第12話 兄様の行方

「ヒギンズ伯爵、テオ団長についてもう少し詳しくお聞かせいただけますか?」

「ええ、私が知っていることでしたら……」


 ヒギンズ伯爵の話によると、そのテオ団長は三年前に東の国リオーネ王国の辺境伯の騎士団に入り、世にも珍しい青い雷を剣をまとわせて戦いあっという間に魔物を制圧したという。


 一年前に騎士団長へ任命されてからは魔物の被害がさらに減ったそうだ。

 魔物の被害は各国でも頭を悩ませる問題で、外交担当のヒギンズ伯爵が視察に訪れ詳しく話を聞いたのがテオの存在を知るきっかけだった。


(青い雷の魔法剣——間違いない、テオ兄様だわ! でも兄様たちが養子に出されたのは八年前なのに、それまでの五年間はどうしていたの……?)


 アマリリスは兄たちから一切の連絡がなかったことや、どこへ養子に出されたのかなんの情報もない。あまりの自分の無力さに奥歯を噛みしめる。


(兄様たちの身になにかがあったから、連絡すら寄越せなかったのよ。だって手紙が届いていたら、きっとケヴィンが渡してくれたはずだもの。それとも、その前にどこかで止めていた……?)


 もしかしたら今更兄たちを探し出しても、迷惑なだけかもしれないとアマリリスはどこかで思っていたが、そんな杞憂は吹き飛んだ。


 なんとしても兄とコンタクトを取り、会いたいという気持ちが込み上げる。


「ヒギンズ伯爵、お話を聞かせていただきありがとうございます」

「いえいえ、なにかありましたら、またお声がけください」


 淑女の礼をして、アマリリスとルシアンは一旦バルコニーへ向かうことにした。


 王城の庭園を眺められるバルコニーへ出ると会場内の騒めきが遠のき、兄の情報を掴んだアマリリスの熱は涼しい夜風に冷まされる。


 ルシアンは侍従から受け取ったグラスを空にすると、静かに口を開いた。


「リリス。さっきのテオという騎士団長ってもしかして……」

「ええ、青い雷の魔法剣の使い手は、おそらくテオ兄様で間違いありませんわ」


 アマリリスは確信に近いものがあった。


 そもそも世界中で見たとしても魔法剣の使い手は百人前後で、その中でさらに雷魔法の使い手は二十人ほどだろう。さらに青い雷を操るとなるとほんの数人となる。

 しかも二十代前半とテオドールと年齢も合致しており、他人だと思う方が難しい。


「テオドールに会いにいくの?」


 珍しくルシアンの声が不安げに揺れている。

 ルシアンはアマリリスが離れることが不安なのだろうと思い、問いかけに真摯に答えた。


「すぐにでも会いにいきたいと思っていますが……そのためにはルシアン様と国王陛下の許可が必要でございます。ですが、まだお役目を果たしておりませんので、すぐに行動するのは難しいと考えています」

「そう……リリスは、テオドールに会ったらどうするつもり?」

「私はただ、生き別れになってしまった兄様たちに会いたいだけです」


 もしかしたらクレバリー侯爵家を取り戻せるかもしれないが、それについては正直なところあまり関心がない。ただ、兄たちの無事を確認して、昔のように家族としてそばにいたいだけだ。


 ここで甘い言葉で安心させるのは簡単だが、例えルシアンが悲しむとしてもアマリリスは誠実でありたかった。三口ほど残っていたシャンパンを飲み干し、アマリリスは前を見据えてはっきりと自身の思いを言葉にする。


「ですので、ルシアン様の教育を早く終えて、テオ兄様に会いに行きますわ」

「……そう」


 ルシアンは空になったグラスに視線を落とし、わずかに残っていたシャンパンをジッと眺めていた。




     * * *




 ダーレンとロベリアもまた、この夜会に参加していた。

 バックマン公爵家としてではなく、クレバリー侯爵家の次女とその婚約者として参加を許されたが、なぜか冷たい視線を浴びて非常に居心地が悪い。


「ロベリア、お前がなにかしたのか?」

「どういうことですか? わたくしはなにもしてませんわ。ダーレン様こそ心当たりはないのですか?」


 ダーレンはロベリアの言葉で原因を考えてみるが、なにも思いつかなかった。


 確かに生家のバックマン公爵家から追い出され、クレバリー侯爵家へ身を寄せているがロベリアを大切にしているし揉め事などもない。


(いったいなんだというのだ……!  バックマン公爵の血筋だというのに、この扱いは無礼極まりないではないか!)


