第7話
人柱。
それはかつての因習でしかなく、現代では合理性も化学的根拠も一切無いけれど、アステカ文明やたった50年程前の日本においても行われていた儀式。どれだけ尽力しても叶わず、神か悪霊か、そのどれでもない何かに祈りと命を捧げていていました。勝利、五穀豊穣、安全祈願だけに留まらず時には契約として。
そんな代物に自分の家族が関わっているとしたらどれ程の衝撃でしょうか。
あくまでも可能性の話だよと黒田さんは念を押してくれたそうですが、そう思いたいだけで本当の所は分かっていたはずです。長住さんも田添君もほんの一欠片も信じる事は出来ませんでした。
問題が湯水の如く現れては滝の様に三人に降りかかり、底の無い沼を作っていきます。一つ一つ追っていくしかない事は確かな事実でしたが、その問題達が三人の目を晦ましてしまったのもまた事実でした。
帰宅した長住さんに更に追い討ちを掛けるように、祖父が亡くなってしまった事を両親から聞かされました。結局1つも話を聞ける事は無く、事実に一番近かった人物がいなくなってしまった。あの時もっと強く問い詰めていればとか、遺言でそれらしき事を残してくれればとか様々な思いが巡ります。亡くなったその日、両親に死んだ理由を問い詰めても例の如く頑なに教えてくれなかったそうなのですが、葬式の会場で名前も知らない親戚が話しているのを偶然耳にしたのです。
「やぁねぇ……またですってよ?どうなってるのかしらねあの家?夜中に病室から抜け出して、お風呂に沈んでらしいわよ……いつか私も呼ばれたりして…嘘よ嘘。そんなお金の為に死ぬなんて嫌よぉ」
私は小学生なりにこの街を出ていく決心をしました。すぐには難しくても中学か高校か、とにかくこの街に住んではいられないと思いました。引っ越すだけでは意味が無いかもしれないので解決しなくてはなりませんが、それでもその目標の為なら頑張れる気がしたんです。それで次に何をすべきなのか、祖父の遺体の横で蝋燭の番をしながら考えた結果、話してくれそうな人の所に行くのが一番良いのだと思い至りました。秘密を話したくて話せなくて、長い事悩んでいる人。そう、黒田さんの同級生のご両親です。10年も前の出来事ですしもうこの街にいないかもしれません。ですが思い立ったが吉日、葬式が終わってすぐに黒田さんに連絡しました。悲しみも寂しさも感じられなかったものですから、薄情と言えばまあそうなのかもしれませんね。でもそのかいもあってご両親はすぐに見つかりました。個人情報を勝手に調べるのは犯罪ですが背に腹はかえられませんし、何より命がかかっていましたから。役場に勤めてくれていたのは本当に助かりました。その同級生の両親は南郷さんと言い、電車とバスを乗り継いで、街を跨いで隣の市にある集合住宅に住んでいました。よくあると言えばよくある所なのですが、周りに立っているマンションよりも高級そうに見えました。当時そう思えただけでこの歳になって改めて見ると至って普通のマンションですが、それは周りの建物がすっかり新しくなってしまったからでしょう。南郷さんの所へ向かったのは祖父が亡くなった翌週の土曜日でした。その間にも声が聞こえたとの噂は絶えませんでしたし、その間に久保君が戻って来ることもありませんでした。先生に聞いてもただ入院していると言うだけで、答えらしい答えは得られません。
この頃マンションに自動ドアがあるのは珍しくはありませんでしたが、それでも少ない方ではありました。実際私の家の周辺には全くと言っていいほどありませんし、校区内にも片手で数えられる程しかありません。自動ドアの前に取り付けられたインターホンで部屋の番号を押すと、お淑やかな声がマイクから聞こえます。一声だけで人を想像するのは難しいですが、きっとスラッとした人なのだろうと思いました。私の母は、それこそどこにでもいそうな井戸端会議とドラマが大好きな母親でしたが、南郷さんはそれとは違うような気がしました。黒田さんが名前を言うと「あぁ……今開けますね」とすぐにドアが開き、私達は中に入りました。黒田さんの親世代ですからそれなりの年齢だとは思うのですが、殆どシワもなくとても綺麗な人が出迎えくれました。うちの親と違うなーと思ったのは内緒です。挨拶もそこそこに南郷さんは話し始めました。
