等部にて1度この学園を卒業する。その後には専門的に学べるアカデミーもあれば魔法関連の就職もある。


 学園に通っている間は、学園の寮で子どもたちは暮らす。もともと一つしかなかった学園だったため、国中の適齢期の子どもたちを呼んでいたその名残である。そしてユノは高等部の2年。学園に入学して9年も経った。


 山々に囲まれた自然豊かな王国の北。冬は雪で閉ざされる地域に大きな学園はある。その地域は学園を中心とした大きな都市で、石造りの古びた古城は観光名所のひとつである。学園には許可された者しか入れないが、外からでも見える、立派なお城が世界でも有名になり、またそこから観光地として街が発展した。古くからある生徒のためのこじんまりとした村が、今では国の中でも有数の大都市となってるのだ。


 そんな古くて石造りの古城は、大きいだけでなく高さもあるので階段がとても多い。さらに敷地も広いため、ひとつの教室の移動にも時間がかかる。


寮とは別に講義棟、研究棟、教務棟などはそれぞれ別にあり、先生はそれぞれ講義棟の教室の隣に控え室を用意している。教務棟には、それこそ学園長室や図書室、食堂と言ったそれ以外の教室が詰め込まれていた。


 ユノは、そんな教務棟の長い螺旋階段を嫌になりながら、ひたすらに上っていた。入学したての頃はひいこら言っていたが、9年も付き合えば割と足腰は鍛えられる。それでも、嫌なものは嫌なのだ。事故防止で、授業や使用許可区域以外で大きな魔法が使用できないように抑えられている学園内では、もっぱら移動手段は足だ。


 偉い人って言うのは高い場所にいたがるもの。偉い人のいる部屋までの中継地点があると言ったところで、そこまで上ることには変わりない。せめて、螺旋階段が上りと下りで分かれて自動で動いてくれればいいのに。それか、部屋が自動で上下する魔法でも使えばいいのに。


さすが古風な学園だ。最近では、昇降機というものが他の国やこの学園以外の施設でも使用されていると聞く。それを採り入れて欲しい。それこそ先に述べた、部屋が自動で上下する機械。楽になるはずだが、どうやらこの学園は改善するつもりはないらしい。こういうところは頭がとても固いし、そもそもがこの見た目で世界的に人を呼んでることもあり、観光資源のひとつでもあれば、簡単に改装など出来まい。


外からは綺麗やら厳かやら、高評価な見た目でも、中で生活している人たちからしたらただのデカくて移動の大変な建物という評価であった。


 今の季節はセプテムの月最終日。夏休み最終日にして、明日から新学年が始まる。ユノも高等部2年から3年にあがる。石造りの建物は、季節をよく伝えてくれる。国の北にあるこの地域はひとつ足早く冬を迎えるため、その準備も早い。建物に潜り込む空気は少し冷たく感じた。階段上りで火照ったからだに、ユノはそれが救いだと思いながら、息が切れた己を冷やすようにして階段の途中で足を止める。


(そろそろ、中継地点。そこに辿り着けさえすれば、あとは杖を振ってお目当ての部屋にひとっ飛びなんだから)


 思考を少しだけ前向きにして、手すりに掴まって息を整え、顔を上げる。視界に上から2人の女生徒が楽しげに話しながら下りてくるのを捉えた。そして、下りてくる生徒たちもユノの姿を捉えると、一瞬だけ眉根を寄せる。そのまま視線をそらして、慌てるように彼女の横を走って通り過ぎて行った。彼女たちが駆けた時に起きた風が頬を撫でると、胸の奥が少しだけ痛む。


(また……)


 9年間ずっとそうだった。ユノの人当たりのよい性格のお陰でほとんどの人と不快な関係になることはあまりなかったが、大半の生徒は今みたいにユノを腫れ物扱いするか、尊敬の対象としてあがめられるかのどちらかで友だちという友だちができたことがない。その原因としては、混血なのに魔力量が王族並に多い異端な力。