 その時、ダーレンの視界に母であるバックマン公爵夫人の姿が映った。貴婦人たちに囲まれ、アルカイックスマイルを浮かべている。


「ロベリア、母上に挨拶をするぞ」

「えっ、でも大丈夫なのですか……?」

「すでにケジメはつけたのだ、これ以上悪くなることはないさ」


 ダーレンがこの状態だと知れば、実の母親ならさすがに手を差し伸べるだろう。バックマン公爵夫人が味方につけば、貴族たちの対応も変わるはずだとダーレンは考えた。


 すでに公爵家を出て罪は償ったので、母であるバックマン公爵夫人が以前と変わらない笑顔をダーレンに向けると信じていたのだ。


 腕に絡みつくロベリアを引き連れて、ダーレンはバックマン公爵夫人の元へ向かった。


「母上、ダーレンです。今夜も美し——」

「無礼者。勝手に話しかけないでちょうだい」

「……え?」


 ダーレンは自分の耳を疑う。


「今、なんと……?」

「無礼者と言ったのよ。お前はすでにバックマン公爵家の人間ではありません。そのような者が私に話しかけるのは、不愉快だわ」


 母の豹変ぶりにダーレンは言葉を失った。まさかここまで拒絶されるなんて想像すらしていなかったダーレンは、大きなショックを受けている。隣にいるロベリアも心なしか顔色が悪いような気がしたが、それどころではなかった。


「母上、確かに私は公爵家を出ましたが、血の繋がりがあることは変わりません! それにすでに罰を受け償ったはずです。それなのにどうして……!」

「罪を償ったですって……?」


 ピリッとした空気がバックマン公爵夫人から放たれる。公の場所ではほとんど感情を乱さない母親が、これほどまでに怒りをあらわにしているのをダーレンは初めて目にした。


「いえ、その……公爵家から出されたので、罰は受けております」


 その罰ですら納得できるものではなかったが、当主の決定は絶対だ。渋々従ったが、ダーレンはまだ公爵家と繋がりがあると思っていた。


「まだわからないのね。本当に子育てを失敗したわ」

「そんな……」

「お前とバックマン公爵家の縁はすでに切れたのよ。私を軽々しく母と呼んで声をかけないでちょうだい」


 実の母親から絶対零度の視線を向けられ、ダーレンはやっとことの重大さに気が付いた。


(そんな……私はもうバックマン公爵家に戻れないだけでなく、家族としても切られたというのか!?)


 婚約者をアマリリスからロベリアに挿げ替えただけだというのに、こうも簡単に切り捨てられるとは思ってもみなかった。多少不義理はしただろうが相手は格下の侯爵家だし、ダーレンは大きな問題ではないと考えていたのだ。


 後継者の立場を弟に譲り、クレバリー侯爵家へ行けば許されるはずだった。


「は、母上……!」


 今まで愛情のこもった眼差しで優しく名を呼んでくれた母はそこにいない。心が凍るほど冷ややかな視線でダーレンを見つめるバックマン公爵夫人の姿しかなかった。


「何度も言わせないでちょうだい。聡明で誠実なアマリリスを捨てて、従姉妹の婚約者に色目を使うあばずれを選ぶような愚息はバックマン公爵家に不要よ」


 ダーレンが伸ばしかけた手を無視して、バックマン公爵夫人は背を向ける。侮辱の言葉にギリッと歯を食いしばるロベリアには気付かず、ダーレンは喉がカラカラに渇いて声を出すこともできない。


「次に私のことを母と呼んだら不敬罪に問います」


 ダーレンは振り返ることなく告げられた拒絶の言葉に、ただただ呆然としていた。



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