第14話 こんなはずじゃなかった
夜会から帰ってきたロベリアは、悔しくてたまらなかった。
追い出したはずのアマリリスは王太子ルシアンにエスコートされ大切にされていたし、ロベリアとダーレンはバックマン夫人に拒絶され笑い物になった。
あの後も今まで親しくしていた貴族たちに声をかけたけれど、誰も彼もまともに相手をしてくれなくて結局早々に引き上げてきたのだ。
一夜明けても、ロベリアは今までとすっかり立場が変わってしまったことが受け入れられない。
すぐに父に話しバックマン公爵家へ取り次ぎをしてもらったが、三日後に【ダーレンはすでにバックマン公爵家から籍を抜いた】という返答が返ってきただけだった。
「ダーレン様がバックマン公爵家と完全に縁が切れたなんて……信じられないわ! これではわたくしは平民の妻になってしまうじゃない……!」
貴族が家門から籍を抜かれたら平民として生きていくしかない。そうなれば職も限られてくるし、貴族としての生活を送ることなど到底できないのだ。
クレバリー侯爵もこの展開は予想していなかったので、渋い顔で唸っている。
「ロベリア、ダーレン様は他に継げそうな爵位の話をしてなかったか?」
「確かお義母様が伯爵位を持っていたけれど、オードリー様の下にカーティス様がいるし夜会の様子じゃ無理よ」
「だが、うちもエミリオがいるからな。お前の婿になったとしてもどうにもならんぞ」
「……わかってるわ」
ロベリアはギリギリと奥歯を噛みしめた。
最初の予定ではあのままダーレンが公爵家を継ぎ、ロベリアは公爵夫人として社交界の重鎮になるはずだったのだ。あのアマリリスですらバックマン公爵夫人に受け入れられたのに、ここまで嫌われる理由がロベリアはさっぱり理解できない。
(見た目だってわたくしの方が若くて可憐で儚げだし、貴族としての振る舞いだってわたくしの方が優雅にこなせているのに、なにが不満だというのよ!)
クレバリー侯爵家にいたアマリリスは、いつも下働きをしていてセカセカと作業をこなし、屋敷の中を右へ左へと走り回って品性の欠片もなかった。
「ダーレン様には職を斡旋するから、それで身を立ててもらうしかないな。王城の仕事であれば給金もよいし、生活には困らんだろう」
「はい……お父様」
クレバリー侯爵とのやり取りを終え、ロベリアは私室へと戻った。扉の前でため息をついてから、笑みを浮かべて室内に足を進める。
その足音に気が付いて、部屋で待っていたダーレンがロベリアの前まで駆け寄った。
「ロベリア、随分時間がかかったのだな。それで、バックマン公爵家からの返答はどうだった?」
「ダーレン様……どうか落ち着いて聞いてください」
ロベリアはバックマン公爵家からの返答と、父親が職を斡旋するということを言葉を選びながら伝える。ガックリと項垂れながらダーレンは聞いていた。
「そうか……母上の言葉は事実だったんだな。父上の言葉も大袈裟に言っているだけかと思っていた……」
「そうですわね。ですがダーレン様なら、すぐに出世して認められますわ!」
「ああ、そうだな……」
肩を落とす婚約者をなんとか励まし、ロベリアは新しい職を得たダーレンに期待した。
(ダーレン様なら血筋もしっかりしているし、きっとすぐに認められて出世していくはずよ。そうしたら高官の妻として社交界に返り咲くわ!)