「私ね……よくお引越しをするの。このマンションでもう5件目。この街の偉い方がね、何年かに一回建ててくださって、都度そこに引っ越すの。主人は仕事で海外に行っててなかなか帰ってこないから、どこに引っ越そうがあまり関係ないみたい。と言うよりは関係を持ちたくないみたい。リカコが消えてからずっとそんな感じで、夫婦なのも名ばかりで……別にキツい訳でもないのよ?お金は街から頂けて贅沢し過ぎなければ普通に暮らせるし。そうなの、補償金が出るの。あなた役場勤めだから知ってるとばかり思ってたわ。まあそれはいいとして、ここの下の階のね、沢田さんもそうだし、最上階の小峯さんもそうなんだけど、皆子供がアレの被害に会ってるの。いなくなったり寝たきりになったり。でもほら結構なお金が出るから結局何も言わないのよ、声を上げようとしたのも最初だけでね、私もそうだから……あ、そうだ、ちょっと待っててね……………これこれ、リカコが入学する時に貰った冊子なんだけどね、ほらココ。【大切にお育てになったお子様が人柱となるのは大変心苦しい物があるかと存じますが、街の発展と災害回避の為に何卒ご容赦くださいませ。万が一お子様が何らかの被害にあった場合、程度に合わせて補償金を支払わせて頂きます。詳しくは下記を〜……】って。最初何が書いてあるのか理解出来なくて校長先生の所に乗り込んだの、ほら、私って元々ここに住んでたわけじゃ無いから何も知らなくて。そしたらね・・・・・・あの教室に通されたの。いや、まさかあんなのが出てくるなんて思いもよらなくて・・・・・・今でも信じられないわ。だってあんな・・・・・・可哀想過ぎて言葉が出なかった。昔の人ってよくあんなひどいこと思い付くわよね。ええ、そう、それ。そんな物が埋まってるところにリカコをやらせれないと思ったのに、主人がね、そんなものあるわけない、子供の事を考えてないのは学校じゃなくて君だろうってあまりにも言うから。普通なら食費とかPTA会費とかかかるでしょう?なのにそういうのが一切掛からないの。それを進んでるだけだって勘違いして学校にやったものだから……だから……リカコは……まだ帰って来てない。まだ帰って来ないの……ごめんなさいね。3階って五、六年生の階でしょ?被害に会うのってその子達だけだからすっかり忘れてたの。初めは声が聞こえたなんてよくある学校の怪談くらいに思ってて取り合わなかったんだけど、それが段々具体的になって、7月23日……リカコがいなくなった。先生から連絡が入ってすぐに駆け付けたけど、物凄く臭い泥水が部屋の中心にあるだけで、靴も髪の毛の1本も無かったわ……なんでリカコがって、他にも沢山いるのに、なんで私のリカコがそんな生贄にされなきゃいけないの?そう訴えたけど戻って来なかった。手元に残ったのはお金とお家だけ……昔はこの辺の地主の家から何年かに一回子供を差し出してたって話らしいけど、ずっとそのままにしてくれれば良かったのに……自分が蒔いた種を他人に拾わせてるだけじゃない。偉い人のやる事なんていつもそうよね。結局痛い目見るのは下々なんだから。まぁ……普通以上に暮らせる分のお金貰っといて私が言える立場じゃないけど。あ、この冊子はあなた達にあげるわ。私が持っててもどうしようもないし、もしかしたら何かの役に立つかもしれないし。もう10年も経ったけど、もしも解決したら骨だけでも出て来てくれれば私嬉しいわ……そう言えばあなたお名前は?」
解決に近付いた様な、むしろ遠のいた様な気がして3人はどっと疲れていました。考えるのはまた明日にしよう。言葉にせずともそういう空気が漂って、黒田さんが2人と明日の時間を決めようとしたその時。
1台の乗用車が3人目掛けて突っ込んで来たのです。
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