 元純血家の異端者。



 そう陰で言われてきた。

 ランドール一族は魔法界でも屈指の魔力量が高い五家にも入る。


 王政のアルゼンハイム家。

 外交のローレイ家。

 学問のランドール家。

 研究のアグネス家。

 調停のルーセンバルク家。


 この五家がアルゼンハイム王国の政治の中枢であり、絶大な力を持ち、名前を馳せている家柄だ。ユノの父はランドール家の3男だった。学園を卒業後、アカデミーの魔法研究に走り、ノマナの母と知り合って結婚。そしてユノが生まれる。


その5年後に悲劇は起きた。両親は研究所で起きた事故に巻き込まれたのだ。当時、研究所のあたり一面を焼野原とさせるくらいの大事故。目撃者によれば、その日研究所では爆発音とともに、黒煙の立ち込める中、赤いドラゴンが空を駆けたとか。


ドラゴンなど、滅多にお目にかかれない魔法生物。気位も高く、知能も高い。魔力も、体格も、全てにおいて、他の生物よりも頭が10個ほど跳びぬけて優れている種族で、人間という生き物を警戒してなかなか姿を現すことがない。普段は、北の草原で目くらましの魔法を使ってひっそりと過ごしていると聞く。


 そんな大事故に巻き込まれたユノの両親は、その場で他界。幼いままにして両親を失った。ノマナとの混血ということで一族から嫌悪されていたユノは、前ランドール家頭首の祖父に引き取られたのだった。


 少しだけ重たくなった気持ちを、大きく吸った空気と混ぜて全部吐いてしまえば、ユノは、止めていた足を動かした。一歩ずつ石でできた螺旋階段を踏みしめる。


 祖父母は優しかった。混血であろうとなかろうと、ユノを大切な孫のひとりとして扱ってくれた。それは、一重に祖父を超す膨大な魔力のせいだろうとも、祖父の屋敷で何不自由なく暮らした日々は安寧というだろう。


一族のひとりとして扱い、人間として扱い、大切な孫として可愛がられる。仕事でほとんど屋敷にいない祖父だったが、時たま見せてくれるその顔に安堵し、祖父の優しい笑顔に甘えた。教育も、礼儀作法も、他の人に見られても困らないほどに綺麗に身に沁みついた。そのお陰か学園に来てからそちらの方面では何も問題などなかった。


ひとつ困ったことは、学園内に一族の子たちがいたこと。祖父母に可愛がれていると理解している彼らは、遠目でユノを見つけただけで鋭く睨みつけてくる。通りすぎれば子どもじみた嫌がらせをしてくる。悔しくて、寮の部屋でひっそりと泣いた。同時に、負けず嫌いの火が付いたのだ。ユノは魔力が高いと同時に頭も柔らかかった。


飲み込みもよく、物覚えもいいというのに努力家だった。結果、学年では常に首席を維持している。


 そうしていると、いつの間にか学園で肩身の狭かった混血の子たちは次第にユノを尊敬の目を向け、純血の子たちは先ほどのように腫物のように扱った。学業のランドールは学力主義である一族の子たちは、悔しそうにユノを睨みつけるだけで子どもじみた嫌がらせはぴたりと止まったのだ。その結果、ユノ・ランドールは学園でこの9年間、孤立していた。


 ユノも、再来年の今頃には学園を卒業するのだ。休みの日は、学園都市にある喫茶店、猫の目のパンケーキを仲のいい友だちとわけっこして食べたいし、図書室でテスト勉強をしあうことだってしたい。


オーガの月末にあるゴーストパレードの日は、一緒に仮装して祭りに繰り出したい。ボーイフレンドを作るとかの高望みはしないが、そうしたスチューデントの時代を楽しみたいものだ。せめてあと2年。


「入学するときは、あんなにも夢見ていたのにね」


 妄想に浸って楽しみで楽しみで仕方なかったあの初心な己を思い出して、ユノは最後の階段を踏みしめた。

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