少々道は逸れたが、ロベリアは希望的な未来を描いていた。しかしそんな未来は、一カ月もしないうちに幻となる。
「えっ……? 辞めてきたとは、どういうことですの?」
「だから、私の才能を活かせる職ではなかったから、本日付で辞職してきたのだ!」
ダーレンの言葉にロベリアは目の前が真っ暗になった。せっかく父が用意した職をあっさりと辞めて、この先どうやって身を立てていくというのか。
「では、次の職は決められたのですか……?」
「はあ? そんなもの決まっているわけがないだろう! この私にふさわしい職を用意しないクレバリー侯爵の責任だぞ!」
「そんな……」
「そもそも、私に雑用しか任せないような見る目ない奴らの下で、仕事などできるわけがないのだ! 公爵家で後継者として学んできた私なら、責任ある立場に——」
ロベリアは途中からダーレンの言っている意味が理解できなくなった。まだ職に就いて一カ月にも満たないのに、責任ある仕事を任せられるわけがない。
しかも突然の辞職でクレバリー侯爵の顔も潰れてしまい、すぐに次の職が見つかるかもわからない状況だ。ロベリアは文句を言い続けているダーレンを遮った。
「ダーレン様! すぐに辞めてしまっては、価値を理解してもらえませんわ。ですから次の職では半年は試練の時間だと思って耐えましょう」
「半年か……」
渋るダーレンを説得してもう一度父に職の斡旋を頼んだが、今度は三カ月で辞めてきてしまった。しかも辞める直前に王城で大きく揉めたらしく、もう次の職に就くことは絶望的になってしまった。
ダーレンがふたつ目の職を辞めた翌日、ロベリアはクレバリー侯爵の執務室へ呼び出された。
「ロベリア、ダーレンについてはもう手に負えんぞ! 職を斡旋してもすぐに辞めてしまって、どれだけ私の顔に泥を塗れば気が済むのだ! そもそも、アマリリスでさえバックマン公爵夫人に気に入られていたのに、お前はなにをやっていた!?」
ダーレンへの敬称も省いたクレバリー侯爵は、怒りに任せてロベリアを怒鳴りつける。
「そんな言い方ないじゃない! わたくしはお父様の言いつけ通りにしたわよ!!」
「黙れ!! いいか、ダーレンとは婚約破棄しろ! あんな役立たずはもう必要ない!!」
「なによ、お父様の計画が杜撰だっただけでしょう!? わたくしのせいにしないで!!」
ますます目を吊り上げ、顔を真っ赤にしたクレバリー侯爵はこれが最後だと言わんばかりに喚き散らした。
「ロベリア、これはお前の責任だ! こうなったら後妻でもなんでも早々に嫁ぎ先を見つけるからな!! 私の言うことに従わないのなら今すぐに出ていけ!!」
ダーレンとの婚約破棄だけならなんてことはない。バックマン公爵家と縁が切れた時点で、その価値は大きく下がっている。しかし、父の指示で動いたのにロベリアが失敗の尻拭いをするのだけは耐えられなかった。
はらわたが煮えくり返りそうだったが、追い出されても行く宛はない。ロベリアは返事をしないままクレバリー侯爵の執務室を後にした。
(……どうしてこうなるのよ!?)
私室へ戻ったロベリアは、不貞腐れたように昼間から酒を飲んでいるダーレンを睨みつける。公爵家の嫡男だった頃は自信に満ちあふれ、優雅にロベリアをエスコートしてくれて頼もしかった。
あの時はバックマン公爵の元で領地経営をしていて、なにも問題はなさそうだったのだ。そこでロベリアは父が斡旋した職が合わなかったのだと思い至る。
(そうだわ! ダーレン様はきっと、官僚の仕事ではなく領地経営に才能があったのよ! だからうまくいかなかったんだわ。クレバリー侯爵家はお兄様が継ぐことになっているけど……このままお父様の言いなりになるなんてまっぴらだわ)
すっかりやる気をなくしたダーレンに、ロベリアは悪魔のように甘く囁いた。
「ダーレン様、きっと父が斡旋した職が合わなかったのですね。おそらく領地経営なら、その手腕を発揮できますわ」
「確かに……領地経営なら父上と一緒にこなしてきたが、私は領地など持っていない」
「ふふ、ダーレン様がクレバリー侯爵家の領地経営をすればいいのよ」
「しかしエミリオが後継者だろう?」
「だから、お兄様が失脚すれば問題ないでしょう?」
ようやくロベリアの意図を察したダーレンは、グラスに残っていたウイスキーを飲み干した。
「なるほど……そうすればいずれ私はクレバリー侯爵になるのだな」
「そうよ。無能な父と兄は追い出して、わたくしたちがクレバリー領を正しく導くの」
「だが、どうやるのだ?」
「ふふふ、まずはお兄様から引きずり下ろすわ」
ロベリアはニヤリと笑い、破滅へ向かって突き進んでいくのだった。
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