第11話 証を示せ

 ルシアンが為政者としてふさわしいと証明するのは、王妃様の誕生を祝う夜会に決定し、ついにその日を迎えた。


 国中の貴族たちが出席する夜会は、婚約者候補というなんとも微妙なアマリリスをエスコートするルシアン様の立ち回りを見せつけるのに打ってつけだ。


(きっと周りは婚約者でもないのに、こんな正式な場でエスコートをするのかと疑問を抱くわ。それを誤解のないように説明しつつ相手をこちらに引き込めば完璧よ)


 国王陛下がジャッジする間だけルシアン様と相性のいい相手を吟味して誘導し、アマリリスは微笑みながら突っ立っていればいい。すでに準備は整い、控え室でルシアンと会場に入る順番を待っている。


「ふふふ、気合が入るわね……!」


 ガッツポーズを決めたアマリリスに、ルシアンが笑顔で声をかける。


「そうだね、僕もリリスと夜会に参加するのは初めてだし、楽しみだよ」

「ええ、今日は素晴らしい日になるでしょう」


 いつの間にかリリスと愛称呼びされているが、今夜までのことだからとアマリリスはスルーした。


 夜会仕様のいつもより煌びやかな衣装を身にまとったルシアンは、三割り増しでキラキラしている。

 アマリリスのアドバイスを受けて、白を基調とした衣装から一転、黒いジャガード織りのウエストコートと長い足を見せつけるようなスリムパンツがよく似合っていた。


 アマリリスも気が進まなかったが、ルシアンの瞳の色であるアメジストの華やかなドレスに身を包み、準備を終えている。


「それにしても……僕の色をまとったリリスは本当に綺麗だね」

「ありがとうございます。その調子でいつものルシアン様の実力を見せつけてくださいませ」

「うん、だね。わかったよ」


(あら、今日はとても素直な感じね。いつもだと口説き文句が出てきそうなのに……)


 不思議に思ってアマリリスはルシアンの表情をじっと見つめたが、甘ったるい視線を返されて終わってしまった。それにめげずに微細な表情を読み取る。瞳孔が開いて眉尻が柔らかく下がり、頬があがり唇は弧を描いていた。


(これは明らかに喜びや楽しさを感じている表情だわ。瞳孔が開いているから、私に好意的な感情があるのも間違いないみたい……)


 ほんの少しだけ胸がチクリと痛むのを無視して、アマリリスはルシアンのエスコートに身を委ねる。王族と一緒に夜会へ参加することでアマリリスには当たりが厳しいだろうけど、これが最後だと思えばなんてことはない。


(嫁ぎ先か就職先を斡旋してもらって、兄様たちを探しながら使用人たちの働き口を見つけるためだもの。きっちりやり遂げてみせるわ!)


 そう決心したアマリリスは、気合十分だった。




「我がフレデルトの若き獅子ルシアン王太子殿下、並びにアマリリス・クレバリー侯爵令嬢のご入場!!」


 従者の高らかな宣言とラッパの音色と共に、アマリリスとルシアンは会場へ足を踏み入れる。いっせいに視線が集まり、さまざまな感情をぶつけられた。


(私が婚約者のように扱われるのが納得いかない貴族たちが約半数。三分の一がバックマン公爵夫人の派閥で好意的。残りは私が本当に婚約者となるのか様子見といったところね)


 アマリリスはざっと貴族たちの表情を見て敵味方を把握する。ルシアンには相性がよく、かつなるべく敵意を持つ貴族に接してもらい、どのように転がすのか国王陛下に見てもらわなければならない。


「ルシアン様。今日は私がこれから申し上げる貴族たちに挨拶をしていただけますか?」

「わかった。誰から始める?」

「では——」


 最初に声をかけたのは北方の領地を治めるミクリーク公爵だ。伝統を重んじる家門で王族に敬意を払う一方、アマリリスのような悪女の噂が立つ令嬢など、どうやっても認めたくない貴族で違いない。


「ミクリーク公爵、ご無沙汰していたね」

「我がフレデルトの若き獅子。ご無沙汰しておりました」


 ミクリーク公爵は恭しくルシアンに礼をするが、アマリリスへ視線を向けることはない。存在すら認めないという風に拒絶の姿勢を見せた。


(ふふ、そうよねえ。悪女と名高い私が婚約者では、フレデルト王家にふさわしくないと思うわよね)


 想定内の反応にアマリリスは余裕げに笑みを浮かべたままだ。


「それと、こちらは婚約者候補のアマリリス嬢だ」

「初めましてですな、クレバリー侯爵令嬢」

「お初にお目にかかります。アマリリス・クレバリーでございます。ミクリーク公爵におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」


 アマリリスが完璧な淑女の礼をするが、ミクリーク公爵は口角を引き上げ左手で右手首を掴んでいる。ほんの一瞬だけ鼻に皺が寄ったことから、アマリリスに対する嫌悪や怒りの感情を必死に抑えているようだ。


(目元は笑っていないから愛想笑いね。ミクリーク公爵は忠心厚いお方だから、ルシアン様の前では歓迎したふりをして裏では粗探ししているというところかしら)


 貴族たちが隠す本音は、アマリリスにかかれば言葉にしなくても暴かれてしまう。わずかな情報を拾い上げ正確に相手の感情を読み取っているのだ。


「リリスは本当に優秀でね、僕もたくさんのことを教わっているんだ。ああ、そうだ。この前参加したバックマン公爵のお茶会の話は聞いているかい?」

「バックマン公爵のお茶会ですね。ええ、ルシアン殿下がアマリリス嬢を大切にされていたと聞き及んでおります」

「それだけではないんだ。実は今までリリスはバックマン公爵家の嫡男と義妹が思い合っているのを知って、悪女の演技をしていただけなんだよ」


 ルシアンの言葉にミクリーク公爵はわずかに瞠目して、すぐに真顔に戻る。驚きの表情が一瞬だったことから、ルシアンがここまでアマリリスを擁護すると思っていなかったのだろう。


(というか、公の場で私を愛称で呼ばないでいただきたいわ……! あらぬ誤解を招くし、なにより恥ずかしいじゃない……!!)


