第6話
私の頭の中には疑問符しかありませんでした。関わっているどころか、最早渦中のど 真ん中、大元だとは思いもよらなかったからです。ありきたりな名字ですから、他の長住の可能性もあるかと必死になって地図上に長住の文字が無いか探しました。でもどれだけくまなく探しても他に長住の文字はありません。
「なんで長住さん家はこんなとこに建ってるのかな。あんまり良い理由は無さそうだけど……」
田添君が言う様に中洲には長住の名前を冠する家が1軒あるだけ。取り残されたとか差別とか、そう言った言葉が似合いそうな感じでしたから、言わんとする事は分かります。わざわざ残ったのかそれとも残されたのか……余程の理由がなければそんな事はしないでしょう。すると黒田さんがふと何かを思いついたのか「あっ」と声を上げ、自分でもそれを整理するように一つ一つ私達に尋ねました。
「去年の夏に大雨が降ったの覚えてる?」
「川が大変になったやつですか?」
「そう……それってどこだった?」
「え、えっと、役場の方だっけ」
「違う違う、市民プールがあるとこだよ」
「まぁ大体そっち側だよね。それで、市民プールはどこにある?」
「市民プールは……」
私は1番新しい地図で場所を指し示しました。それを見て黒田さんは一つ頷き
「川の北側だよね。そうなんだよ……川の北側なんだ。もしかしたら2人は覚えてないかもしれないけど、数年前にも川が氾濫して大きな被害が出た」
私は朧気ながら覚えていました。母方の祖母の家がそちら側にあり、週末になるとよく遊びに行っていたのですが、1階が水浸しになってしまったからです。その後このままでは危ないからと私の家の近くに引っ越して来ました。そうです、川の南側です。
黒田さんは続けて2人に思いつく傍から話していきます。その更に数年前も、黒田さんが保育園の頃も絶対に北側が被害に会っていた事を。何回か前の氾濫の時に大規模な工事が行われ、川の排水機能を高めたらしいけれど、それすら超える規模の雨が街を襲うのです。街の北側には切り立った山があり、そこに雲が溜まり大雨になる。そして山自体が持つ貯蓄率を越してしまい、濁流となって街を襲う。いくら対策をしたところで自然の脅威には抗えないと言えばそうなのでしょう。
「学校から見てどっちの方角が低く見える?」
続けての質問に長住さんは一瞬の間を開けて答えました。
高低差について、例えば等高線なんかで説明してと言っても難しいかもしれません。しかし子供は何となく感覚で覚えているものです。
この交差点の右側は坂だからまっすぐの方が疲れないとか、この丘さえ登れば後は下るだけだとか。自分なりにルートがあって、感覚的にそれを選び街中を闊歩する。皆さんにも覚えがあるのではないでしょうか。
長住さんはその真っ只中にいたのですから、すっと答えが出せたそうです。出せたのですが
「学校の南側」
と声に出して首を傾げました。田添君も私も、恐らくは皆さんも同じく首を傾げたはずです。
水は低い方へと浸水するのが普通です。であれば、どうして土地の高い北側にだけ毎回氾濫するのでしょうか。 幽霊がどうの、という事を除いて考えれば、ヒューマンエラーだとするのが妥当だと私は思います。例えば、水位を調整する堰の開け閉めのタイミングが悪かった事が原因で、本流では氾濫しなかったものの支流から街に濁流が押し寄せた事も過去にありましたし、設計ミスや悪質な業者だった可能性も捨てきれません。私はそう長住さんに伝えましたが首を横に振ります。
「そうだったらむしろ良かったんですけどね」
長住さんは一つため息をついて、ほんの二、三秒の間を開けて話を続けました
黒田さんはある仮説を立てていました。所々抜けていましたが、でも、私達2人にはとても説得力のあるものでした。それは元々被害にあっていたのは川の南側、特に無くなった川の南側に位置する人々だったのではないか、というものです。
「単なる想像の話でしかないんだけど……100年も前なら立派なダムとか堤防って無いはずでしょ。多分南側の人達はいつも水害にあってた。だからいつもお米なんかを作れなくて困ってたと思う。それで昔は地主って言って土地を沢山持ってる人がいてね、その人に頼み込んで川を無くして貰ったんじゃないかな。もしかしたら、長住ちゃんの御先祖さまがその人なんじゃないかと僕は考えてる。おじいちゃんが言ってた言葉のもれでるって言うのは当てつけっぽいけど「漏れ出る」、つまり川が氾濫する事を意味してるんじゃない?漏れ出るくずしがいつこなむ。くずしを一旦置いておいたとしたら、川が氾濫する事がいつか来るだろうって意味になる。「ゆれなとれな」は何だろう、地震が多いから揺れるなとかなのかな。きん……きん……「こはかすがい」をそのままの意味だとしたらそれが一番納得いくか。いや、納得出来るとは言い難いけど、可能性として一番高い……」
途中から自問自答し始めた黒田さんでしたが、私達に向き直り渋い顔をして更に続けました。
「かなり怖い話になるし本当に想像の話だよ?……かすがいっていうのは建築に使うコの字型の釘の事ってのは2人も調べたとおりで、もしも諺じゃなくてそのままの意味だとしたら……長住ちゃんのおじいさんか御先祖様は、子供を人柱にした可能性がある」
街のどこかに、川の底に、学校の下に、あるいは旧校舎や現校舎の壁の中に。
子供が埋まっているのかもしれない。
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