 アマリリスがひっそりと羞恥に耐えていると、ミクリーク公爵はすぐに平静を装い穏やかな口調で反論してきた。


「……しかし、随分と悪女の演技が板についていたようですが?」

「リリスの本当の姿は僕が知っている。ではミクリーク公爵に尋ねるが、君はリリスをどれほど見てきた?」

「私はアマリリス嬢の噂を聞き、これまでの夜会での行動も目にしております」

「それだけ?」

「それだけ……と申しますと?」


 ルシアンは真っ直ぐにミクリーク公爵を見つめ、言葉を続ける。


「貴族たちが腹に隠し事をするように、リリスも夜会でだけ悪女の仮面をかぶっていただけだ。僕はずっとリリスを見てきたからわかる。クレバリー侯爵家でどのように扱われてきたのかも知っているし、何度も密かに手を回してきた」

「まさか、あの噂が事実だと……」


 あの噂とは、アマリリスがバックマン公爵夫人のお茶会で明かしたダーレンとロベリアのために悪女の演技をしていたという話だ。バックマン公爵夫人がアマリリスの名誉挽回のため話を広めているのは、予想通りである。


「リリスは聡明で自身を犠牲にしても周りの幸せを願う女性だ。僕の妻としてこれ以上ふさわしい令嬢はいない」

「……ルシアン殿下のお考えはしかと理解いたしました」

「うん、話を聞いてくれてありがとう。ではこれで失礼するよ」


 ミクリーク公爵はルシアンとアマリリスへ身体を向けて笑みを浮かべ、右手を胸に当てて臣下の礼をした。ルシアンの話を聞いて、アマリリスへの嫌悪感はかなり落ち着いたようだ。


 少し人混みから離れ、アマリリスは今の会話でどうしても気になることをルシアンに尋ねた。


「ルシアン様……ミクリーク公爵とのやり取りはよかったのですが、『密かに手を回してきた』とはどういうことでしょうか?」

「あ、それはね、僕の手の者を何人か侯爵家に送り込んで、様子を探らせていたんだ。王族と言っても屋敷の中のことまで口出しはできなくて、せめてリリスが心穏やかに過ごせるように指示を出していたんだよ」


 ルシアンはなんでもないように、アマリリスの知らなかった事実を突きつける。


(クレバリー侯爵家でやってこれたのは、ルシアン様の助けもあったからなの……?)


 思わぬ事実にアマリリスの心が揺れた。

 両親が亡くなり兄たちも養子に出され不安でたまらなかったあの時、アマリリスを支えてくれたのは使用人たちの愛情だ。彼らがいてくれたからここまでやってこれたのだが、それがルシアンのおかげだったなんて思いもよらないことだった。


(確かに私が屋敷を出る時に受け取った金貨は、使用人たちから集めたにしては高額だったわ……今までの誕生日のお祝いもそうだったのかしら?)


 胸のうちは大きく騒ついていたがなんとか気持ちを切り替えて、その後もルシアンが貴族たちを説き伏せていくのを見守る。

 そうして外交を担当するヒギンズ伯爵の誤解を解き、穏やかに話をしていた。


「そういえば、ルシアン殿下。先月東の国で魔物に強い騎士団の視察に行ったのですが、そこの騎士団長が魔法剣の使い手だったのです」

「へえ、魔法剣とは珍しいね」


 魔法剣とは剣にさまざまな魔法をまとわせる戦闘方法で、非常に戦闘能力が高いが魔法と剣技を極めなければならず使い手は限られている。国中を探しても両手で数えられる魔法剣の使い手は引く手あまたで、安全で稼げる仕事に就いていることが多い。


(魔法剣の騎士が辺境伯の騎士団長なんて、野心がないのね。近衛騎士にだって採用されるでしょうに)


 同じ騎士でも辺境伯の元で魔物と戦うのと、王族の護衛を務める近衛騎士では危険度も給金もまるで違う。魔法剣の使い手ならば近衛騎士でも騎士団長を狙えるのに、よほど戦闘が好きなのかとアマリリスは思った。


「私も詳しく話を聞いたところ、魔法剣が魔物に有効だと話していて、そのテオ団長が言うには雷の魔法剣が一番有効らしいのです。これは魔法剣の使い手の採用に力を入れ——」

「っ! 恐れ入ります、ヒギンズ伯爵。そのテオという騎士団長様は雷の魔法剣の使い手でございますか?」


 わずかに震えた声で、アマリリスは確かめるようにヒギンズ伯爵へ問いかける。


「ええ、魔法剣だけでも希少な存在ですが、テオ団長は青い稲妻をまとった剣を操り、切れのある剣技はそれもう見事でした。まだ二十代前半でお若いのにどれほどの鍛錬をされたのかと感心しましたよ」

「もしかして、薄茶色の髪に新緑のような緑の瞳ではありませんでしたか?」

「おや、テオ団長をご存じでしたか?」


 その特徴は長兄のテオドールと見事に一致しており、アマリリスは息を呑んだ。



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